ベッドの上の約束
「……栞さん。前にも言ったけど、僕は自分に出来ることしかやらないし、僕の実力なんて大したことない。一年前の時みたいに、僕の力でどうにか出来る相手ばかりとは限らないんだよ?」
かつて
どんなに無理でも、どんなに無茶でも、何が何でも成し遂げると立てた誓いを果たせなかった。
約束なんて、出来ない。
責任だって、取れない。
部屋の明かりを全て消していて良かった。
不甲斐ない告白をする自身の顔を、二度も栞に見られたくはない。
けれど、一度は弱音を晒している以上、栞には静夜が今どんな顔をしているのかが分かるだろう。
「うん。分かっとる。せやけど静夜君は、絶対にウチのことを守ろうとしてくれるやろ?」
それだけで十分だと言わんばかりに、栞は静夜に対する新しい信頼の形を口にした。
部屋の明かりを全て消してしまったことを後悔する。
できることなら今すぐ寝返りを打って振り向き、彼女が今、どんな顔をしているのか見てみたい。
絶対に振り向かないけれど、そんなことを思ってしまった。
互いの息遣いが背中越しに聞こえる沈黙の夜。
静夜は最後に、ずっと訊きたかったことを訊いた。
「……栞さん。……栞さんはどうして、このインターンシップに参加しようと思ったの?」
「ど、どうしたん? いきなり……。面接の練習の続き?」
「そうじゃなくて、栞さんがスノーフォックスに関わろうと思った本当の動機。……僕を雪ノ森
最初は単純に、情に厚い彼女らしい純粋な正義感からなのかと思った。
しかし、講演会で勢い任せに発言をするだけでなく、エントリーシートや面接の試験を乗り越えてまで四日間もあるインターンシップに参加しようとする行動力は、静夜が知っている普段の三葉栞よりも少しだけ無茶をしているように感じられた。
「……やっぱり、余計なお節介、やったかな?」
「や、違うよ! そういうつもりじゃなくて……!」
「――でもウチは、たとえ一人やったとしても、ここに来とったと思う」
固い意志の込められた言葉に遮られ、静夜の否定は止まる。
栞はゆっくりと優しい口調で照れ臭そうに続けた。
「……ずっと考えとったんや。ウチが静夜君のためにできることってなんやろうって……。ウチは、霊感があるだけで戦えへんし、それやのに静夜君のことばっかりあてにして、困らせて……、このままじゃあかんって思ったんや。いつも守ってもらってばっかりで、助けてもらってばっかりで、ウチは何にも静夜君にお返しできてへん。せやから、何かウチにもできることはないやろかって探しとったんや……」
「……」
栞がそんなことを思っていたなんて、静夜はここで初めて知った。
彼女にも彼女なりの苦悩や葛藤がある。その中から生まれた決断の一つが、今回のインターンシップだったというわけだ。
「もちろん、妖花ちゃんの話を聞いて、雪ノ森の人たちのことを許せへんって思ったし、何か力になれることがあるんやったら助けたいとも思った。……せやけどウチだって、静夜君と同じで自分に出来ることしか出来ひんから、ウチに出来ることやったら何でもしようって、ここに来たんや……」
静夜はついに我慢が出来なくなって寝返りを打った。
気配を感じ取ったのか、栞も同じように寝返りを打ち、静夜と向き合う。
暗闇に目が慣れたせいか、お互いの顔がぼんやりと分かった。
互いの吐息が掛かる距離。いつもよりずっと近くから二人は見つめ合っていた。
深い優しさと慈愛の中に芯の強い決意を秘めた瞳と、恐怖を噛み殺すように固く閉ざされた柔らかそうな唇に、静夜は吸い込まれそうになる。
自然と、静夜の顔が引き寄せられるように栞の顔へと近付いていく。
栞が、顎を少し上げて目を閉じる。それを見て、静夜は彼女の肩を抱き、穢れを知らない無垢な唇へと迫る速度を上げて、ついに届く――
――チリン、チリン。
唇が重なるその直前。ベッドサイドテーブルに置かれた『厄除けの鈴』が転がって、暗闇での
ハッと我に返った静夜と栞は、即座に離れてまたお互いに背を向け合う。
今更、顔が熱くなっていくのを感じた。
自分はいったい何をしようとしていたのか、自らの正気を疑って恥ずかしさのあまり死にたくなる。
本当にキスしていたら、どうなっていたか分からない。
思わず想像してしまった『その後の展開』を静夜は激しくかぶりを振って頭の中から追い出した。
「……ご、ごめん、栞さん」
「あ、ああ、謝らんといて! 謝られるとその、わ、悪いことをしようとしとったみたいになってまうやろ!」
「……ご、ごめん」
「だから謝らんといてってば!」
そこで再び訪れる沈黙は、先程までよりもずっと重く、ますます気不味い。
このままでは余計に眠れない気がした。
それに。
ここで逃げ出して、何も言わずに誤魔化すのは、なんだか卑怯だと思った。
「……栞さん。ありがとう」
「……え?」
「栞さんがどんな気持ちでこのインターンシップに来たのか、よく分かった。だから、明日からの四日間、もしも何かあったらその時は、……――今度こそ、僕が君のことをちゃんと守るよ」
絶対、なんて言えない。
必ず、なんて保証もできない。
けれど静夜は、果たすべき誓いをもう一度、月明かりも届かないホテルの暗闇の中で約束した。
シーツが擦れる音がして、背中に突然、柔らかい何かが押し当てられる。
驚いているうちに、両方の脇からはか細い腕が回されて、静夜は栞に後ろから抱き締められた。
「……ありがとう、静夜君。せやけど、無理だけはせんといてね」
温かくて、安心する。
胸の中にあった気不味さが自然とほぐれてなくなった。
「うん。大丈夫。分かってる」
守ると決めた女性の腕に抱かれて、静夜は気負うことなく頷いた。
「……よろしくお願いします。ウチの王子様」
うなじにかかる彼女の吐息がくすぐったい。
普段は絶対に口にしないような台詞でも、今は何故だか自然と言葉に出来た。それを言われた方もまた嬉しくて、温かくて。
青年は決意を新たにすると共に彼女の体温が心地よくて、次第に意識が遠のいていった。
栞もまた彼の背に身体を預けたまま
こうして、二人で過ごす最初の夜は更けていき、インターンシップの初日を迎えた。
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