二大禁忌
舞桜は、栞の髪をまとめる
「……静夜から少し話を聞いたが、その鈴にはどうやら、あの
「え、マジ? それって透文院が作ったヤツなんスか?」
「ただの都市伝説じゃなかったんスねぇ……」
透文院の名を聞いて、萌枝と萌依も栞の鈴に喰いつく。
一ヶ月ほど前、スキー場で雪崩に巻き込まれて遭難した時、栞たちの窮地を救ってくれたこの鈴を見て、一緒にいた竜道院星明が口にした透文院一族の存在。
栞はあれからずっと、この鈴を作ったかもしれないという、その一族のことが気になっていた。
「……な、なぁ、その透文院一族って、なんなん? 昔、京都におった陰陽師の一族って言うんは聞いたんやけど……」
「……」「……」「……」
この質問に、他の三人はしばらく押し黙る。
答えにくそうに目を逸らして、難しい顔になった。
いや。説明するのが難しいわけではない。透文院一族について語るのは至極簡単だった。
ただ、それを口にするのが、
「……〈
意を決して口を開いたのは、禁術に手を染め破門された異端の陰陽師、舞桜だった。
「陰陽師の世界において、私たちが絶対に手を出してはいけないとされている、二つの禁術。透文院家は代々これを研究していたと言われている。……私は、妖の力を身に纏う〈
舞桜の使う憑霊術も十分に危険な禁術だ。それを犯した彼女にそこまで言わせるとは、いったいどんな術なのか。
「……その二大禁忌って、何?」
栞は息を呑んで核心を問う。気付けば酔いはすっかり醒めていた。
百瀬姉妹は未だに口を閉ざしたまま。
舞桜は一つ深呼吸をしてから、ゆっくりと答えた。
「……〈死者蘇生〉と〈不老不死〉だ」
やっぱり、と、心の中で栞は呟く。
それは、いつの時代も時の権力者が求め、誰もが夢見る愚かな奇跡。
失われた命の復活。
死と老いからの解放。
もしも本当に、陰陽術でそんなことが可能になるのなら、間違いなく、争いが起こる。
多くの血が流れ、大金が動く。
世界は乱れ、社会の在り方は根本から覆る。その火種となる。
故に、透文院一族は滅ぼされた。
それは人の世にあってはいけないものだ。その存在の可能性すら許されない。
透文院家が今もなお、歴史の影に隠れて生き延び、先祖代々の研究をこの時代にあっても続けているのであれば、今度こそ根絶やしにしなくてはならない。
「……だから星明さんは、あんなにも怖い顔で……」
透文院
もしも、自分と同い年だと言うその彼女が本当に生きていて、この世に実在しているのなら、栞は自分を守ってくれているこの鈴のことを何か知ることが出来るかもしれない。
いつか会えたなら、自分も少し話がしてみたい、と栞は漠然とそんなことを思っている。
「……そういえば、《陰陽師協会》はこの〈二大禁忌〉の研究を復活させようとしてるって聞いたことがあるッス」
「何⁉ それは本当か?」
萌依の発言に、舞桜は耳を疑う。
「ちょ、そんなに食いつかれても……、ただの噂ッスよ……。本当かどうか分かんないし、それにたぶん、理事会の総意とかじゃなくて一部の研究室や理事の誰かが勝手に計画してるだけだと思うッス」
「それに、その透文院の生き残りっていうのが本当にいないとどうにもならない計画だと思うし、眉唾物ッスよ?」
透文院一族は二度滅んでいる。
一度目は平安時代の末期。文献の記述では《平安会》内部での主義主張の違いによる対立と権力闘争の末に敗れ、分家も含めて一門の陰陽師が皆殺しにされたとなっている。
そして二度目は十数年前。《平安会》の目を盗み、身を隠して細々とその血脈と秘術を継承していた透文院の生き残りが発見され、《平安会》によって討伐された。
星明の話によれば、その二度目の滅亡からも逃げ切った、誰も知らない最後の一人が残っているとか、いないとか……。
「……いや、きっといる。今も、この京都のどこかに……」
舞桜は誰に伝えるわけでもなく、そう呟いた。
悪魔の証明というやつだ。その存在を明確に証明することが出来ないのと同様に、それが存在しないことを明確に証明することもまた困難。であれば、竜道院家とも因縁の深いかの一族の生き残りは、この世に存在していると考えておいた方が、危機管理としては定石だろう。
「……特にしおちゃん先輩は気を付けた方がいいかもッスね。その鈴がもしホントに透文院と関わりのある品だったら、透文院一族や二大禁忌に興味のある連中が狙ってくるかもしれないッスから……」
「その鈴も、たぶん売れば結構な値段になるはずッス。本当に透文院一族が作ったものだとしたら、1000万円はくだらないかもしれないッスね」
「そ、そんなに⁉︎」
鈍く金色に光るこの小さな鈴一つに、そんな値段がつくなんて、栞の持つ常識からは考えられない話だ。
機会があれば、一度ちゃんとした鑑定に出してみて、この鈴の本当の価値を知る必要があるかもしれない。
「特に、しおちゃん先輩は素人だから隙だらけだし、こういう花見で人が集まるところにはスリもよく出るって聞くッスから……」
「もしかしたら、今もどこかで、あたしたちのことを狙っている誰かが、こっそりこっちを覗き見してたりして……」
「えぇ⁉︎」
萌依と萌枝が真剣な口調で脅かすので、栞は思わず鞄を手繰り寄せて周囲をしきりに見回し始めた。
どこを見ても、平野神社の中は人と花で溢れかえっている。
お酒を飲んで騒ぐ学生。ネクタイを頭に巻いた顔が真っ赤のサラリーマン。宴会芸として陰陽術を披露する静夜。屋台から声を張り上げ客引きをするおじさんたち。
照明を浴びる桜の花は、春の夜風に枝を揺らして人の気配を曖昧にさせる。
怪しい人間がどこかにいたとしても、すぐには分からないだろう。
――闇に潜んで生きる者でもなければ。
「……そう、例えば、――」
「――そこの木の陰とか!」
振り返ると同時に、萌依が目にも止まらぬ速さで腕を振る。一瞬遅れて萌枝も同様に。
――カキン! と金属がぶつかる高音が響いて、二人が見据えた木の根本に、黒光りする手裏剣が突き刺さった。
「……やったか?」
舞桜が問う。姉妹は首を横に振った。
「手応えなしッス」「躱されたッス」
「アレを躱すとは、なかなかの手練れだな」
完璧に死角からの攻撃だった。
萌依が先に投げた手裏剣に、萌枝が後から投げた手裏剣をぶつけて軌道を変え、桜の木の陰に隠れていた何者かを襲う。
忍者お得意の手裏剣術。
殺すつもりはなくても、本気で当てに行った。それを躱された。
木の陰から気配が飛び去る。逃げるつもりのようだ。
「舞桜ちゃん、ストップ!」
追いかけようとして舞桜が立ち上がったところを萌枝が制する。
「ここはあたしたちが行くッス! 舞桜ちゃんはしおちゃん先輩に!」
「だが!」
食い下がる舞桜に、萌依は任せて、と言わんばかりの笑顔を見せた。
「大丈夫ッスよ! 絶対に逃さないんで!」
そう言うと、二人の姿は瞬きの間に消える。予備動作すら見せずに駆け出したのだ。
行き交う人の間をするすると走り抜けて、桜の木の枝に跳び乗る。そこからは花に覆われた桜の木々を足場に、逃げる何者かの追撃を開始した。
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