第17章 どうして世界は童話のようにならないの

 唐突に現れた村田に、俺の口は開いたまま塞がらなかった。中原は、こんなことを予測していたかのように、玄関のドアを閉めながら頭を抱えている。そして、森谷は村田と初対面……のはずだったのだが、彼は村田を睨んでいる。


「……どうして、貴方がここに来るんですか。村田刑事」


 森谷は、俺が今までに聞いたことがないような、冷たい声で村田に問いかけた。フッと村田は軽く笑う。


「どうして、ってのはこっちのセリフだ。なんで関係ねぇお前が、こんなとこにいるんだよ。あの組織から抜け出して、ビクビクと怯えながら暮らしてるんじゃなかったのか?」


 そう言うと、村田はどっかりと椅子に座った。まだ睨み続ける森谷と、見下したような目つきの村田。先ほどの緊張感とは、また違う嫌な空気が部屋中を包んでいく。


「あ、あの、お二人は……お知り合い、だったんですか?」


 中原が、この空気に驚き、怯えながらも二人に尋ねた。森谷は無言のままだったが、村田は、チラッと中原の顔を見た。そして、森谷の方へまた向き直った。


「お前、一緒にここまで来ておいて、何もアイツに言ってないってのか。そりゃあ他言無用なのは分かるけどよ……筋は通しておけよ。アイツが警察官になったのは、お前らのせいなんだからな」


 森谷は、驚いた様子で中原を見た。そして、じっと考え、あることに気が付いたように、彼は天井を見上げた。それは、後悔のような、懺悔ざんげのような表情だった。


「ど、どうしたんですか、森谷さん。……まさか、貴方が組織を辞めたのって……」


 嫌な予感がした俺は、森谷に問いかけた。黙ったまま、今もなお天井を見つめる森谷。そんな彼の様子に、村田は呆れたように言った。


「別にお前がアレを指揮していた訳じゃねぇことは、さすがに知っているさ。でもな、彼女には、ちゃんと話しておくべきだろう? 今さら後悔したって、罪が消えるわけじゃねぇんだしよ」

「……全く腹立たしいが、貴方のおっしゃる通りだ。俺は、その罪から逃げるために、あの組織を辞めました。そして今、病院勤務医として細々と暮らし、地下でひっそりと研究することしか出来なくなったんです」


 そして、森谷は中原の顔を見た。じっと、ただ後悔と謝罪の目を向ける。


中原なかはら 裕司ゆうじ。それが君の兄の名、そうですね?」

「えっ……」


 ビクッと体を震わせる中原。中原 裕司……彼女の兄の名だと、彼はそう言った。彼が、どうしてその名を知っているのか、想像に難くなかった。


「そう、六年前の帝都大学での事件。あの研究に、俺は関わっていました。……いや、関わる、というほどのものではなかったのですが……それでも、全く関与がなかったわけじゃない。被験者たちの脳のデータを収集し、解析していたのは、この俺なのですから」


 六年前の帝都大学での事件……世間には全く公表されなかった事件。警察が国の指示により、すべてをもみ消した、あの事件。あれに、森谷は関わっていた。


「お、お前っ……!」


 無意識に襲い掛かろうとする中原。それを村田が手で制した。


「やめろ」


 ギロリ、と中原を睨み付ける村田。彼の手を、折りそうな勢いで握る中原だったが、彼の言葉に意識が戻ったようで、徐々に彼女の手から力が抜けていった。しかし、彼女の目は、森谷に向いたままだった。


「……言い訳になりますけど、本当にただ、俺は脳のデータを取っていただけでした。あの組織の中でも、画像解析だけで言ったら、俺はそれなりの地位にいたので。皮肉なことに、俺は被験者の名前だけは、忘れにくい人間でしてね。しかも、あんな事件になってしまったのだから、彼らの名前は全員、覚えています。中原 裕司、田中たなか 正樹まさき井上いのうえ 翔也しょうや本西もとにし 邦博くにひろ……」


