地底界のゾンビだけど、人間の研究に協力してたら告白されました

SET

1 みんな吐きすぎ

「今更だけど、レダたちゾンビにも恋愛感情はあるのかな」

「(たぶん)」

「それって人間も対象だったりする?」

「(有り得るんじゃない? 愛は種族の壁を超えるとかなんとかドラゴンの誰かが言ってたし。なんでそんなこと聞くの?)」

「自分でもよくわからないんだけど、なんだか君のことを好きになったみたいだ」

「(は?)」

 わたし、腐ってるんですけど。



   ◆



 地底界と呼ばれる場所で生活しているものたちには、地底界で暮らす理由がそれぞれにある。それぞれにあるけれど、だいたいの種族に当てはまる、代表的な理由がある。

 外見。

 基本的に地底界は、天上界や地上界では「異形」とみなされ迫害される者たちが寄り集まってできている世界だ。一騎当千の巨大ドラゴンだって、地上界や天上界に遊びに行けば、巨大で怖いからって理由で、天上界の神やら十何億いる人間やらにボコスカやられて死ぬらしい。

 ドラゴンでさえそうなのだ。人間に毛が生えた程度の戦闘力しかないゾンビなんて、あっさりやられてしまう。

 予想通り、わたしたちは人間の集団戦術によってあっさり倒され、わたしたちを召喚した魔術師は殺された。


 ……ゾンビ軍団を地底界から召喚して戦わせる?

 うん。いいよ。なんか知らんけど祖先の誰かがそんな不当契約を受け入れちゃったなら、まあやってあげますよ。

 帰せよ。なんで帰す方法もきちんと決めずに呼ぶんですか? 地上界と地底界の行き来はめちゃくちゃ大変なんですよ? 馬鹿なんですか? 不当契約で地底界の裁判所に訴えることもできるんですよ? 慰謝料払えるんですか? あれ? でも訴える奴死んじゃってるよ。どうしよう。

 そしてわたしたちは、地上界に残された。



「おい、メシ……オエエエエーッ!」

 ひどすぎるだろ。

 会った瞬間吐くな。

 いやもう吐くのはあきらめるけど謝れ。すぐ帰るな。掃除してけ。

 鉄格子の向こうで床に散らばり吐瀉物まみれになった配給の膳を見下ろして、わたしはため息をついた。


 わたしたちゾンビの一生は、人間から見るとマジで気持ち悪いらしい。というか意味が分からないそうだ。まずはじめは、腐っていない幼体で生まれてくる。それからわざわざ腐り始め、あるていど内臓の腐敗が進めば成人したと認められる。成人すると食事はいらない。だって消化器官も排泄器官も腐っちゃってるからね。

 食事は要らないって言っているのに、この捕虜収容所では食事が出る。規則だからだそうだ。地底界の頑固警官でももう少し融通効くぞ。そして兵士たちは胃の中身をぶちまけて牢屋の前を汚していく仕事をまっとうする。意味が分からない。


「アー……(また吐かれちゃったね)」

 目の前の牢のゾンビに話しかける。

 けれど彼は慣れない人間界の生活で参ってしまって、最近はずっと「よも~」だの「ほい~」だの意味の分からない言葉を言っている。だめだこいつ。

「ウー……(暇だ。誰か相手しろ)」

 言ってみたけど、みんな元気がない。

 この思考能力は幼体の時の会話や勉強を通して手に入れた。成人して複雑な発声能力を失ってからは、身振り手振りや表情が、わたしたちのコミュニケーションにとって大事な役割を果たす。姿が見えないとうまく意思疎通いしそつうができない。その面倒さを越えてまで相手をしてくれる者はいないようだ。


 暇すぎる。

 これからずっと、ここで過ごすのだろうか。

 わたしたちは本当に何もしていない。人間の掟に反したとかなんとかで、討伐されかかっていた魔術師の悪あがきによって呼ばれただけ。召喚された瞬間、人間の火矢にあっという間にやられて、人間に悪さを働くどころじゃなかった。人間側に少しはまともなのがいて、皆殺しだけは避けてくれたのがせめてもの救いか。

 でも気まぐれにそういった情けをかける上層部がいると困るのは現場だ。兵士たちはゾンビの扱いをどうすればいいか困り果てている。わたしたちだって目の前で毎日ゲロを吐かれて困っている。中途半端な優しさは迷惑だ。最後まで責任持て。



