第4話 インターンシップ初日

見知った顔

 会場となるのは、港区に居を構えるスノーフォックスの本社ビル。

 親会社であるスノーフォレストのものとは別に、東京の一等地に自社ビルを建てているあたり、それは会社の成功と勢いを悠然に示している。


 康介に手配してもらったホテルからは徒歩数分の距離にあるので、静夜と栞は集合時間に余裕を持って到着し、案内の看板に従って中層階にある会議室を目指した。

 会議室の前の廊下には長テーブルで作られた簡易的な受付が設置されており、見覚えのある女性社員が参加者の学生を待ち構えている。


 採用担当の鮎川あゆかわだ。


 いきなり緊張する相手をみつけて静夜の胃は縮こまる。着ているシャツの襟を正して気を引き締め、覚悟を決めて前に進み出た。


「あ、〈フォックスマジック〉の正体を知ってる人だ」


 開口一番ボディブロー級の一撃を見舞われて、静夜は顔面蒼白となる。他の学生や社員が近くにいなくて本当によかった。誰も聞いていないと分かった上での発言だろうが、それにしても意地悪が過ぎる。


 静夜の反応を見て、鮎川は面白そうに笑った。


「あははは! ごめんごめん。まさかそんなにびっくりされるとは思わなかったわ。……おはようございます、月宮静夜君、三葉栞さん」


「……お、おはようございます」


 茶化されたことを恨めしそうに睨みながら挨拶を返し、栞は恐縮そうに頭を下げる。


「やっぱり覚えていたんですね。僕のこと」


 面接の時はそんな態度を微塵も見せていなかったのに、鮎川は先の講演会で静夜が発言したことをバッチリ記憶しているようだ。そうでなければ先程のクリティカルヒットは生まれない。


「それはそうよ。あんなにも印象的な学生はそうそういないわ。おまけに康介君の口利きでこんなところにまで来るなんて、よっぽど何かあるのね。うちの会社とあなたの間に……」


「……まあ、はい。そんなところです」


 鮎川の憶測おくそくは間違っていないが正しくもない。静夜はあくまで間接的な関係者に過ぎず、スノーフォックスとの間に因縁があるのは、義理の妹の妖花ようかの方だ。


「ねえ、君が知っている〈フォックスマジック〉の真実ってやつを、今度私にも教えてくれないかしら? 私も実は興味があるのよね」


 講演会や面接試験で見かけた時とは違い、彼女は意外にも気さくな態度で接して来る。社長に対して挑戦的な物言いをした静夜を敵対視しているわけではないと分かり、少しだけ緊張がほぐれた。


 とは言え、妖花のことも含めて、スノーフォックスの薄暗い裏事情を言いふらすつもりはない。静夜はぐいぐいと距離を詰めてくる鮎川にきっちりと壁を作り、毅然とした態度を保った。


「すみませんけど、僕から喋るつもりはありません。どうしても知りたければ、坂上康介から聞き出してみてください。彼もある程度のことは把握しているはずですから」


「あらそう。残念。それじゃあ今度のデートの時にでも探りを入れてみることにするわ。私には君たちをここに招待した貸しもあるわけだしね」


 得意気に余裕の笑みを見せる年上の女性。やはり手強そうだ。


 静夜と栞は、鮎川から首にかけるネームプレートを手渡されると、振り分けられたグループごとのテーブルに座るよう指示された。


 グループはAからHまでの八つで、二人はともにGグループに割り振れられている。

 広い大会議室の中は、すでに半分ぐらいの席が学生たちで埋まっており、後方に置かれたGグループのテーブルには一人の男子学生が先に到着していた。


 その先着の学生が、これまた見知った人物であり、静夜と栞はまたしても驚くことになる。

 面接試験の時に暑そうなリクルートスーツを着て来ていた、熱意溢れるあの男子学生だ。

 今日も面接の時と同じようにスーツ姿できちんとネクタイまで結んでいるからすぐに分かった。


 静夜と栞がどう挨拶しようか迷っていると、気配に気付いた彼が顔を上げて目が合う。

 そして彼の方もまた、静夜たちのことを覚えていたようだ。


「……どうして、お前のような学生が、こんなところにいる?」


「……」


 挨拶も自己紹介すらすっ飛ばして、出会い頭から容赦のない侮蔑の視線を向けられた。あまりにも失礼な態度に静夜は絶句し、栞は一瞬で凍り付いた二人の間を取り持つように愛想笑いを浮かべる。


「お、おはようございます。大阪の面接で一緒やった人ですよね? ……その、ウチらのこと覚えてはるんですか?」


「……ああ、まあな。特にそっちの君の方は同じ組で面接を受けたから余計鮮明に覚えているよ。企業研究も業界研究も足りない、志望動機もパッとしない、熱意も感じない、挙句の果てには緊張したのか何を言っているのかもよく分からない発言を繰り返して、コイツは間違いなく落ちたなと憐れんでいたのに、なんでここにいるんだ?」


「な、なんでって、それはウチらもその面接に合格したからなんやけど……」


「合格? ……ハッ! 冗談だろ? あんな受け答えで合格できるほどスノーフォックスの採用担当の目は甘くないはずだ。いったいどんな手を使ってここに潜り込んだんだ?」


「……」


 留まることを知らない挑発的な言葉の数々についに栞までもが口を閉ざす。


「ま、くれぐれも足を引っ張らないでくれよ? 僕はこのインターンシップでいい成績を残して、来年の採用試験を有利に進めたいんだ。この会社は僕の第一志望だからね」


 一方的に話を終えると、彼は手に持っていた配布資料に視線を戻した。

 静夜はこの時確信する。彼とは絶対に馬が合わない。


 面接試験で見かけた時からうすうす感じ取っていたが、初対面の時点で無理だと思うほどに強烈な人物と出会ったのは、随分と久しぶりなことだと静夜は思った。

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