第108話

「意地悪だな、まもるは。『どうして』かなんて本当はわかってるんだろ?」

 困ったように笑う虎君。僕はその問いかけに答えはしなかったけど、俯いて意思表示をした。

 分かてるけど、ちゃんと知りたい。勘違いじゃないって、安心したい。

 我儘だって言われるかもしれないけど、虎君の一番でありたいから……。

「……葵が大事だからだよ。誰よりも葵が大切だから、葵を傷つける奴は許せない。たとえ葵が大事に思ってる幼馴染みでも。……葵の大切な相手でも……」

 だから、葵を傷つけるモノは全て排除しようとしてしまう。

 そう笑う虎君は、悲しそうな瞳で僕を見つめてくる。こんな俺は怖いよな……。って。

 確かに、暴力的な虎君は怖い。元々力任せな対処法は苦手だし、なによりそんな虎君を僕は見たことがなかったから。

 でも、何故か今は怖いって思わなかった。嫌だって全然思わなかった。

(何でだろう……。むしろ、嬉しい……)

 僕を見つめる虎君の眼差しはまっすぐなもので、本心なんだって伝わってくる。

 虎君は、本当に僕のことを大事に思ってくれてる。『一番』大切にしてくれてる……。

「怖くない、よ……。むしろもっともっと虎君のこと大好きになっちゃった」

 虎君の『愛情』が嬉しくて愛しくて、僕は首をのばして僕に怖がられたと勘違いしてる虎君のほっぺたにキスを贈った。

 もらった想いに返すことができる想いは、今の僕にはこれが精一杯。でも、ありったけの親愛を込めてちゅって頬に口付けたら、唇を離すより先に抱き締められた。

「俺もっ、……俺も、葵が大好きだよ。誰よりも何よりも、葵が大切だよ……」

「嬉しい……」

 虎君の背中に手を回して、しがみつく。

 息を吸い込めば虎君の匂いに満たされて、すごく安心した……。

(どうしよう……僕、今すごく幸せだ……)

 トクトクと鼓動する心臓の音を聞きながら、今まで感じたことのない甘い痛みを覚える。

 心臓がぎゅーって握られてるような息苦しさがあるのに、不思議と不安なんて感じなかった。それどころか、この上ないほどの幸福感にずっと今が続けばいいのにって思ってしまった……。

「……葵、これからも俺に甘えてくれる?」

「いいの? 虎君の迷惑にならない……?」

「迷惑なわけないだろ? 葵に甘えてもらえないと俺の生きてる意味がなくなる」

 髪に落ちてくるのは、虎君からの口づけ。

 僕を抱きしめて虎君はこれからも甘えていいって言ってくれる。これからもずっと甘えて欲しい。って……。

「虎君ってば優しすぎるよぉ……」

「えぇ? そうか?」

「そうだよっ」

 せっかく止まっていた涙が、また零れる。でもそれは悲しいからの涙じゃなくて、嬉しいから。幸せだから。

 虎君は僕が泣いてるって分かったのか、抱きしめる力を緩めて僕を見下ろして笑顔を見せると、「泣き虫」って目じりを下げて零れる涙を指の背で拭ってくれた。

「な、泣いてもいいんでしょ? 僕、虎君に甘えてもいいんでしょ……?」

「ああ。葵が泣き止むまでずっと涙を拭ってあげるよ」

 慈しむ笑顔が、眩しい。

 僕は言葉通り僕の涙を優しく拭ってくれる虎君に涙を止めることができない。

 幸せで涙が溢れるって本当にあるんだなぁって実感してたら、虎君は涙を拭う手を止めて笑いかけてくる。

「あんまり泣くと下に降りた時にみんなが心配するぞ?」

「分かってるけど、止まらないんだもん」

 涙を拭ってあげたいけど、目尻が赤くなってきた。

 虎君はこの涙が幸せの涙だって分かってくれてるけど、他の皆は知らない。

 だから涙の痕が皆に見つかったら、絶対に心配をかけてしまう。……ううん、心配だけじゃないから、大変。

(姉さんにバレたらまた虎君と喧嘩しちゃうだろうし、泣き止まないとっ……!)

 僕が泣いてるって事実だけで理由を聞かずに虎君に怒り出す姉さんの姿を想像するのは簡単。

 でも意地悪されたとかそういう涙じゃないから、絶対に虎君を悪く言って欲しくない。これは幸せの涙なんだから。

 僕は目をぎゅっと閉ざして涙を止めようと努力する。でも、熱は心から溢れて全然止まってくれないから困った。

「うぅ、止まらないよぉ……」

「! 本当、可愛すぎるだろ」

 どうしよう……って涙目で見上げたら、虎君が見せるのは、破顔。

 困ったような、でも嬉しそうな笑顔で声を出して笑う虎君に、僕は笑ってないで一緒に考えてよ! って泣きついた。

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