 つらつらと、彼は名前を挙げていく。それぞれの名前を出すたびに、森谷の表情が死んでいくのが分かった。それが、俺には耐えられなかった。


「あの、もう、止めてください。これ以上は……」

「そうだ、お前に聞きたいことはそんなことじゃない。そうだろう?」


 村田は、中原に確認した。彼女の体は、まだ少し震えているようだったが、森谷の様子を見て、少し冷静になっていた。そして、彼女は小さく頷いた。


「そうです、私は……あの事件を起こした犯人を、この手で捕まえたい。そう思って警察官になりました。警察組織、いえ、国に逆らってでもいい。私は、あの事件を主導した犯人を、どうしても……」


 言葉に詰まる中原。そんな彼女の背中を、村田は優しく叩く。


「……申し訳ありません、俺にも、主導した研究者の名前は聞かされていなかったので……少なくとも日本の研究者で、この東京都全体を統括する方、だということだけ」


 森谷は、そう言って俯いた。先刻、これ以上は組織について話すことはできない、と言っていたことを考えると、もうずいぶんと危険なところまで話してしまっているに違いない。それでも彼は、ここまで話してくれたんだ。そう思うと、彼は本当に、誠実に後悔し、謝罪をしているのだと、強く感じた。


「……言ってしまえば、俺もあの事件を隠す指示をしたんだ。俺にも罪はある。でもな、今後のお互いのためにも、ちゃんと話しておくべきだ。俺はそう思ったんだよ」


 そう言って村田は、俯く中原を強引に椅子に座らせた。


「森谷はもう間違いに気づき、危険をかえりみずあの組織を辞めた。そして、こうやってお前にちゃんと向き合った。……今回は、これで良いか?」

「……許すことはできません。でも、貴方はちゃんと受け止めている、それは分かりました。すみません、取り乱してしまって」


 ふぅ、と中原はため息をき、そして森谷に言った。


「忘れないで。私は一生、その組織を許さない。貴方は一生、この罪を抱えて生きなさい」

「……ええ、言われるまでもなく」


 そう言うと、お互いに静かに笑った。俺は、事の成り行きに狼狽うろたえっぱなしだったが、どうやら一区切りついた様子を見て、ホッと胸をでおろした。


「……さてと、話をらしちまって申し訳ない。お前も、もう時間があまりない身だろう? とっとと片付けちまおう。で、その何とかって毒物が何だって言うんだ?」


 一瞬、村田が何の話をしているのか理解ができなかった。しかし、そういえば元々、森谷がここへ来たのはこの開発資料の、TOX - Aについて話すためだった。


「あ、そうそう、そうです。大事な話でしたね。ええと、どこまで話しましたかね?」

「もう、そういうことはすぐ忘れますね、貴方は。『エンドラーゼ』の製造工程で、この毒物が混入しえない、という話でしたよ」


 そうだ、俺が彼に質問した、製造過程で発生した副産物であれば、製品に混入していてもおかしくないのでは、ということに対する返答の最中だった。危うく、俺も忘れるところだった。しかしそれだけ、緊迫した雰囲気だったということだ。


「そうでしたね、ええと……そもそもこの副産物は、製造ではなく、合成の過程、つまりは原薬を作る段階での副産物なんですよ。つまり、この副産物が混じっている状態では、そもそも『エンドラーゼ』にはなれないんですよ。ここには、そういうことが書いてあります」


 ……相変わらず難しいことを簡単に言う。要するに、この副産物が混じっている状態では、まず『エンドラーゼ』として成立しない、と言いたいのだろうか。


「意味は分かんねぇけど、要は、『エンドラーゼ』の副作用で死んだ、というのは明らかに間違いで、この副産物によって、10年前の被験者たちは死んだ、そういうことか?」

「端的に言えば。そして、です。今回の被害者……とは言っても、血液が採取できた遺体は少なかったので、これも確実とは言えませんけど、彼らの検体からは、『エンドラーゼ』は検出されてませんでした。そして、昨晩この資料を読んだ後、改めてこの、TOX - Aが検出されるかどうか、やってみました。その結果が、こちらです」


 森谷は、また素人目には何の資料か分からないものを提示した。心電図のような、ギザギザとしたグラフ。ただ、意味は分からずとも、彼が何を言いたいのか……それははっきりと分かった。


