第66話

まもる、大丈夫か?」

 僕の姿を確認するや否や虎君は駆け寄ってきて、身体の心配をしてくれる。痛いところはないか? とか、気分は悪くないか? とか。

 今まで見たことないぐらい青ざめた顔をしてる虎君に、自分が思ってた以上に心配をかけてしまったことを知って申し訳ない気持ちになる。

「大丈夫だよ。全然元気!」

 殴られて青あざになった頬っぺたはガーゼで隠してるから視覚的な痛みは与えないはず。それでも虎君はそれに触れると顔を歪めて「本当に?」って確認してくる。

 殴られて脳震盪起こしておまけに嘔吐したなんて聞いたら、そんなに親しい相手じゃなくても心配になる。それが親しい相手だったら心配の度合いは比じゃないってことぐらい分かってた。でも、分かってたけど、僕は自分の認識が甘すぎたって反省する。

「心配かけてごめんなさい」

「俺が心配したくてしてるだけだから葵は謝っちゃダメだよ」

 虎君の辛そうな顔見てたら殴られて痛かったはずの頬っぺたから痛みが消えて、その代わりに心臓が凄く痛くなる。

 自分の不注意のせいで虎君にこんな顔させてしまったことが悲しくて辛くて、僕は視線を下げて俯いてしまう。

 それに虎君がどんな言葉を返してくるかなんてわかってたはずなのに、自分が可愛い甘えたな僕は自分の痛みを堪えることができない。

「葵……?」

「外傷はないが異変を感じたらすぐに病院に連れて行けよ。頭は怖いからな」

「! 斗弛弥としやさん、居たんですか」

「思いきり隣にいただろうが」

 黙り込んで俯く僕に掛けられる虎君の心配そうな声。

 それに僕が返事をしないとって気持ちを立て直していたら、体調不良の生徒を父兄に引き渡すのも仕事だからって荷物を持って付き添ってくれた斗弛弥さんの声が助け舟を出してくれる。

 でも虎君は斗弛弥さんが僕の隣にいた事を今初めて知ったみたいで、驚きの声を出していた。当然斗弛弥さんはそれに呆れた声を返してるんだけど、虎君の「葵しか見えてませんでした」って言葉に僕の眉はますます下がってしまう。

「全然変わらないな、お前」

「変わらないも何も二週間前に会ったばかりじゃないですか。流石に二週間じゃ何も変わらないですよ」

 生後間もない赤ん坊じゃあるまいし。

 そう笑う虎君は、斗弛弥さんから僕の荷物を受け取るために手を伸ばす。でも、授業を休んで迎えに来てくれた虎君に荷物まで持たせるわけにはいかない。

 僕は虎君が斗弛弥さんからカバンを受け取る前に自分のカバンを斗弛弥さんの手からひったくっていた。

「! 葵? どうした?」

「なんでもないですっ。カバンぐらい、自分で持てます」

 口にして、『しまった』って後悔した。だって、泣きそうになるのを我慢してるせいで声のトーンは怒ってるみたいだったし、態度だって最悪だ。完全に心配してくれてる人たちに対する態度じゃない。

 僕は慌てて『違う』って弁解するために顔を上げた。ただただ申し訳ないだけなんですって言いたくて。

 でも、顔を上げた僕が目にするのはちょっぴり悲しげだけどでも優しい顔して笑ってる虎君。そして斗弛弥さんは呆れてるっぽかったけど、でも『手のかかる生徒』を見る先生の顔をしてた。

「葵、大丈夫だよ。何度も言ってるけど、俺は葵に頼りにされたいんだ。だから『申し訳ない』とかそんな悲しい事思わないで?」

「そうだな。昔から葵を甘やかすのがお前の生きがいだったよな」

 身を屈めて僕の手を握る虎君は、視線を合わせて『お願い』って言ってくる。

 僕が嫌じゃないなら目一杯甘えて欲しいって言ってくれる虎君。僕はそれに「本当にいいの?」って遠慮がちに尋ねる。無理してない? って。

「無理してたらそもそも迎えになんて来ないだろ。なぁ?」

「迎えどころか、できる限り離れようとしますね」

 迎えに来てもらっといて何を言ってるんだかって笑う斗弛弥さん。

 虎君は、自分が望んでるから今此処にいるんだって言ってくれる。

(本当、虎君って優しすぎるよ……)

 僕は今度は感極まって泣きそうになる。

 するとそれを察したのか、虎君は僕の手を離すとそのまま抱きしめてくれた。

「年の差が今日ほど腹立たしかったことなかったよ。俺が傍にいたら、絶対葵に怪我なんてさせなかったのに」

 傍で守ってやれなくてごめん。

 そう謝ってくる虎君に、僕はその背中にしがみついて首を振った。虎君は何も悪くないから謝らないで。って。

「本当にごめんなさいっ。僕が考え無しに行動しちゃったせいでみんなに心配かけちゃって……」

「葵は悪くない。……悪いのは葵に怪我をさせた奴だ」

 ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めてくる虎君。

 その力強い腕の中、声に怒気が含まれてる事に気づいて僕は慌てて「違うよ」って止める。でも、斗弛弥さんは「違わないだろ」って僕の言葉を否定する。

 それに僕は斗弛弥さんが虎君に僕が殴られるに至った経緯を全部喋ってしまわないか不安になった。

「斗弛弥さん、何隠してるんですか?」

 やっぱり、虎君は気づいちゃった。

 虎君は僕を抱きしめる腕を緩めると、斗弛弥さんに凄んだ。知ってる事を全部教えてください。って。

 僕はそんな虎君に気づかれないように『言わないでください』って斗弛弥さんに視線を向けた。

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