騒めく雨
「それで? あの部屋に証拠らしいものは何か残っていたのか?」
「いや、これと言ってめぼしいものは何もなかったよ」
「だろうな……」
ベッドに寄りかかって座る静夜の落胆ぶりを見下ろして、ベッドの上に座る舞桜は嘆息をこぼす。
パソコンに向かって作業を続ける百瀬姉妹を見守りながら、静夜は今日ここまでの経緯を舞桜に報告していた。
大智の部屋には当然カギがかかっており、さらに《平安会》が現場保存のためと
部屋の中に侵入した静夜たちは、大智の話に出て来た、月宮静夜の弟子を名乗った女性が部屋になんらかの
「で、急に呼び出されて手伝いをさせられた
「なるほど。……このハッキングもお前の指示なのか?」
舞桜が裸Yシャツのまま高速タイピングを続ける萌依を指差す。
何とか下着だけは着けさせたものの、まだ乾き切らないシャツからは薄緑色のブラジャーが透けていて、静夜は目のやり場に困った。
「……ま、まあ、《平安会》の動向を探って欲しいって頼んだのは僕だよ。手段は任せるつもりだったけど、まさか陰陽師相手にサイバー攻撃とは思わなかった」
「ふふん。たとえ伝統と格式を重んじる《平安会》の陰陽師たちと言っても、
「それに、ああいう古い人たちって、こういう機械のセキュリティには無頓着ッスから、狙い目なんスよ!」
得意気に語る萌枝は相変わらず静夜のパジャマの上だけを着た状態で、スウェットの裾からはレモン色のパンツがはみ出していた。
静夜は邪念を振り払いつつ、二人が向き合っているそれぞれのパソコンの画面を盗み見る。
どうやら、先程から怪しげなメールを繰り返し送信し続けている萌依が、ウィルスを拡散させる担当で、複数のウィンドウを同時に眺めてマウス操作をしている萌枝が、ウィルスに感染したデバイスから情報を集める担当のようだ。
情報収集の仕事を静夜に依頼されて開始したのが昨夜、緊急総会が終わってからのことなので、今はそもそもの情報源が少ない状態である。有益な情報が集まって来るのはもう少し先の話、ウィルスが十分に拡散した後になるだろう。
「……とりあえず、《平安会》の動向がおぼろげにでも掴めない限り、僕たちは下手に動くのを控えたほうがいいと思うんだ。これ以上のヘイトを買うのは嫌だし、何かよくわからないものに足を
静夜はできるだけやんわりとした口調で、京都支部支部長としての自身の意思を表明した。
「異議なーしッ!」「あたしも先輩に賛成ッス!」
百瀬姉妹はわりとどうでも良さそうに、適当な返事で賛同を示す。
一方、舞桜は険しい表情のままで静夜の顔を後ろから覗き込んで来た。
「……静夜、お前はいささか、《平安会》の顔色を伺い過ぎていないか?」
口にしたのは、以前から言おうと思っていた静夜に対する不満だった。
「京都支部の重要性や、お前の立場は理解しているつもりだが、お前の今日までの支部長としての方針はあまりにも消極的すぎる。はっきり言って、自分の保身のことしか考えていないとすら思えるほどだ」
「……」
「……自覚はあるよ。でも、僕はあくまで京都支部全体のことを考えて決断しているつもりだ。……それに、君だって昨日は水野さんの独断先行を非難してたじゃないか。成果を焦っても仕方ない。今は状況を見定めてチャンスを待つ時だよ」
「私は、水野も水野だが、お前もお前だと言いたいんだ。二人して両極端すぎる。アイツのように出しゃばって騒ぎを大きくするのも問題だが、かと言ってお前のように縮こまっていては、いざという時に出遅れる。私は、今のお前が言うチャンスを待つとか、しかるべきタイミングで行動に移すとか、そういった言葉が、全くもって信用できない」
語気を強めて舞桜は言い切った。
朱色の瞳の中で揺らめく怒りの炎を認めて、静夜はつい一週間ほど前のことを思い出す。
京都支部に派遣される人員について話している時、
『私の邪魔をしないでくれれば、どんな奴でも構わない』と。
今、舞桜は静夜のことを、自分の邪魔になるかもしれない人物として警戒している。
飛び出していきたいと思った時の
このままでは静夜が、自分の最も身近にいる存在が、自分を制限する
「……君の心配は分かった。それでも、僕はどうか分かって欲しいと言うしかない。……京都支部はまだ動き始めたばかりで、京都の中でも《陰陽師協会》の中でも存在感がないんだ。両者にちゃんと僕たちの存在を認めさせて、ある程度の発言権を得るためには、一度でもいいから《平安会》を出し抜いて、何かを
静夜は居住まいを正して少女の方へと向き直り、誠意を込めて
舞桜は頭を下げた彼の瞳をしばらくの間じっと見つめていた。静夜の本心と想いの強さを測るように。
静夜は決して少女の朱色の瞳から目を逸らすことなく見つめ返した。
先に目線を泳がせた方の負け。一切の妥協を許さない真剣な眼差しを向け合って二人は決して笑ってはいけないにらめっこを始めてしまった。
二人の発する張り詰めた空気に飲み込まれて、萌依と萌枝の作業の手も止まる。今はマウスをクリックする音も、キーボードをたたく音すらも出してはいけないような気になった。
外の雨の音すらも次第に遠くなっていく。
狭い六畳間の、互いの息遣いすら聞こえるような距離感で、静夜と舞桜は居合の立会いをするかの如く、
――その時、
スマホの画面を監視している萌枝のパソコンに突然新たなウィンドウが立て続けにいくつも表示された。
萌枝は目だけで内容を確認し、次の瞬間に二度見する。パソコンの画面をもう一度よく覗き込み、そこに書かれた文字列を無意識のうちに読み上げた。
「……き、
その、ただならぬ単語が組み合わさった言葉に、睨み合っていた静夜と舞桜も萌枝の方に注意を向けた。特に、舞桜の反応は早かった。
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