 どれくらい時間が過ぎたのか。

 朝と夜に配給を持ってくる兵士たちが……何回吐いたっけ? まあ二十回吐いたとして……あれ? 何日だろう? まあ結構経った。

 相変わらず暇を持て余していると、足音が近づいてきた。

 余りにも暇すぎて、ゲロを見せつけられるのすらちょっとした楽しみになっている。おとなしく到着を待った。

 しかしやってきたのは、いつものような兵士一人ではなかった。

 後ろに、白に近い金髪をうなじのあたりで雑に束ねた優男が一人、くっついてきている。


「こちらが比較的意思疎通ができそうな個体……オエエエエエエーッ!」

 兵士が吐いた。

 ちょっとした楽しみはあっという間に終わった。まあ、そうだよ。吐いただけ。見てしまえばなんということもない。

「これはすごい!」

 兵士の吐いたゲロを踏んづけて、優男が一歩、二歩とこちらに近づいてきた。こんなに近づいてきた人間は初めてだ。手を伸ばせば届くかもしれない。

 ちょっと感動。

「頭のイカれた研究員様、わたしは先に戻りますのでウッ! ウググ……! 連れ出すのならさっさとお願いしまフゥゥ……オエッ!」

「あなたこそ僕の求めていた存在! においはひどいがオエッ! グエエエエエッ!」

 感動はすぐ消えた。

 もう吐け吐け。いいよもう。

 けれど男は吐いてもめげずに、牢に顔を近づけてきた。そして鉄格子に手をかけた。


「骨や筋肉までは腐っていないようだなぁ。それはそうか、歩いているんだから。はっはっはっ! ちょっと腕を曲げて見せてくれ。おおっ! 腕の曲げ伸ばしもできている! 半信半疑だったが本当に意思疎通ができるみたいだ。目にはきちんと光も感じられる。知能のほうも期待できるぞ! ちょっと計算してみてくれないか? 一足す一は?」

「ウー……(一)?」

「ああすまない! かわいそうなことを聞いた。複雑な発声はできないのか! うーん、首は普通……ん? 胸のふくらみからして君は女性なのか? その体で授乳するとも思えないけども……不思議だねえ。脇腹とか腰とかふくらはぎとかから骨が見えちゃってるけど、何、気にすることはない! 僕は人の骨格標本にもエロスを感じてしまうタイプでね! 同僚からはマッド呼ばわりされているよ!」

「アー……(こいつやばいな)」


「あ、そういえば、早く連れていけと言われていたんだった。鍵鍵っと、あっちょっと待ってまたォエエエエッ!」

 鍵と手が吐瀉物まみれになっている。男はあまり気にした様子もなくそのまま鍵を差し込んで開けた。

「もうだんだん嗅覚がマヒしてきたし吐いても胃液しか出ないぞ! さーお手をどうぞお姫様! こんなゲロまみれの汚物牢獄からはさっさと出よう!」

 男がゲロのついた右手を服できれいに拭いてから――おい汚すぎるだろ――右手を出しだしてきた。

「アー……(お前もゲロまみれにした一人だけどな)」

 相手に伝わらない突っこみをしながらも、わたしはなぜか素直に、差し出された男の右手を取っていた。


 ゾンビ以外の手にふれたのは生まれて初めてだ。なんだか暖かくて、質量がちゃんとあって、すべりにくくて、おもしろい。

 逆にわたしの左手の感触はねちゃねちゃとして気持ち悪いだろうに、男はそんなことを気にした様子もなくわたしを引っ張っていく。ほかの仲間たちがまだ捕らえられているいくつかの牢を通り過ぎ、牢獄の階段を上る。いくら関節は腐っていないと言ってもさすがに上下動は苦手だ。入れられた時と同じようにゆっくりと一段一段登っていく。男はわたしをささえるように腰に手を回して一段一段引き上げてくれた。


 外から漏れてくる世界は光にあふれていて、地底界の薄暗さに慣れているわたしは少したじろいだ。召喚された日も曇ってたしなあ。

 男の右手とわたしの左手は繋がったまま、牢獄最後の階段を上り終えた。

 地上だ。

 とても目を開けていられない。わたしは手で光を遮ろうとした。だけどまだ眩しい。陽の光ってこんなにすごいのか。視界が白く染まって何も見えない。

 だけど、時間を置くと徐々に目が慣れてきた。


 目を開ける。

 牢獄の周囲は、緑に囲まれていた。森林の中に、いくつかテントや石造りの建物があって、兵士たちがあわただしく行きかっている。

 わたしはもう一度、手をかざしながら、首を上に曲げ、青空の中の丸い光を見つめる。

「アー……(きれい)」

「はははっ。とても楽しそうな顔をしているね! 今の言葉はどうやら僕にも理解できたよ。これからよろしく、ゾンビさん」

 隣でにこりと笑った男に、わたしは少しだけ、笑いかけてみた。伝わったかはわからないけど。

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