二つ目の質問
「それでは二つ目の質問です。……あなたは、どうして《平安会》のどの陰陽師よりも早く、助けを求めた彼のところへ駆けつけることができたのですか?」
その問いかけと共に、水野を取り囲む陰陽師たちの圧が一層強くなる。言い逃れは許さないとばかりに、まるで友の
「……ふん。たまたま、偶然近くを通りかかっただけだ」
水野は自らに向けられる疑念を自覚した上で、その勘ぐりを
問い詰める側の
取り出したのは、現代人なら誰もが持ち歩く必需品、スマートフォン。それを見せられた瞬間、遠巻きに様子を
「昨夜、わたくしの息子がケータイに不審なメッセージが送られてきた、と報告してくれました。調べてみるとそれは、コンピューターウィルスに感染させるための
静夜が即座に双子の姉妹を睨む。
当人たちは素知らぬ顔でそっぽを向き、音の出ない虚しい口笛で誤魔化していた。
「……俺は知らない」
今度のは本当にあらぬ疑いだ。答える水野の表情にも本気の険しさと不快感が宿る。
絹江女史はその答えを聞いてなお、引き下がるつもりはないようだった。
「……あなたは、以前にも今回と同じような状況を経験したことがあるそうですね、
鋭い
水野の背筋がピンと張り詰めた緊張のこわばりを、静夜は後ろから見て取った。
「……よく調べたな」
「《平安会》の情報網を甘く見ないでいただきたいですわ」
盛岡支局と水野勝兵。その符号は静夜も覚えている。
彼と初めて顔を合わせた時、
盛岡支局は、水野勝兵が《陰陽師協会》に入って最初に配属された地方支局だ。配属から半年後、先輩の陰陽師が怪我で退職するのと同じ時期に、仙台支部の命令で異動となった彼の古巣。
その盛岡支局と、今のこの状況がどのようにつながると言うのか。静夜は耳を
「……ある作戦で、盛岡支局の陰陽師たちは標的の妖を追い詰めているはずが、逆に罠へと誘い込まれて手痛い反撃を受け、何人もの陰陽師が負傷する大失態を犯してしまいました。中には重傷を負って現場を離れなければならない者もいたそうですね。……そんな状況下で
嫌味のこもったお世辞を、水野は言葉を飲み込んで無視する。
盲目の陰陽師は、その反応が見えていないにもかかわらず、不敵に微笑んでさらに彼を
「ですが、妖の罠に誘い込まれたのは、妖の誘導を担当していたあなたの判断ミスだったという報告もあったようですね?」
「……それは違う。誘導を担当していたのは確かに俺の居た班だったが、班の指揮をとっていたのは先輩だ。俺の意志や意見なんて何一つ聞き入れてはもらえなかった」
今度は一瞬迷ったあと、水野は冷静な口調で反論する。
「なるほど。ではあなたは、自分を尊重してくれない同僚や先輩が気に入らないから、妖の罠にハマったとき、味方を助けなかったのですね」
「作戦目標の達成を優先しただけだ。アレは、こちらが多少の損害を
「それなのに、あなたはその時も、目的だった妖に逃げられてしまったそうですね」
「圧倒的に戦力不足だった。使えない先輩がまんまと罠にハマったせいで怪我人は続出。作戦はご破産! 最初から逃げ腰だった妖に追いつけるだけの余力なんてどこにもなかった!」
「言い訳ばかり、ですね」
徐々に熱を帯び始めた水野の主張に、絹江女史は
ハッと我に返った水野は、屈辱に表情を歪めてきつく正面の敵を睨み据える。
「……言い訳じゃない。事実だ」
「苦しいですわ。いかに取り
怒りか、それとも図星だったからか、水野は
言い返すことが出来なくなって、水野の負けが決まった。
「残っている事実は一つですわ。あなたは、わたくしたちの仲間を見殺しにした」
「……だから俺に
水野は冗談のように言っているが、彼を取り囲み、構えている陰陽師たちの目は本気だ。絹江女史も彼らの怒気を制そうとはしない。
相手に引く気はないと見て、水野は懐に手を忍びばせ、自身も得物を準備する。
「――ま、待って下さい!」
月宮静夜はそこでようやく二人の間に入り込む。
「こんな
あくまで部下を、水野を庇う形で、絹江女史をはじめとする《平安会》の陰陽師たちの前に立つ。が、――
「邪魔だ、どけ」
味方をした水野本人によって静夜は乱暴に押しのけられた。
絹江女史も静夜の介入には
「月宮様が認めなかったらどうなるというのですか? まさか、帰りの夜道で闇討ちされる方がお好みだったでしょうか?」
「や、闇討ちって……」
思いも寄らない物騒な単語に、静夜は言葉を詰まらせた。
「先程倒された彼を見て頂ければ分かるかと存じますが、たとえ京天門の本家の人間が
「それにわたくしは、まだ水野様が〈青龍の横笛〉を盗み出した犯人ではないかと疑っております。……ここで少し、身体検査などをさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「できるものなら、やってみろ」
水野が喪服の内側に仕込んであった呪符を取り出す。
静夜はそれを見て、引き抜かれた右腕をすかさず掴んで動きを封じた。先に手を出させるわけにはいかない。その焦りと緊迫感が、制止の
「いい加減にしてください! 水野さん! これ以上の勝手は処分の対象にしますよ!」
それが失言だと気付いて口を
水野は、静夜の本音に何を思ったのか、なぜか安堵するような落ち着いた面持ちで乾いた笑みをこぼした。
「ふん、やっとその気になったな……」
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