第105話 祖母の杞憂

「まあ、サーシャが妊娠したの」


サーシャの妊娠が発覚してから翌日。孫を可愛いがりに領地からわざわざやって来た母上は大して驚いてないようにそう言った。


「なら、サーシャにお祝いしないとね」

「あまり驚かないのですね」

「ええ、今の貴方なら年に一回サーシャと子供を作っても驚かないわよ。年中発情期みたいなものでしょう?」

「失礼ですね。サーシャ以外に欲情なんてしませんよ」


性欲なんてものはサーシャを可愛がる手段の一つでしかない。快楽なんて二の次。結局サーシャを愛でることができるならなんでもいいのだ。万年発情期みたいな称号はふさわしくないだろう。


「でも、それなら尚更孫の面倒を私が見ないといけないわね」

「いえいえ、母上。私もおりますから」

「あなた一人で三人の子供の面倒を見て、サーシャをサポートできるのかしら?」

「当たり前です。それに家には優秀な使用人もいます。家族に寂しい思いはさせませんよ」


そう言うと母上はふと、思い出したように言った。


「そういえば、バジルの侍女……ユリーとかいったかしら」

「ええ、母上よりもバジルになつかれてますね」

「あなたも負けてるでしょうに。それにしても、あの子が将来的にバジルを狙わないか不安だわ」

「杞憂だと思いますよ」

「本当にそうかしら?」


まあ、その可能性は俺も考えたけどね。でも俺の答えは決まっている。


「例えそうでも、バジルが選んだ人なら応援しますよ」

「本気?使用人なのよ?」

「身分の差なんて関係ありませんよ。好きになってしまうのが恋というもの。少なくとも私はバジルが本気で好きになったならそれを応援する義務がある」

「同じことが、ローリエやミントにも言えるのかしら?」

「ええ。もちろん」


ローリエが王子ではなく、どこかの使用人や平民を好きになったなら全力で応援する。ミントもそうだ。もちろんそいつがロクでもない奴ならダメだが、少なくとも大切にしてくれる人なら、幸せになれるなら認めるのも親の役目だ。複雑な気持ちはあるがいつか子供は巣立つもの。だから笑顔で背中を押すのも父親としての役目だろう。俺の言葉に母上はため息をついて言った。


「そう。なら私からは何も言わないわ」

「そうして貰えると助かります」

「ただ、もしそうなったら私は全力で我がフォール公爵家の嫁に相応しいように教育をしますからね」

「ええ、杞憂だと思いますがね」


子供の将来なんて大人の思い描くようにはいかないものだ。それでも健やかに幸せに育ってくれるならそれ以上は望まない。俺とサーシャの子供が幸せに生きていてくれればそれ以上に嬉しいことはないだろう。だから、三人、いやお腹の中の四人目にも言いたい。元気に育ってくれと。




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