平安会の矜持
遂に、始まる。
「――結界班、詠唱開始!」
「――神よ、その雷を鎮め給え。仏よ、その矛を収め給え。これより先は愚者の境界なり。踏み入ること
等間隔になって広がっていた陰陽師の足下に小さな法陣が描かれ、光の線が伸びて繋がっていく。
「――東の龍は美しき笛の音を奏で、南の
一直線に結ばれた法陣は、たちまち光の壁となって空を分かち、東へと向かう青龍の目の前に立ち塞がる。
「――現世にて生を謳歌する我らの愚行に天よりの慈悲を乞い願う。――〈
何十人もの陰陽師の念が一つに合わさって紡がれた絶壁に、青龍の行く手が遮られた。
『んん? ……ほお、我の姿を見てもなお、自ら挑んでくると申すか?』
青龍が眉を顰めて地上を
《平安会》の陰陽師たちは、青龍の迫力と威厳を前にしても誰一人として後退ることなく、むしろ恐怖をはねのけて一歩前に踏み出し、京都を守護する陰陽師としての矜持を示した。
「突然の
代表して、京都の英雄が名乗りを上げる。
堂々と胸を張り、敬語を交えながらも決して立場は譲らず、夜空を覆い尽くす龍の影に対して臆することのない姿勢で挨拶を見舞った。
「失礼を承知で申し上げます。御身が先程、我らより取り上げられたものは、ほかでもない東の方角を司る四神のうちの一柱、青龍への
『人間、お前は何を呆けている? お前たちはまず此度の不敬を我に詫び、我が領地を踏み荒らした賊の首を差し出した後で許しを乞い、全員の命を以って償いとするのが本来の道理であろう? その誠意を見せぬばかりか、あまつさえこの横笛を返せと申すか? ……この時代の陰陽師は、神への礼儀というものを知らぬと見える』
「恐れ入りますが、手前どもでは御身が本物の青龍であるかどうか判断致しかねます。もし、御身が青龍の名を語っているだけのただの偽物であれば、私どもはこの命に代えましても、その横笛を取り返さなくてはなりません。……青龍の威を借りた、どこぞの馬の骨に、まんまとしてやられるわけにはいきませんので……」
『な、……なん、だとぉ……?』
星明はあまりにも直接的で挑戦的で、なによりも底抜けに侮蔑的な嘲笑を浮かべた。
当然、青龍は頭に血を登らせ、それと対峙する陰陽師たちは額に大粒の汗を滲ませる。肝が冷えるどころの騒ぎではない。
その中でただ一人、竜道院星明だけは涼し気に笑っていた。
彼に言わせてしまえば、あの青龍が本物であるかどうかなどは、既に問題ではない。
奴は京都の街を滅ぼすと言った。それを実行しようとするならば、たとえ相手が真正の神獣であろうと敵である。その脅威から街を、人々を守ることこそが《平安陰陽学会》に属する陰陽師の宿命である。
故に彼は今、天を覆い尽くさんとする巨大な妖へ向けて、文字通り喧嘩を売ったのだ。
『……よかろう。その軽口がいつまで続くか、試してくれる』
青龍がおもむろに口を開ける。周辺に浮かび上がった光の粒子が奴の鼻先から生える龍角に吸い寄せられて集まり、それは次第に青白く輝く妖力の塊となっていく。
「来ます! 全員、備えて下さい!」
星明の
陰陽師たちは結界に流し込む法力を高めて受けて立つ。
天に
――ドォオオン! という衝突を知らせる鈍い重低音が広がり、それを追いかけて衝撃波と熱風が桜の花びらを舞い上げながら街中に波紋を広げていく。
陰陽師たちは歯を食いしばって踏み止まり、刹那の時間に凝縮された破壊力が過ぎ去るのを待ってすかさず反撃へと転じた。
「攻撃班、突撃!」
火蓋が切って落とされる。
控えていた陰陽師たちは結界の壁を超えるための呪符を飲むや否や、それぞれの得物を手にとって、緊張や畏れを払いのけ、
〈禹歩〉が使える者は中空へと躍り出て直接攻撃を仕掛け、使えない者は呪符の遠投による攻撃を地上から加えていく。各一族や一門に分かれて分隊を作っている攻撃班は、それぞれの長の指揮に統率され、息の合った動きで青龍の気を散らし、ダメージの蓄積を狙っていた。
また、結界班はこの隙に傷付いてしまった壁を修復し、救護班は負傷や法力の限界で脱落した者を前線から引っ張り戻して治癒を施す。
普段は各一族、各一門に分かれていがみ合っている《平安陰陽学会》の陰陽師たちも、京都の街を脅かす強大な敵を前にした今は、ただ京都の街を守護するという使命のみを共有し、その矜持と信念に従って死線に身を投じていく。
これこそが、千年以上の長きに渡って先祖代々の土地を守り続けてきた京都の陰陽師の本来の姿だ。
一人の若い陰陽師が素早い動きで青龍の額に呪符を張り付け呪文を唱える。直後、雲のない空から落雷が発生し、頭に命中。青龍の顔が下を向き、それを目掛けて地上からは巨大に膨らんだ火球が打ち上げられる。青龍は身体を大きくうねらせてこれを躱し、反撃の為に技を構えた。すると、先程通り過ぎた火球が頭上で爆散。猛烈な爆風と火焔を浴びせられて青龍の体勢が崩れる。この好機に
〈禹歩〉で夜空を駆け抜けて、青龍の懐に飛び込み、阿吽の呼吸で技を合わせる。長くたなびく胴体を貫かんとする勢いで会心の拳を叩き込んだ。
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