閑話 遥かなる頂き

(あれはもう人間の動きじゃないわね。流石は異世界……といった所かしら)


思わずそんな感想を抱くセレナ。


少なくとも、目に見えない速度で普通に移動し、気がつけば漫画のように手刀で相手を黙らせて、殴っただけで地面にクレーターが出来るそれは常軌を逸していた。


そして、そんな呆れたセレナとは反対の意見の者もいた。


「すごい……」


セリューである。


先程までは自分の知らない父親像で接してくれたカリスは前に騎士団長と戦った時よりも明らかに速くて強かった。


訓練でも手加減をされており、その実力を知っていたはずなのに更に先があると知り、セリューは震えた。


状況が収束すると、真っ先に動いたのはローリエであった。


大好きな父親の元に真っ先に駆け出して行く。


「あなたは行かなくていいのかしら?」


それを見送りつつ、セレナはセリューにそう尋ねる。


弟の事なので遠慮しているのかと顔を覗き込むと、その瞳は輝いていた。


「姉さん、僕はやっぱりフォール公爵に出会えた良かったよ」

「そう」


昔から知っていたはずの弟が、カリスによって染められていく。


無意識なそのタラシぶりにセレナは呆れつつもくすりと微笑む。


「目標はまた高くなったわね」

「うん、でも僕は絶対フォール公爵みたいになる。フォール公爵みたいに、優しくて、温かくて、強くなりたい」


先程撫でられた頭に残る大きな手は、まだまだ自分には遠いけど、それでも絶対に自分もあの高みへと上りたい。


それは、純粋な憧れが決意に変わった時だった。


「そう、頑張りなさい。ところであなたはさっきの動きはどのくらい見えてたの?」


弟の応援をしつつも、思わずそう尋ねるとセリューは恥ずかしそうに答える。


「えっと、相手の動きはそこそこ見えてたけど最後のは全然だったよ」

「……そうなのね」


予想よりも成長していた弟の様子を知り、『果たしてあの男はこの子をどこに向かわせてるのだろう?』と疑問にもなったがスルーしておくことにする。


乙女ゲームとは違っても、弟が健やかに育ってるのなら良いと割り切ったのだ。


「それにしても……」

「どうかしたの、姉さん?」

「いえ、何でもないわ」


チラッと視線を向けると、この騒動の元々の原因であるピンク髪の少女が袋から出されている所であった。


(こんな形で会えるとは思わなかったけど……攻略対象を引き寄せるだけじゃ満足出来なかったのかしら?)


しばらく観察して、自分なりの結論を出しつつもその少女の正体に気づいていないカリスにそれを教えた時のリアクションが楽しみになる。


(さてさて、ここからどうなるのやら……まあ、マクベスくんを愛でつつ様子見ね)


そう思いつつも、含みを持たせた笑みでセレナはセリューの背中を押すのであった。



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