22 立花 葵
暗い教室で一人、少女が机の上で蹲るように座り、自分の肩を抱いていた。
「圭太君……」
何気なしに口にしたのは先日別れを告げた少年の名前。彼のことを思い出す度に楽しかったことがフラッシュバックして、その間だけ気分が落ち着くものの、すぐに現実へと引き戻される。そして再び彼の名前を呼ぶ、その繰り返しだった。
彼との出会いは本当に偶然だった。きっかけは単純に興味。正直、最初彼らが夜の学校に侵入してきた時には『また来た』その程度にしか思わなかった。だけれど彼らの話し声を聞いて、たった一人だけ興味を惹かれる人がいた。声は中性的、身長は低くて、顔も可愛い。初め女の子なのかと思ったが、彼らの話を聞く限りその女の子は男の子で、それを知ったときには声を上げて驚いてしまった。だって男の子には見えないくらい可愛いかったから。
そう、ただ可愛いという理由だけで彼を自分の近くに連れてきてしまった。彼は初め声を掛けたときに驚いただけで、あとは普通に接してくれた。普段なら物を投げつけられたり、お経を読み上げられたり、ときには命乞いをする人までいたので不思議な気分だったけど悪い気はしなかった。それに面白いとも思った。こんなにも普通に接してくれるのは生前ですらあまりないことだったから。
とにかくどうしても友達になりたかった。それは普通に接してくれる人が珍しかったのと、何より彼がとても可愛らしかったから。もちろん彼は承諾してくれた。そういえば承諾してくれた時、彼は少し引きつった顔をしていたような気もしたけど、あれはきっと気のせい。それとそのときに彼の名前も教えてもらった。『圭太』、名前はしっかりと男の子していたのは少し残念だったけど、それでも良い名前なのには変わりない。
それからは彼と一緒に暮らすことになった。彼は広い家に一人で暮らしていて、誰かに料理を教えられるほどの料理上手。本当に家庭的で彼は将来良いお嫁さんになりそうだった。でもこんなことは彼にとってきっと嬉しくないこと。だからこのことはずっと心の中にしまっておくつもりだった。でも、もしかしたら別にもう隠そうとする必要はないのかもしれない。
「圭太君と話す機会なんてもうないもんね……」
少女は既に抱えている肩をさらに強く抱き締め、身を小さくするように自らの膝に顔を埋める。彼女は圧倒的な寂しさを感じていた。それはもう彼に会うことが出来ないから。正確には彼に会ってはいけないからだった。それはこのまま一緒にいると再び彼を危険な目に遭わせてしまう可能性があるため。彼に初めて会った時から分かっていたはずだった。少しだけ、暇潰しのつもりがいつの間にか一週間、一ヶ月と過ぎていて、気づいたら彼のもとを離れたくなくなっていた。きっと彼の側にいることが楽しくて、嬉しくて、好きだったから。でもそのせいで実際彼を危険な目に遭わせてしまった。これでいい加減思い知った、こんなことになるくらいだったら自分の我が儘はもう終わりにした方がいい。だから終わりにした。それがきっと彼のためになることだと信じて……。
「圭太君は私なんていなくても大丈夫だよね……」
いつでもそうだった。自分はいらない存在で居場所なんて無かった。生前、自分がまだ『
たまに苛められている自分を男の子が庇ってくれたときもあったけど、彼らは自分を見ていなかった。見ているのは上辺だけで、自分で言うのもなんだけど容姿が整っていなかったら庇ってはくれないということがすぐに分かった。庇われる度に苛めが酷くなっていく一方で誰も中身を見てくれる人はいない。そう分かったとき何もかもが嫌になった。頑張っても誰も本当の自分を見てくれる人がいないのならこんな世界にいる必要はないと思った。だから自分の手で全てを終わりにした。書き置きなんて残さない、最後誰かに伝えたいことなんて何もないのだから。
終わりにするときは不思議と怖くはなかった。軽い浮遊感と上下逆さまに映るいつもの光景。
やっと終われる、そう思ったけど神様は意地悪なようで終わらせてはくれなかった。全てが終わったと思った後も意識があった。いつもより身軽な体といつもよりも明らかに白い肌。多分そのときに幽霊と言われるであろう存在になっていたんだと思う。
それから長い月日が経つ中で『立花葵』は『アオイさん』になって、段々と人々から恐れられるようになっていた。幽霊になってもやっぱり居場所がなかったということなのだろう。でも、そんな自分でも大切な居場所が出来た。とても温かくて居心地の良い、どんなことをしても、例え自分の望みを犠牲にしてでも守りたい場所。それを守るためなら自分さえもどうでもよかった。
でもやっぱり心の中は素直で、どこまでも我が儘だった。二兎追う者は一兎をも得ず、それは今までのことで十分に思い知ったはずなのに……。
「もう一度会いたいよ……」
どうしても彼に会いたくなってしまった。彼に会って、もう一度彼と話をしたい。本当はもっと彼の側に居たい。彼に料理だって教えてもらいたい。
一度我が儘が出てしまうと止まらなくて、もう叶うことのない夢物語ばかりが頭の中に浮かぶ。そんなことを考えていたからだろうか、何処からか彼の幻聴が聞こえるようになっていた。
「アオイさん!」
幻聴は必死でまるで本当に自分を呼んでいるのではないかと思ってしまうほど。それで何となく幻聴が聞こえる方に顔を向けると、その先──教室の扉の窓に一つの人影が映っていた。その人影はそれから躊躇いなく、思い切り教室の扉を開ける。
「アオイさん!」
教室の扉を開けた人影の正体、それは今の今まで会いたいと願い続けていた彼──圭太君だった。
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