合流

 京都大学、吉田キャンパスを象徴する時計台前のクスノキの広場には、既に多くの陰陽師たちが集まり、青龍の迎撃に向けた準備を進めていた。

 かがり火をたき、周辺には強力な結界を展開させるための呪符と法陣を幾重にも重ねて設置し、万全の体制を整える。

 満開を迎えていたキャンパス内のソメイヨシノは、風に吹かれて舞い散り、かがり火の火の粉と共に天へと昇っていく。

 遠く離れた知恩院ちおんいんからようやくたどり着いた静夜たちは、開け放たれた正門から陣の中へと踏み入り、見事な枝葉を広げるクスノキの下で陣頭指揮を執っている竜道院りんどういん星明せいめいに到着を報告した。


月宮つきみや静夜せいや以下、《陰陽師協会》京都支部所属の陰陽師四名、並びに竜道院りんどういん舞桜まお、只今を以って本作戦に合流いたします。負傷者はなし。全員戦闘に参加可能です」


《陰陽師協会》のやり方に乗っ取った文言を使う静夜に対し、星明は砕けた調子で加勢に駆け付けた彼らを労った。


「お疲れ様、静夜君。かなり広い地域を任されたはずなのに、あそこを怪我人も出さずに守り切るなんてさすがだね。……でも、投獄とうごくされていたはずの彼がこの場にいることに関しては、後できちんと説明してもらうよ?」


 静夜の後ろに隠れることもなく控える水野みずの勝兵しょうへいの姿を見て、意地の悪い笑顔を浮かべる。


 今は猫の手も借りたい状況であるし、青龍を名乗る妖が横笛を奪った犯人だけでなく、祠を守り切れなかった全ての陰陽師に対しても罰を与えると宣っている以上、彼一人を生贄に差し出したところで意味はない。それに勝兵が犯人であると確定しているわけでもないのだ。この場で彼の参戦を拒むのは間違っていると即座に判断したのだろう。ここは素直に、五行の「水」の力を扱える術師が戦力に加わってくれることを有難く受け入れるべきだ。


「で、状況は?」


「青龍と名乗る妖、作戦では便宜上、アレを暫定的に『青龍』と呼ばせてもらうけれど、奴は現在、鴨川の上空に留まって土地の力を吸収している。青龍は風水ふうすい的に河川に相応する神獣しんじゅうとも言われているからね、横笛を失っていた間に失くしてしまった力を少しでも取り戻そうとしているんじゃないかな?」


「アレが本当に本物の青龍だったとしたら、な」


 勝兵が後ろから前に躍り出て来て口を挟む。


「一つ質問したい。京都御所で竜道院の陰陽師たちを襲い、横笛を奪ったのはあの妖なのか?」


「ええ、おそらく。その場にいた弟の紫安しあんの報告では、最初は姿が見えず、周囲を警戒していた仲間の一人が突然背後から巨大な爪のようなもので斬り裂かれる奇襲を受けて、戦闘に発展したそうです。『横笛を返せ』という声が頻繁に聞こえて来たそうですから、一昨日の夜にあなたが戦い、《平安会》の陰陽師を斬り殺した妖と同一の個体でしょう。そして奴は、横笛を手にした途端に姿を変化させ、神器を取り返そうとした父上や伯父上をはじめとする当家の陰陽師たちを瞬く間に一蹴してしまった、と」


「……それは、いろいろと引っかかる部分があるな……」


 星明から話を聞いて、勝兵は考え込むように項垂れる。


「俺が相手をした時は、確かに強い妖だと思ったが、あそこまでの力は感じられなかった。それにアイツが本物の青龍なら、姿を隠す必要がどこにあった? 青龍だと名乗り、口上を述べることもなく奇襲を仕掛ける戦い方は神獣としての品性にも劣る」


「それは単純にあの横笛が手元になかったからじゃないんスか?」


 今度は萌枝もえが後ろからひょっこりと顔を出して話に割り込んで来た。

 姉の萌依めいも妹の隣から出て来て持論を展開する。


「横笛がなかったから、青龍としての姿を具現化できず、名前を明かすことも出来なかった。だから力を取り戻した今、本来の姿と名前で正々堂々、恥をかかせた京都の陰陽師たちに天罰をくれてやる! って怒ってる。そう言うことじゃないんスか?」


「確かにそうかもしれないけれど、横笛を手に入れることが出来たから、偽物が青龍の姿と名前と力を借りて好き勝手に暴れようとしているだけってことも考えられる。〈青龍の横笛〉にどんな秘密やからくりがあるのかは知らないけれど、その可能性もゼロじゃないと思う」


