2 ゾンビと言葉をかわす方法

 すれ違う兵士たちに猛然と避けられながら、男に連れられて歩く。

 やがて、町が遠くに見えるが森林に囲まれた、ほどほどに外界と隔絶かくぜつした印象のある建物についた。

 建物は木造。横に長く奥行きもある平屋建てだった。

「どう? けっこうおもむきのある研究所だよね」

 興奮状態から少し落ち着いたらしい男が言う。頷いておいた。

「だけど残念ながら僕とあなたの住む場所はここではないんだ。同僚たちはゾンビが来ると聞き、大工に頼んで僕たちのための新たなスウィートハウスを建ててくれていたんだよ! なんと優しい同僚たち!」

「ウー……(ゾンビのいるとこで仕事したくないからだろ)」

 落ち着いたと思ったらすぐにまた興奮状態に戻った。こいつやばいな。


「ああ、そうだ。僕の名前はウルターレリー。長いからウルでいいよ。あなたは?」

「アー……(レダ)」

「あーちゃんだね。わかった」

「ウウー(違う)」

「うーちゃん?」

「ウアー!(違うって!)」

 思わずどついてしまった。

 身振りで、書くものを要求する。

「え、なになに、文字が書けるの? またご冗談を……え、マジなの? 意味わからん、その体でそんなこともできるの? まあとにかく家に案内するよ! 中には書くものもあるからね!」


 地底界には木造建築がほとんどない。すぐ種族同士の争いで燃えるし、そもそもまともに木が生えていない。

 わたしがこれから住むことになるらしい木の家は、慌てて建てたとは思えないくらい、なんだかちゃんとしていた。

 さすがにサイズは小さめで、部屋数はたぶん二つか三つくらいだ。地面より一段高い構造になっていて、せりだしたテラスと、そこにつながる階段がある。家の左側には大きな窓があって、右側に玄関。

 ウルが玄関のドアを開けると、すぐ右手に水がめと台所、右斜め前にテーブルと二脚の椅子。右奥の隅にはこれからの時期に活躍しそうな暖炉。左側は別の部屋との出入り口のドアが等間隔にひとつずつ。

 ……普通の家みたい。


「書くもの書くもの」

 といいながら、ウルが左手奥のドアを開けた。暇なのでついて行ってみると、そこは本棚とテーブルがあった。

 奥の壁にあったものに少し驚いた。手枷がふたつに足枷がふたつ。さすがにこの部屋の利用目的はゾンビでもわかる。わたしを囚えておくための部屋だ。見つけた今、この時点で、逃げたほうがいいのかもしれないが、地底界に帰る方法もわからないし、このイカレ研究者以外にまともに話ができる相手もいなさそうだ。やめておくことにした。最初の部屋に戻って待とう。


 この危機感のなさ、自分でもどうかと思うけど、ないものはないから仕方ない。そういえば、ゾンビは死や痛みに対する恐怖心がなさすぎるとドラゴンのオヤジさんに言われたことがある。だってもういろいろ腐って死んでるようなもんだし。あはは。

「何一人で笑ってるんだい? ほら書くものを持ってきたよ。さあ書こうさあ!」

 ウルが机の上に紙とペンを置いた。


 れ、だ、ー。

 線がガタガタで紙を右ななめに横断するような形になり紙にべったりとわたしの体液か何かがついたけれど、とりあえずは書けた。

「レダ! レダか。うん。全然違っていたね! あっはっは!」

 わたしはウルの目の前で手を振り、さっきの部屋を指さした。

「ああ、あれが気になった? まあ建前上、ああいう設備は用意させてもらったよ。実際に使うつもりは……あれ? でも逃げられちゃったらどうしよう? それだけは絶対に嫌だな。ごめん、僕が寝てる間だけ手枷だけつけてもいい?」

 自分が襲われるとはみじんも思ってないらしい。これから生態を解き明かそうって相手に謎の自信だ。ある意味すごい。

 わたしがいきなり噛んだらたぶんお前、変な病気にかかって死ぬぞ。


「アー(好きにすれば)」

「おお。ちょっと言葉がわかってきたかもしれない。やっぱり、どう考えても意思疎通ができてるなあ。召喚術は言語翻訳の術式を組み込んでおくものだから同じ言葉が通じるのは別におかしくない。でも、こんな単純な発声しかできない種族が、言語翻訳を介したところで僕たちの言葉を理解できるとはとても思えない……。いろいろ細かく聞きたいけど方法がなあ。あ、そうだ、紙に文字を一覧で書いて指さしてもらおう」

 ひとりでべらべらとしゃべりまくり、また部屋に戻っていった。

 こいつは同僚と絶対上手くやれてない。こんなに独り言が多いやつが好かれるわけがない。こんなやつの庇護下に移って大丈夫かわたし。

 社会から迫害を受けそうな男のもとであるていどの自由を得るか、配膳当番のゲロしか楽しみのない生活か……。

 究極の二択だ。


 ウルが両手に紙を持って駆け足で戻ってきた。

「これは僕たちが使う文字の一覧表だ。言語翻訳は正常に働いているかな?」

「アー(読めないのもあるけどまあだいたいは)」

「じゃ、指さして言葉を作ってみて。えーとまずは簡単な質問から。君の生まれはどこ?」

「ウー……(地底界)」

 言いながら、ひとつひとつ指さしていく。

「すごい。ほんとに僕の言ってることが完全に理解できてるんだね!『言語翻訳』って言葉の意味は?」

「ウー……(めんどい)」

「そう言わずに~。お願いだよ~」

「フー……(わかったよ)」

 わたしとお前は違う言葉を使ってる。それを同じ言葉のように変えること。

 指をさすのが疲れる。


「そうそうそうそう、その通り! えーっとじゃあ、腐っているはずの君たちのエネルギー源は何かな?」

「アー……(コア)」

「コアねえ。それはどこにあるの?」

 左胸に触れて見せた。

「取り出して見せられる?」

「アー……(見せられるわけがない。アホなの?)」

「悪口を言われた気がする」

 ああもう面倒だ。言葉が伝わらないと、悪口もまともに伝えられない。

 わたしはためしに、ゾンビ間でなら通用するボディーランゲージをやってみた。

「(言ったよ)」

 翻訳機能があるなら、翻訳されるかもしれないと思って。


「指を唇に二回あてた……今までとは違うアプローチだね。『悪口を言われた気がする』に対する答えだとすると、言った、ということか」

「(合ってる合ってる。翻訳された?)」

 だけどやっぱり、伝わらなかったようだ。

「うーんすまない。いきなりそんな複雑な指の動きをされるとわからないな……でもまあ、ひとつわかった! 君たちは主に、発声言語ではなく身体を使った言語でコミュニケーションを取っていたということだな!」

 悪口言われたことは気にしないのか。

「おもしろい! これなら人間でも習得できそうだ」

 頷いておく。これが同意の意味なのは同じらしい。

「よーし燃えてきた。生態を解き明かす前に、まずは言葉のやり取りができるようにならないとね。これからはガンガン使ってくれ!」

「(いいよ)」

 どうせ暇だしね。

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