「俺にはこのグラフの見方が分かりませんが……被害者たちの血液から、このTOX - Aが検出された、と考えていいのですね?」

「ええ、その通りです」


 なるほど……ということは、今回の一連の事件は、鈴石が引き起こしている、ということに疑いようがなくなったわけだ。何故なら、彼女が開発に成功した新薬の副産物のデータなんて、余程のことが無い限り他人の手に渡りようがない。例の組織が彼女を誘拐し、そのデータを悪用している、ということも考えうるが……ただの毒物を、いろんな人物に、しかも霊身教れいしんきょうの信徒とかいう共通点を持たせて投与する意味が分からない。


「うーん……その毒物を使った、ということは分かるんですけどね、一体どういう意図があって、そんなことをしているんでしょうか」


 中原が、少しうなりながら呟いた。俺と同じ疑問が、彼女の頭の中で渦巻いているようだった。


「ああ、それについては、例の組織が犯行を行っているとしたら、と仮定した場合は、成立しますよ」


 森谷は、なぜか少し楽しそうに話し出した。この感じは、脳科学とかの、難しい話をするときのテンションだ。


「この毒物のデータを見るとですね……」


 そこまで言ったところで、村田がピシャリと話を遮った。


「簡潔に」


 意気揚々ようようと話そうとした矢先に、素っ気なく言われてしまった森谷は、少し不機嫌になりながらも、簡潔に答えた。


「分かりましたよ……この毒物は、脳に異常を来すっていうのは話しましたね? 脳細胞の急激なアポトーシス誘導、これによって、人の生命活動が停止させられるわけです。しかし、これを少量ずつ与えた場合には、少し結果が異なる」


 そう言うと、森谷は自分の手をピストルのようにして、自分の頭に向けた。


「一種の催眠状態に陥る。催眠、と言っても眠るわけじゃないよ? 毒物にも、ごく少量なら医療用に使われるものもある、それは知っていますよね? それと同じで、わずかな量であれば、この場合むしろ脳は活性化し、異常な興奮状態になる。しかも、この毒物はたちが悪く、情動じょうどう性のトリガーをセンシティブにさせる、とここに書いてあります」

情動じょうどう性……つまり、感情のコントロール、ということでしょうか? それを鋭敏にさせる……覚せい剤に近い感じでしょうか?」


 俺は、必死に考えて辿りついた答えを提示した。森谷は、ちょっと苦笑いしている。


「まぁ、大雑把に言えばそうなりますか。ただ、どちらかといえば、シャーマニズム……ああいったものの方が近いでしょう。これは信仰にも関係してきますし、とても厄介です」


 その言葉を聞き、村田は顔を上げた。


「なるほどな、それで、霊身教れいしんきょうが関わるのか」


 村田の発言に、森谷は頷いた。俺と中原は、その意味を全く理解していなかった。何故、このタイミングで霊身教れいしんきょうの話が出るのか。そんな様子の俺たちに気づいた村田は、さも当然のように、衝撃的な事実を打ち明けた。


霊身教れいしんきょうは、もともと例の組織が作り上げた宗教団体だ。自然との共生……そんなことをうたっているが、あんなものは真っ赤な嘘だ。実際は、一部の信徒たちを利用して、様々な実験を行っている、非合法ながら、国家公認の団体……それが、霊身教れいしんきょうの実態だ」

「じゃ、じゃあ、俺の両親も……?」


 俺は、その先の言葉を言えなかったし、言いたくなかった。霊身教れいしんきょうの幹部候補、そう大家は言っていた。つまり、例の組織と両親は、繋がっている可能性があるのだ。


「それは知り得ることじゃないな。もう彼らは死んでしまっているし、まぁ、新薬の承認、なんて仕事をやっていたんだからな、疑う気持ちも分かるが……今は、それを考える時じゃない」


 村田は、俺の顔色が変化していく様子を見て、強い口調で言い放った。それは、あくまでも彼らしい気遣いだった。


「すみません……でも、そうなると余計におかしな点があります。どうして、俺は鈴石に狙われているんでしょうか。それも、あんなに執拗しつように」


 そう、例の組織と霊身教れいしんきょうの関与が明らかなのであれば、松山、安藤、奥村の殺害は、実験の一部だと考えれば理解できる、渡辺は、明らかな殺意をもって殺されたことは明白だ。では、それで何故、霊身教れいしんきょうの信徒でもなく、ただ両親が10年前の事件に関与していた、というだけで俺は狙われているのか。米村の言っていた、怨恨……果たして、そんな単純なものなのか?


