第4話 理想の結婚

駆け落ちの是非

「結婚かぁ……、学生のウチらには全然実感のわかへん話やなぁ……」


「まあ、そうだよね……」


「あ、せやけど、ウチもいつかはしてみたいって思っとるよ? 結婚……。やっぱ女の子やし、憧れっていうんやろか……。ちっちゃい頃はウエディングドレスをいっぺん着てみたいって思っとったけど、最近は白無垢しろむくを着てお宮さんで式挙げるんもええなぁって……。って、彼氏もおったことないウチには気ぃの早すぎる話かもしれへんけど……。あはははッ!」


「……」


 なんて答えればいいのか分からず、静夜せいやは乾いた笑い声を上げるしおりから逃げるように目を逸らし、昼食のカレーを黙って口に運んだ。


「ぶッ、ぶふっ! ぶふふふふっ……!」


 隣では、白米を口に含んだままの坂上さかがみ康介こうすけが噴き出しそうになるのを必死に堪えて笑っている。静夜の気まずい表情が随分とお気に召したようだ。


 竜道院りんどういん羽衣はごろもと対峙した翌日。静夜は人も疎らになった昼過ぎの学食で、友人たちと遅めの昼食を共にしていた。


 誰から聞いたのか、栞も京天門きょうてんもん椿つばき紅庵寺こうあんじ陸翔りくとの駆け落ちの話は知っていて、その手助けをすることになった静夜に何か作戦はあるのかと尋ねて来たのがこの話題の始まりだ。


「でもさ、ホントにどうするつもりなんだよ。下手したら京都中の陰陽師を全員敵に回すかもしれねぇんだろ? 静夜たちの部隊たった四人だけで盲目の花嫁と車椅子の花婿を守り切れんのか?」


 康介は妙に大仰な言い回しで静夜にプレッシャーをかけて来る。本人は揶揄からかっているつもりのようだが、その冗談が現実になる可能性もゼロではないので、静夜は全く笑えない。


「妖花ちゃんとかに応援を頼むとかって出来ひんの? これって静夜君が京都支部として受けた正式なお仕事なんやろ?」


「いや、この件に関して、妖花にはまだ何の報告も挙げてない」


「え? そうなん⁉」


「二人の駆け落ちを手伝ったところで《陰陽師協会》には特にメリットになることがないんだよ。だから正直に報告して助力を求めたところで上からはむしろ手を引けてって言われる可能性の方が高いと思う。……まあ妖花は、萌依めい萌枝もえあたりから話を聞いて既にこのことを知ってるかもしれないけど、僕はこの依頼を京都支部としてではなく月宮静夜個人として受けるつもりだから……」


「……それって静夜に何かメリットあるのか?」


「いや無いけど……、……このまま放っておくのもなんかアレだし……」


 静夜は咄嗟に何食わぬ顔を作って、平然とやり過ごした。

 椿と陸翔から提示された交換条件について、誰かに知られるわけにはいかない。


「それに、《平安会》の家同士のごたごたに《陰陽師協会》が図々しく割って入るのもおかしな話だろう? 若いカップルの駆け落ちが発端で《陰陽師協会》と《平安会》が全面戦争にでもなったらさすがに馬鹿馬鹿し過ぎて笑えない」


「ま、そりゃそっか」


「馬鹿馬鹿しいなんてことあらへん! 当人たちにとってはこれからの人生を左右する大事なことなんや! そないなふうに言うんは、ちょっと冷たいんとちゃう?」


 男二人が肩をすくめるのを見て、栞は厳しくその冷笑を非難した。彼女にしては珍しく本気で怒っているようだ。


「京天門さんと紅庵寺さんは、《平安会》の中でも歴史があって由緒正しい家柄なんやろ? しかも派閥では敵同士で、家族が結婚を許してくれへんのやったら、あとはもう駆け落ちしかないやん? 生まれた家も故郷すら捨てる覚悟を決めて、いろんな人に迷惑をかけることも分かった上で、それでもこの人と一緒になりたいって本気で思っとるから、静夜君のところに来たんとちゃうの? そんな二人の人生の分かれ道を手伝うんやったら、静夜君も本気で考えな失礼やと思うで?」


「……」


 語気を強める栞の頭で、トレードマークとなっている簪の鈴がチリンと揺れる。

 彼女の言うことは確かに正論で、言いたいことは分かる。

 だが、静夜は残念そうに首を振り、相手を諭すように反論した。


「ごめんだけど、栞さん、……これは子どもの家出とはわけが違うんだ。……たとえ僕や《陰陽師協会》が介入しなくても、二人の結婚という決断と、駆け落ちという選択は、絶対に後の京天門家と紅庵寺家、ひいては京天門一門と蒼炎寺そうえんじ一門との間に大きな禍根を残す。二人がどんなに真剣で、どれだけ思い悩んだ末に出した結論だったとしても、一組のカップルの身勝手な振る舞いが原因で、最悪の場合は大きな戦争が起こるかもしれないんだ」


「……」


 今度は栞が返す言葉失う番だった。


「事実、二年前の結納の儀では、竜道院羽衣が会場を襲撃して、新郎新婦は重傷を負った」


 大袈裟な話ではない。事実がある以上、その最悪の展開は起こり得る。


「……やけど、そんなのってやっぱりおかしいやん。なんで好きな人と結婚したいってだけで、そんな不幸な目に遭わなあかんの? 二人はただ、幸せになりたいだけやんか……」


 理解の及ばない不条理を見せられて、栞は悲し気に肩を落とす。


 幸せになりたいだけ。

 きっと誰しもがそうだ。

 しかし、人が幸せを掴むのは、そう簡単なことではない。

 あるいは何かを犠牲にしなければ、対価を支払わなければ、人は幸せになれないのか。


「椿さんと陸翔さんは、きっと誰よりも大真面目だよ。自分たちが駆け落ちすることで一族や一門がどうなるのか。僕たち《陰陽師協会》の人間を巻き込むことで何が起こるのか。その辺のことを全部ちゃんと考えて、ある程度の事態を覚悟した上で、それでも結婚したいんだって言ってるんだと思う。だから、栞さんの言いたいことも分かるし、二人のことを応援してあげたいなって気持ちにもなるんだけど、……ちょっと冷静になって考えたら、こんな馬鹿げた選択にそこまでの覚悟を賭ける価値が本当にあるのかなって……」


 静夜の頭にあるのは昨夜、竜道院羽衣が舞桜に向かって唱えた主張だった。


 世間や歴史、自分以外の他人が認めない〈存在の定義〉に果たして意味や価値はあるのか。


 人から認められて初めて〈存在の定義〉は力を持つ。

 人から賛同を得られない主張に説得力はなく、それは独りよがりな自己満足に過ぎないのだと。


「……理想の結婚って、何なのかな?」

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