現場にいた人物
「――貴様のせいだ! 貴様のせいで、アイツは死んだんだ!」
突然、涙にくれる
詠唱に参加していない陰陽師たちが何事かと思い目を向けると、仏堂の外、雨の降る肌寒い夜の下で、二人の男が対峙していた。
一人は、
先程叫んだのは、おそらく彼だろう。
きっと、この場に現れた彼を見つけて、堪らず飛び出し、罵声を浴びせかけたのだ。
――貴様のせいだ!
そう非難された相手の男は、まさかの人物。それも静夜の身内だった。
「……水野さん」
思わず、彼の名前がこぼれ出る。
黒い傘を差し、ダークスーツをきちんと着こなし、ネクタイを締めた
「……この度は、ご愁傷様です」
水野がお悔やみを述べる。だが、言葉尻の最後まではっきりとした声で紡がれた挨拶は、遺族の心を気遣うような礼儀に反しており、故人の死を
その無礼な振る舞いに、《平安会》の陰陽師たちはさらに反感を強く抱く。
髪や服が雨に濡れることも気にしない中年の男は、堪らず水野の胸倉に掴み掛かった。
水野の傘が開いたまま落ちる。彼もまた雨に打たれた。
「ふざけるな! 真っ先に駆け付けたのが貴様でなければ、アイツは死ななかったんだ! たまたま近くにいたのか何なのか知らねぇけど、怪我したアイツの治療もしないで、目の前の妖にばっかり気を取られやがって! 呪符の一つでも飲ませてやれば、アイツは助かったかもしれないのに!」
「……あの状況ではどうしようもなかった。あんな妖が相手では、俺も自分の身を守るだけで精一杯だった」
「はぁあ⁉ それでお前は無傷だったっていうのか? 冗談じゃねぇ! そんなに強い妖が相手だったんなら、なおさら怪我した仲間を庇って守ってやるべきだったんだ! ……どうせお前ら協会の犬は、敵対している《平安会》の陰陽師が一人や二人死んだところで自分たちには関係ないとでも思ってるんだろ⁉」
淡々と冷静な口調で反論した水野に対し、感情的になった《平安会》の男は、彼の体を揺さぶり、声を荒げてさらに吠える。
「……自分の命も自分で守れない、弱い陰陽師が悪い」
彼の口から出たものは、相手への容赦も遠慮も、死者への慈悲も同情もない、剥き出しの本音だった。
「――なッ! ……なんだと……ッ!」
抵抗された陰陽師は後ろに飛び退いて応戦の構えを取るが、水野は応じず、乱れた服を整えてネクタイを締め直した。
「……はぁあ」
自分に集まる視線を忌々しそうに見つめ返して深いため息をつく。
因縁を付けられたくらいでムキになるなんて、馬鹿馬鹿し過ぎて付き合っていられない、とでも言うように、水野は嫌味ったらしく肩をすくめてみせた。
その態度が気に入らなかった《平安会》の陰陽師は、水野にも聞こえるように大きく舌打ちをする。
「……チッ、なんだよ、言いたいことがあるなら、はっきりと言ったらどうだ?」
挑発に乗せられて言わされた言葉。
水野は、そんな台詞を待ってましたと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべた。
「別に……? ……ただ、ここの陰陽師はどいつもこいつも馬鹿ばかりなんだな、と思っただけだ」
「……弱い生き物が強い生き物と戦ったら負けて死ぬ。だから強い生き物が弱い生き物を支配して従える。陰陽師に限らず、人に限らず、これはこの世界に生きるもの全てに共通する常識だ。……それなのにお前たちときたら、やれ風習だの慣習だの、伝統だの矜持だの、責任だの立場だの……、笠に着た権力を振りかざして、気に入らないものは全否定。自分に都合の悪いものは他人のせいにして排除しようとする。大した力があるわけでもないのに偉そうに威張り散らして。……ホントまったく、お前たちの言うことは聞くに耐えない。やってられない!」
もう散々だ、
「陰陽師ってのは実力が全てだ。自分が弱ければいつか死ぬ。ある日突然理不尽に全てを奪われる。助けを呼んだところでどうにかなるとは限らない。……お前たちも今回のことで学ぶといい。思い知れ。認識を改めろ! 《平安会》なんてでっかい群れの中にいるせいで、自分まで偉くなったと勘違いしている雑魚どもは特にな!」
「……言わせておけば……ッ!」
言いたい放題の水野に再び《平安会》の陰陽師が詰め寄る。
「貴様こそ、アイツを見殺しにしておいて、そのくせ妖は倒しきれずに取り逃がしておいて、よくもそんなことがぬけぬけと言えるな! 陰陽師になって二、三年の、しかも没落した血筋の、一般家庭となんら変わらない出自のくせに……。……思い知るのは貴様の方だ! まずは、目上の人間に対する礼儀というものを教えてやろう……ッ!」
「ハッ、目上の人間? まさか、年が上だから自分の方が偉いとでも思ってるのか?」
「――ッ!」
水野の乾いた挑発の笑いが決定的な引き金を引いた。
「――〈
「――
中年の陰陽師が法衣の内から呪符を取ろうとした
指の先すら動かせない強い金縛りに襲われた陰陽師は身体のバランスを崩して顔から倒れ伏す。水溜りの出来た泥の地面が、上質な法衣と彼の頬を汚した。水野が
術の早撃ち。しかも、呪符の撃ち合いで、《平安会》の陰陽師が負けた。
あそこで水野が、銃や刀を持ち出したのならここまで驚きはしなかっただろう。
伝統的陰陽術を重んじる《平安会》の陰陽師は、何よりも呪符の扱いに長けている。術の多彩さも速さも、他の地域の陰陽師たちに比べればその精度は段違いだ。
それを外様の、しかも代々陰陽師を生業としてきた家の出自ではない無名の陰陽師に、真っ向から打ち砕かれるとは、倒された本人はもちろん、傍から見ていた術師たちも予想していなかったに違いない。
「……死んだ昨日の奴といい、お前といい、想像以上に期待外れだ。……ま、最初から分かり切ってたことだがな」
明確な力の差を見せつけて再び
「――解」
水野が左手の印を横に払うと、術が解けた陰陽師は半端に曲がったままの手足を伸ばして大の字になる。もはや、突っかかるだけの気力も
水野は落ちた傘を拾い上げて差し直し、
「――五行より「水」、〈
呪符に念を込めて飲み込むと、ずぶ濡れになっていた髪と服から水気が飛び跳ね、水野は雨に打たれる前の状態に回復する。濡れたまま傘をさして帰るのが嫌だったようだ。
立ち去ろうとする水野を追うべきか見送るべきか、静夜は
話を聞かなければならない。静夜はついさっきまで、水野が救援要請のあった現場に駆け付けていたことさえ知らなかったのだから。
《平安会》の陰陽師を殺したのは、どんな妖だったのか。昨日何があって、水野自身はどうしたのか。
それらは、京都支部の支部長として知っておかなければならないことだ。
では、なんと言って引き止めればいいのか。
ちゃんと報告をして欲しいと、また下手に出てお願いしたところで、彼が素直に話をしてくれるとは思えない。
立場を振りかざして、高圧的に命令すればいいだろうか。
いや、たとえそれで話を引き出したとしても、彼は渋々従うだけで、いい意味で関係が進むとは思えない。水野はまた、静夜に対する反感を強めるだろう。
圧倒的に、二人の間には、コミュニケーションというものが不足していた。
そうして静夜が、頭に浮かんだすべての言葉を棄却して口を噤んだところで、
「――お待ちなさい」
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