 静夜も勝兵が感じたものと同じ疑念を抱いた。


「羽衣さんとの連絡は?」


「一応お耳には入れたけど、直接見てみないと何とも言えないそうだよ。沐浴が終わるのにはまだ少しかかるらしいから、それまでは僕たちだけでなんとかしのぎ切るしかないね……」


「作戦の方は?」


「今は足を止めているけど、青龍はおそらくあそこから東の祠を目指すと思われる。ここは青龍の現在地と東の祠を結ぶ直線上にあるんだ。奴は間違いなくこの上空を通る。祠に帰ってさらに力を回復する前に、ここで足止めして確実に仕留める。そのための準備を今急ピッチで進めているところだよ」


 忙しなく動き回っている《平安会》の陰陽師を見渡しながら、星明は力強く答えた。


 かなりの自信があるように見えるが、東の祠の場所を知らない静夜にとってはこの京都大学が京都御所から祠までの進路上にあるという彼の言葉を信じ切ることが出来ない。


「星明さん、いい加減お答え頂きたいのですが、東の祠とはいったいどこに設けられているんですか?」


 静夜は、竜道院一族が頑なに守り続けている秘密の開示を求めた。

 作戦に協力する以上、その程度の情報は教えてもらわなければ困る。

 一歩も引かないという固い意志を声と表情で示し、竜道院一族の代表者に迫った。


「……う~ん、まあ、そのことは他の家からも散々つつかれているからね、正直に答えよう。……今の東の祠はここからまっすぐに東に行った、吉田神社の奥にあるんだ」


「吉田神社だと⁉」


 驚きに声を上げたのは、勝兵だ。


「どうしましたか?」


「いや、……てっきり比叡山ひえいざんの山奥にあると思っていたから、意外だっただけだ」


「はい、僕もそう思っていました」


 四神の祠は、京都の土地の調和を保つために設置されている。故に、それぞれの祠は京都の街を取り囲む形で配置されているはずであり、東の祠は街の最東端に位置し、滋賀県との県境でもある比叡山に隠されているのではないか、と勝手に予想していたのだ。


「あはは。実を言うと、一番初めに作られた東の祠は比叡山の中にあったそうなんだ。それが時代の流れと共に変遷へんせんすることになって、今は他の三つの祠も含め、京都の街中に祠が祀られているんだよ。もちろん、残る三つの祠の場所はここでは教えられないけどね」


 茶目っ気を含めつつ、星明はこれ以上の追及は無用とばかりに釘を刺す。

 確かに今は東の祠の場所を知れただけで十分だ。京都大学に防衛線を張ることへの根拠としても納得できる。


「しかし、青龍が鴨川で足を止めて力を蓄えているのなら、そのまま街を襲うために進路を変えることは十分に考えられる。……私は、こんなところに構えてないで奴の力が戻る前に奇襲を仕掛け、先手を取った方が勝算があるように思います」


 そこで舞桜が臆することなく前に出て、兄に対して意見した。

 憑霊術を再発動させ、知恩院からここまでの道のりを風に乗って走って来た少女は、その朱色の瞳に火花を散らして揺らめくかがり火の光を映している。


 星明は腹違いの妹を一瞥いちべつすると、静夜たち全体に対して返答した。


「奴の怒りは、我々陰陽師全体に向けられている。今すぐ攻勢に転じたとしても真っ先に狙われるのは、陰陽師が大勢集まってきているこの京都大学になるだろう。それに今回の相手はあの青龍だ。本物かどうかは分からないけれど、相手がそう名乗っている以上はこちらもあれが本物であるという心構えで臨むべきだと思う。確かに先手必勝は有効な策だけど、生憎とまだ十分な人員が集まり切っていない。不十分な戦力で仕掛けるよりも、準備万端整えて迎え撃った方がいいと判断したんだ。それに青龍は、一方的にこちらを見渡せる制空権せいくうけんを確保している。有効な奇襲が難しい以上、無理にこちらから動くことは避けた方がいいだろう」


 隙の無い反論と筋の通った理論で少女の提言は退けられる。

 相変わらず星明は、舞桜の目を見て話そうとはしない。ちゃんとした反応が返って来たにもかかわらず、半ば無視されてしまった妹は、大人しく一歩下がって静夜の後ろに控えることにした。


「さあ、そろそろ青龍も動き出す。京都支部の皆さんは、この時計台の裏に回ってこの辺一帯の安全確保に努めて下さい。青龍の気配に引き寄せられて結構な数の妖が集まって来ていますので、防衛線の維持と本隊の援護をお願いします」


「……うけたまわりました」


 星明は現場の責任者として、静夜は京都支部の支部長として言葉遣いを改める。

 時計台を中心地として陣を敷き、周辺を結界で囲むことで構築される京都大学防衛線。


 四神の一角を名乗る青き龍との正面衝突の時は、刻一刻と迫っていた。

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