「鈴石? 何故ここで鈴石の名前が出てくる。彼女は死んでいる、それは知っているだろう?」


 村田が聞き返した。俺たちは、村田の様子に驚き、顔を見合わせた。米村が鈴石の存在を確信したのが、一昨日の車内でのこと。そこから彼らは一度も会っていないのだろうか、それとも、村田には意図的に、その情報を伝えていなかったのか?


「えっと、米村先輩から聞いていませんか? その、鈴石が例の組織によって生かされ、今も研究を続けさせられている、という推測を。それと、監視カメラの映像から、鈴石本人である可能性が、解析した結果分かったって……」

「俺も、一昨日だったかに聞きましたよ。まぁあり得ない話じゃないと思って聞いてましたけど……」


 村田は、俺たちの話を聞いて黙り込んでしまった。伝達ミス……をするような人ではない。中原はともかく、米村は村田をよく慕っていた。そんな人が、あえて彼にそんな大事な情報を隠す理由は何だ? すると――――



 プルルルルル……



 また固定電話が鳴った。顔を見合わせ、例の如く俺が電話に出る。発信元は、さっきと同じ番号のようだ。


「もしもし、大家さんですか?」

「ああ、高島くんね。ちょうど今バス停に着いたところなんだけれども、もう先生は帰っちゃったかしら?」


 先生……ああ、森谷のことか。


「いえ、まだいらっしゃいますけど……」

「あらそう、もうこんな時間だから、ちょっとしたものしか作れないのだけれど……食べていくかどうか確認してくれる? 材料の都合もあるから、お願い」

「分かりました、ちょっと待っててください」


 一旦、電話を保留音に切り替え、俺は森谷に確認する。森谷は、その話に驚き時計を見た。13時30分、滞在予定の時間を大幅に超えていた。


「あ、もうこんな時間か! マズい、細胞が死んじゃうな……すみません、帰りますと伝えてくれるかな。それじゃ、俺はこれで失礼します」


 そう言って、森谷はそそくさと管理人室から退散した。よく見ると、『エンドラーゼ』の開発資料など、彼の提示した資料が全てそのままになっていた。


「あ、ちょっと待ってください!」


 中原が慌てて彼の後を追いかけ、管理人室から出ていった。その様子を確認し、俺は再び電話に出た。


「もしもし、大家さん。森谷さんは急いで帰られました。まだ実験中だったみたいですね」

「あら、じゃあお昼は三人分でいいのかしら。残念ね」

「あ、えっと……」


 俺は、予定外に来た村田の方を見た。まだ何か悩んでいる様子の村田だったが、こちらの様子に気づき、手をひらひらさせた。俺もらない、という意思表示だとすぐに分かった。


「そうですね、三人分です」

「了解、もう帰るから、それまでよろしくね」


 ガチャ


 俺は電話を切り、またテーブルの方へ向き直った。すると、村田がすでに帰り支度を始めていた。


「大家の婆さん、もう帰るって言ってたか?」


 椅子を定位置に戻しながら、村田は俺に尋ねた。


「え、あ、はい。でも、村田さんもゆっくりしていけばよかったんじゃないですか? まだ確認したいこともたくさんあると思うんですが……」


 そう、米村があえて村田に告げていなかった情報。あれに至った経緯や、そこで話し合った内容……彼に伝えたいことは多かった。しかし、村田は言った。


「あの大家は、俺のことを快く思わねぇよ。それに、ちょっと調べたいことが増えたんでな。それに……」


 村田は、ニヤリと笑った。


「このアパートの前に車停めっぱなしなんだよ。駐禁切られたら困るしよ、何よりキレるだろ? あの婆さん。そういうのにうるせぇからな、捕まっちまうと面倒なんだよ」

「ああ……」


 なるほど、それには俺も大いに同意だ。大家が来る前に移動させないと、後で何を言われるか。そして、その余波は、同居している俺にも影響するんだ。それだけはやめてほしい。


