春の京都の百鬼夜行
「そういえば、《平安会》の連中にコンピューターウィルスをばら撒いて情報収集をしていたのはお前たちか?」
「ッ!」
不意打ちで飛んで来たナイフが胸に突き刺さる。
今更誤魔化してもしょうがないと観念して、静夜は自白した。
「はい、その通りです。僕が指示して、あの双子に仕込んでもらいました。……すみません。そのせいで、水野さんにはあらぬ疑いをかけられてしまいました」
「いや、それはもうどうでもいい。だが、火消しはちゃんとやっておけよ。あとで真犯人を追及されると、それはそれで厄介だ」
「はい、それはもちろん」
「それに、俺があの時現場にいたのは、ただの偶然じゃないしな……」
「え?」
突然の告白に、静夜は戸惑いの声を上げる。
勝兵は
その話を信じていたわけではないが、では勝兵は如何にして《平安会》の救援よりも先に現場に到着できたのだろうか?
「……先に一つ勘違いを正しておこう。あの日、たまたまあの近くを通りかかったのは俺じゃない。死んだあの《平安会》の陰陽師の方だ」
静夜の頭に浮かんだ疑問を見透かして、勝兵はそもそもの誤解を解こうとする。
「狙われていたのは俺だった。あの陰陽師は運悪くそれに巻き込まれて、そして死んだ」
「……どういう意味ですか?」
話が見えなくて眉をひそめる。勝兵は振り返り、静夜に向き直って答えた。
「俺はあの日、
「な、何者かって……?」
「正体は分からなかった。だが俺は、ある人から
「
勝兵は、静夜の口からその名前が出たことに多少の驚きを見せる。身辺調査がきちんとなされていたことを不敵に笑いつつ、彼は首を横に振った。
「いや、俺に命令してきたのは、藤原泰弘の第一秘書だ。《陰陽師協会》の理事としての仕事もほとんどは代理でアイツがやっている。……藤原自身は代議士としての仕事で忙しく、自分の選挙区で幅を利かせている《平安会》の力を少しでも削げればそれでいいくらいにしか考えていないが、秘書の方は先生のご機嫌取りに必死だ。尊敬する
「……なるほど。つまり水野さんを呼び出したその誰かは、妖をけしかけて水野さんを襲わせようとしていたわけですね」
「おそらく、〈青龍の横笛〉を盗み出した犯人を知っているとでも吹き込んで例の妖の怒りを煽ったんだろう。で、偶然そこに居合わせた《平安会》の陰陽師が先に見つかり、攻撃された」
「もしかして、今回の騒動を引き起こした真犯人は、水野さんを呼び出したその人?」
「断定は出来ないが、その可能性は高いな。……何にせよ、警戒はするべきだ。この事件の影では《陰陽師協会》でも《平安会》でもない何かが、何かの目的で動いている」
得体の知れない恐怖が静夜の背筋にも悪寒を走らせた。
不気味な影は、明らかにその気配を見え隠れさせている。
大胆にも、東の祠から〈青龍の横笛〉を盗み出し、それを勝兵の懐に紛れ込ませた犯人。
また、静夜の弟子を名乗り、
そして、勝兵を呼び出し、妖に襲撃させようとした何者か。
特定の組織か、あるいは個人。
実在するのかしないのか、それすらも怪しい
「……ご忠告、ありがとうございます。頭の片隅に入れておきます」
「別に礼はいい。あくまで借りを返しただけだ」
「……借り、ですか?」
「脱獄させてくれたことへの礼だ。それくらい察しろ」
少し苛立って語気が荒くなる。ほんの少しだけ、照れ臭かったのかもしれない。
静夜の方は、まさかそんなことを感謝されるとは思っていなかったので、呆気に取られていた。
「……まあ、お前たちと組んで仕事をするのは、これが最初で最後になると思うがな……」
最後にそう言い残すと、勝兵は逃げ去るように、デコイの仕掛けの準備へ走って行った。
彼の姿が消えていった東の方角をしばらく眺めて静夜は、決して最後にするものか、と決意を新たにしていた。
❀❀❀
夜空に浮かぶ満月が、見頃を迎えた満開の桜を
京都の街は人知れず、不気味な静寂に包まれていた。
特に
足音のしない
狭い路地裏の先には白くて無機質な街灯の光が一つだけ。
それは誰もいないコンクリートの地面を照らし出し、冬の眠りから目覚めたばかりの春の虫たちを誘ってほのかに輝いている。
京都の陰陽師たちが、意図的に作り出した無人の街並み。
各所に配置された術者が、それぞれに人除けを施すことで完成する、闇に隠された京都の裏側の真相。
陰陽師と妖のみが知っている、これが世界のもう一つの
不意に、闇夜を暴き出す街灯の真下を、黒い影が
一つ、二つ、三つ、四つ……。
妖しい東風が
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