戦う理由

 作戦本部が置かれた時計台とその前のクスノキを中心として、陣地を取り囲むように妖の侵入を阻む結界が展開されている。

 静夜たち京都支部とそのほかの陣地防衛を任された陰陽師たちは、結界の外に出て襲い掛かってくる妖を討ち漏らすことなく迎撃しなければならない。


 大学の構内には物理的なバリケードが築かれ、それに呪符を仕込むことによって妖の侵攻をある程度にまで抑え込んではいるが、集まってきている妖の数が先程の円山公園や八坂神社の比ではなかった。


 ――ダダダダダダダダ!


 静夜はアサルトライフルを構え、今にもバリケードを超えてきそうな妖を一掃する。


 篭城戦ろうじょうせん

 背中に何かを守って戦うこの状況は、静夜に苦い思い出を呼び覚まさせた。


「不味いぞぉ! バリケードがぁ!」


 後方から別の班の陰陽師の叫び声が上がる。

 振り向くと、通りを封鎖していたバリケードが無数の妖の群勢に押しつぶされて、今にも決壊しそうになっていた。

 すぐさま援護に駆けつけようとする静夜。そのすぐ横を刹那の春風が颯爽さっそうと追い越していった。


「――焼き払え」


 桜色の猛火が風に乗って広がり、瞬く間に妖の群れを飲み込んでいく。


 ――バン、バン!


 続けて正面上方に向けて拳銃を二発抜き撃つ。


 空中高くに跳び上がったウサギの妖が、バリケードを跳び越える前に撃ち落された。燃え盛る〈桜火おうか〉の上を進もうとしていた他の妖も次々と撃ち抜かれて真下の炎に包まれる。


「……お前たちは下がっていろ。ここは私が受け持つ」


 視線は前だけを睨んだまま、少女は《平安会》に所属する若い陰陽師たちへ向けてきつい口調で言い放った。


「……舞桜?」


 その後ろ姿に、えも言わさぬ気迫を感じ取って静夜はいぶかしむ。

 左手に持つオートマチックの弾倉を交換し、舞桜は一人で戦線維持のために戦い始めた。

 静夜は後方よりこれを援護しながら、少女の小さな背中に駆け寄る。


「前に出るのはいいけど、無理はしないほうがいい。今は人もいるんだから、しんどくなったら下がって、《平安会》の人たちに任せるのも一つの選択肢だよ。少しは余裕を持とう……」


 正直に言って、これは損な役回りだ。

 背負うリスクや被る損害、作戦における責任に対して、期待できる見返りや名誉が少なすぎる。

 作戦の成否を握っているのは、実際に青龍と対峙する本隊なのだ。彼らが勝利しなければ、静夜たちがいくら命を張ったところでそれは徒労とろうに終わる。必死になって犬死いぬじにするだけの価値も低い。


 それなのに、舞桜は――、


「うるさい」


 右手に〈桜火おうか〉をともし、バリケードの向こうへ投げ込む。火球は放物線を描いて妖の群れの中心に落ちて爆ぜ、キャンパス内にまばらに残っている学生の自転車ももろともに、有象無象の妖たちをすさまじい炎熱と衝撃波によって消し飛ばした。


「……私は下がらない」


 それは自分自身に言い聞かせるような呟きだった。


 吹き抜けていく春風が桜色の髪をなびかせる。意志の強い朱色の瞳は、押し寄せて来る妖の大群を真っ直ぐに見据えていた。


 妖のき声、陰陽師たちの怒号どごう、地をう爆発音。繰り広げられる乱戦の雑音に紛れて、舞い散る桜の花びらは、音もなくこぼれ、地に堕ちる。 


「……見せつける。そして、――しめす。……私は絶対に、ここで引き下がるわけにはいかない!」


 その声は己を鼓舞こぶするように次第に語気を強めていった。


 強く地を蹴り、敵軍の懐に飛び込んで行く少女。静夜はその気迫に押されて気付けば置き去りにされていた。


 瞬く間に離れていった舞桜の頼りない背中を見送って、途端に青年は不安になる。


 少女はなぜ、あんなにも頑固なのか。

 少女はなぜ、あんなにも必死なのか。


 昨年の冬。少女と初めて出会ったときに、彼女は言った。


 自分は、《平安会》の首席になる、と。

 京都の陰陽師たちに自分の力を認めさせるのだ、と。


 先程と同じように、意志の強い朱色の瞳で青年のことを真っ直ぐに睨みつけ、迷うことも恥じらうこともなく口にしていた。


 それが少女の決意。竜道院りんどういん舞桜まおの覚悟。


(……でも、まさか、君がここで戦う理由は、それじゃないよね?)


《平安会》の首席になるため。

 京都の陰陽師たちに自分の力を認めさせるため。


 だから戦う。だから引けない。

《平安会》の陰陽師たちが見ているこの戦場では、絶対に無様を晒せない。


 もしかしたら彼女は、そんな風に考えているのではないだろうか?


 15歳になったばかりの少女が握る拳銃は、その小さな両手にはやはりまだ大きすぎて不釣り合いだ。

 見かけよりもずっと重い、その冷たい金属の塊を両手に構えて引き金に指を掛ける少女の顔色には、生き急ぐ焦燥しょうそうが滲んで見えた。


 危うい。少なくとも、静夜の目にはそう映った。


 リロードを済ませ、舞桜の後を追いかけようとしたその時、――


「――青龍だ! 青龍が動き出した!」


 跳ねるように顔を上げる。西の空を見上げると、黒煙の雲を身に纏った青龍が夜の星空の輝きを飲み込みながら、ゆっくりとこちらに迫って来ていた。


 遂に、始まる。――

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