質疑応答

 講演はその後、現在の市場や業界の中におけるスノーフォックスの立場や今後の展望などの話に移り、スノーフォックスが新入社員に求める適正についての話では、それこそ講演会のタイトルにもなっている『フォックスマジックを受け継ぐ者の使命と誇り』について熱心に語られ、耳をそば立てる学生もメモ帳にペンを走らせるなどして聞き入っていた。


 コミュニケーション能力とは何か、という話から、自分で問題を見つけて解決していく能力が必要であるとか、チームの中における自身の役割を見極めて貢献する心構えとか、経営者の立場からそれらしい話を並べていたが、おそらく彼が欲しているのはここで語られる適正のどれでもない。

 雪ノ森達樹たつきが求めているのは、〈フォックスマジック〉をさらに進化させるための知識と技術。胸の内に秘めた思惑を想像すれば、それが本音だろう。


 やがて時間は過ぎ去り、用意していた原稿もスライドも尽きると、講演会は最後の締めくくりとなる質疑応答へと移っていった。

 そこでは最初に登場した司会の鮎川も壇上に戻って来て、手を挙げる熱心な聴衆の疑問を受け付けることとなる。


 学生から出てくる質問は、就職活動に関するものが多かった。

 企業研究や業界研究の進め方、面接やエントリーシートのコツ、一般的な対策と傾向。

 これらの質問には人事部の採用担当でもある鮎川が適度に答え、達樹社長にも意見を聞くなどして学生の求める答えを出していく。


 中には、スノーフォックスがひた隠しにしている〈フォックスマジック〉の仕組みや謎に探りを入れようとする質問も見られたが、それらは達樹社長がうまくはぐらかして躱していた。


 結局、最後まで退屈な講演会だった。


「……なぁ、静夜君は何か質問とかあらへんの?」


 ずっと静かに話を聞いていた栞が、隣から小声で耳打ちして来る。

 静夜は欠伸を堪えつつ、首を横に振って答えた。


「……いや、別に? 元々僕は栞さんに誘われなければ来るつもりもなかったんだから、ここでわざわざ手を挙げるほどの興味もないよ」


 時計を確認すると残り時間はあとわずか。挙手する人の数も徐々に減って来て、講演会は本当の最終盤を迎えていた。今更何かを訊く気にはならない。


「じゃあ、何かあの人らに一言物申そうって気にはならへん?」


「それこそ今更だよ……」


 静夜はそっけない態度でやり過ごそうとした。

 その無関心な様子に、何故か栞は頬を膨らませて抗議する。


「静夜君がそのつもりなんやったら、ウチが代わりに言う!」


 そして栞は勢い良く右手を上げ、司会の鮎川にアピールするような熱視線を向けた。


「ちょ、ちょっと栞さん⁉」


『――はい! じゃあ次はそこのあなた! 元気よく手を挙げて下さいました、カーディガンの方です!』


 静夜が止める間もなく、司会はすかさずその熱意に反応して栞を指してしまう。

 彼女がその場で立ち上がると、周囲からの視線も集まった。

 係の人がマイクを届けに来る前に、静夜は小声で注意する。


「栞さん! くれぐれも妖花ようかのことや、陰陽師協会のことはしゃべっちゃダメだからね?」


「大丈夫。分かっとる」


 素直にうなずいてくれる栞だったが、表情は険しく、視線は真っ直ぐに雪ノ森達樹の方を睨んでいる。今にも喧嘩を吹っ掛けそうな雰囲気で、静夜の心臓は高鳴り出した。


 マイクを受け取った栞は、緊張した面持ちでスイッチを入れ、いつもの京都弁を取り払って丁寧に話し始める。


『……本日は、貴重なお話をありがとうございました。……私は今年の二月に友人に誘われて、御社と御社の親会社であるスノーフォレストが新しくオープンさせたホテルとスキー場、『フォックスガーデン』に遊びに行ったのですが、そこでレンタルしたスキーウェアや装備類は、先程のお話しにもあった新しい〈フォックスマジック〉の技術が用いられていてとても温かく、その品質の高さに感銘を受けました』


『おぉ、『フォックスガーデン』に、ですか! どうでしたか? 楽しんでいただけましたかな?』


『……はい。いろいろな意味で忘れられない思い出が出来ました』


 達樹社長は嬉しそうな声を上げて感激する。『フォックスガーデン』とそこで提供しているスキーウェアに使われている技術は、今のスノーフォックスが打ち出している大事業の目玉だ。いい感想を引き出して宣伝に利用したいのだろう。彼は期待を込めた眼差しで栞に感想を促している。


 一方で、マイクを握る彼女の目つきは未だに剣呑としていた。


『……私は、友人たちと一緒に、そのスキー場で雪崩に巻き込まれました』


 栞の告白に会場がどよめく。この瞬間、達樹社長の表情は凍ったように固まった。


『……無事に生還できたのは、私を助けてくれた友人たちと、寒さから私を守ってくれたあのスキーウェアのおかげだと思っていますが、そもそもあのスキーウェアが無ければ、雪崩が起きることもなかったのではないですか?』


『……それはいったい、どういう意味でしょう?』


 社長に代わって司会の鮎川が質問を投げる。

 雪崩が起きたのはスキーウェアのせいだと主張する栞の発言には、客席にいる多くの人も首を傾げていた。


『これはスキー場で聞いた噂話なのですが、あの頃『フォックスガーデン』でスキーウェアをレンタルしたお客さんが立て続けに遭難していたそうですね? ですが、それらの事件は一切、ニュースで報道されていません』


 会場の騒めきがどっと増す。隣にいる静夜は胃が強く締め付けられるような思いだった。


『……そ、そんな事件は報告されていません。誰かが悪戯で流したたちの悪い冗談ではないですか?』


『ですが、スキー場の近くで起こった雪崩に、私を含む学生三人が巻き込まれたことはどこの新聞にもテレビにも、ネットニュースにも流れていませんでした』


 達樹社長が笑顔で誤魔化そうとしたところを、すかさず回り込んで逃げ道を塞ぐ。社長は再び押し黙った。


『先程のお話しで、スキーウェアを商品化できないのは、安定した製造が難しいことと品質をさらに向上させるためだと仰っていましたが、『フォックスガーデン』では既にかなりの量のスキーウェアが貸し出されていました。品質も既存のニット製品と比べて大差ないように感じます。それなのに商品化できないのは、何か全く別の問題を抱えているからではありませんか? ……スノーフォックスはいったい何を隠しているんですか?』


 栞が繰り出した質問に、雪ノ森達樹は冷や汗を滲ませる。表情こそ崩していないが、明らかに動揺しているのが分かった。

 静夜もまた、マイクを持って立つ彼女の隣で肝を冷やしている。

 騒めく会場の視線が集中して、落ち着かなかった。


 達樹社長はそこでゴホンと大きく咳払いをしてから居住まいを正す。客席からの視線が集まって来るのを感じながら彼は、短いため息をついて首を横に振った。

 それはまるで、出来の悪い生徒に呆れる意地悪な先生のようなあざけり方。

 静夜には、嫌な予感がした。


『……やれやれ。どうやらお嬢さんは、我々のことを誤解していらっしゃるようですね』


『……誤解、ですか?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る