「……にしても、中原が戻らねぇことにはなぁ。アイツ、どこまで追いかけてったんだか」


 やれやれ、と呆れる村田。


「あの資料、普通に持って帰っちゃえば良かったのでは? 捜査資料にもなりますし……」

「ああ、それはあまり良くねぇ。証拠として機能するか不明確なうえに、例の組織が関与してるようなもんだろ? あれを署に置いといたら、誰かに消されるに決まってる。それに、森谷はここに提示はしたが、提出はしてないだろ? そういうの、結構細けぇんだ」


 そうか、あの資料は全て独自の調査によるものだ。真偽も不確かで、しかも国家が絡んでいるような事件の資料を、おいそれと持ち帰るのは自殺行為だ。そもそも、森谷が事件の調査を行っていることがバレた場合、いろんな人が処分されそうだ。


「そうなると、ここに置いておくか、彼に返すしかないわけですか」

「そういうこと。……ああ、戻ってきたか」


 アパートの前を、固めの靴で走る音が聞こえた。そして、その音は段々と近づいてくる。


「すみません、遅れま……うわっ!」


 急いで部屋に入ってきた中原は、靴を脱ぐ際につまづき、転んだ。警察官も転ぶんだなぁ、そんなことを思っていたが、盛大に転んだせいで、彼女の服が少し破れてしまったようだ。右膝のあたりに、小さな縦線が入っているのが見えた。


「ああ、破れちゃった……」

「そんなかかとの高い靴なんか履いてくるからだ、バカ者が。じゃ、俺は帰るから、後はよろしくな」


 玄関手前でうずくまる中原の横を、邪魔くさそうに通り過ぎる村田。


「ちょっとは心配してくれてもいいんじゃないですか!」


 思わず悪態をついた中原だったが、その言葉に振り返った村田は、彼女の耳元で何かを話し出した。思わず怪訝けげんな顔をした中原だったが、その話の内容を聞き、目つきが変わった。そして、彼がそのまま立ち去っていく様子を、彼女は見向きもせず、ただ険しい表情で天井を見つめていた。


 俺は、そんな彼らの様子を、ただ見ていた。何か重要な話をしたことは間違いないのだが、それが一体何だったのかは、この時点で俺は知る由もなかった。









 9月3日、4時15分の外苑西がいえんにし通り。けたたましいブレーキ音と、大きな衝突音、そして何かが砕け散った音が、静寂に包まれた青山霊園あおやまれいえんに響き渡った。

 青い顔をしたトラックの運転手が、自分のスマホで、何度も操作ミスしながら警察に電話をかけた。


「も、もしもし!? あの、人を、いてしまいました……!!」


 同日、4時30分。通報を受けた警察官二人が、その場に到着をした。通報者は、トラックの運転手である秋山あきやま 慎也しんや

 彼の話によると、夜が明けてきた時間帯、少し眠気を感じながら運転していると、歩道にいた女性が、急に路上に倒れ込んできたのだと言う。路上にはブレーキ痕があり、その様子から、被害者が急に路上に飛び出したことが窺えた。


 被害者は、トラックの下敷きとなっていた。頭部は粉砕され、血液や脳髄液のうずいえきが路上に飛散していた。また頭蓋骨や脳の露出も確認された。腹部も抉られており、腸管が露出している状態であった。状況から、被害者は即死と判断され、トラックの運転手である秋山は、現行犯として逮捕された。


 被害者は、特にバッグなどを所持している様子はなかったが、彼女の着ていた衣服には、財布が一つだけ入っていた。財布の中には、千円札が一枚、十円玉が三枚、コンビニのレシートが一枚、そして、運転免許証が入っていた。運転免許証から、被害者と思われる女性の身元が発覚した。


 被害者は、鈴石 初穂。51歳。まだ暑さが残るというのに、ロングコートを着用した、髪の長い女性だった。

 彼女の右肩には大きな打撲痕があったが、今回の事故により受けたものではないと判断された。また、事故から数時間も経過していないにも関わらず、彼女の腹部には、多量の蟻が群がっていた。

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