京都支部の方針
「一応補足しておくと、忍者も陰陽師と同じように、奇怪な術や技を駆使して乱世の時代を戦い抜き、表舞台には立たず常に影の存在であり続けたという共通の歴史から何かと縁があって、今の時代は陰陽師と忍者の混血の一族も多い。百瀬の一族もそのうちの一つで、この二人には生まれつき陰陽師としての素養もあるんだ。だから協会にもなんだかんだで馴染んでるってわけ」
「へぇ、なるほど……」
「……で、肩書として忍者を名乗るからには、何かしらの忍術が使えるわけだな?」
舞桜は陰陽師と忍者の関係よりも二人の腕前の方が気になるようだ。
見定めるような視線を向けられて、姉妹は不敵にニヤリと笑う。
「もちろん使えるッスよ!」「何なら今から披露しちゃいましょッか? 手裏剣術とか変装術とか!」
「……分かってると思うけど、危ないのと目立つのはここではなしね?」
一応釘をさしておく。一方で栞は、見せて貰えると聞いて、期待と興奮に目を輝かせていた。
「分身の術とか、瞬間移動とか、そういうのとかはあらへんの?」
突飛なリクエストをされて、くノ一の姉妹はケラケラと笑う。
「あはは、栞先輩、そういうファンタジーな術は忍術じゃなくて、どっちかっていうと陰陽術ッス!」
「へ? そうなん?」
「あたしたちの〈忍術〉ってたぶん、先輩が思ってるものよりもずっと地味ッスよ?」
期待を裏切るようで忍びないのか、少しの申し訳なさと自嘲を込めて萌依は苦笑いを浮かべた。
「〈忍術〉にはね、念の力が必要ないんだ」
陰陽師と忍者、陰陽術と忍術の違いは、まさしくこれである。
陰陽師は自身の念を法力、あるいは呪詛に変えて〈法術〉〈妖術〉〈呪術〉の三つに大別される陰陽術を自在に繰り出す。
しかし、忍者が扱う〈忍術〉は、そもそも念という特殊な力そのものが一切使われない。
言ってしまえば、忍術は修業と鍛錬次第で誰にでも扱える一種の技術に過ぎないのだ。
「法力を使わない分、超能力じみた技は少ないけれど、闇に潜み、人を欺き、痛烈な一撃を相手に叩き込む。そのためだけに研ぎ澄まされた技術は、陰陽術とはまた違った意味で時代から必要とされた。だから今にも受け継がれている。それが〈忍術〉。少し二人からレクチャーを受ければ、栞さんにも使える術や技がいくつかあるかもしれないね」
「へ、へぇ……」
「えらく饒舌だな。里で学んだということは、静夜も多少は忍術が使えるのか?」
「いや? 一週間くらいのお勉強だけじゃ、身に付いたのはせいぜい知識くらいだよ。本当は一ヶ月くらい滞在して、何かものにしてから帰りたかったんだけど、ちょうどその頃に
「ほお?」
「それに現代の忍術には法力を取り入れたものも多くて二人はそれも使える。妖との戦いにも、陰陽師同士の術比べにも、大いに役立ってくれると思うよ」
「……や、やだなぁ先輩ッ、大絶賛じゃないッスかぁ……、どういう風の吹き回しッスか?」
「そういう先輩だって筋は悪くなったッスよ? 今からでも遅くはないッ! あたしたちが手取り足取り忍術を教えてあげてもいいッスよ?」
讃辞に対して謙遜をせず、若干上から目線ではあるが嬉しそうな照れ笑いを隠さない二人にはそれ相応の自信があるのだ。
「でも、ここでは僕の指示に従ってもらうからね」
持ち上げておいてから叩き落とす。褒められてほっこりしていた萌依と萌枝に、まだまだ冷たい春の北風が吹きつけた。
「室長の妖花から説明を受けているとは思うけど、改めてちゃんと言っておく。僕が仕切るこの京都支部ではキャリアもランクも関係ない。僕の命令は絶対。口答えは許さない。いいね?」
支部長として舐められないように、静夜は彼なりの威圧感をいっぱいに込めて言い放つ。
「せ、静夜君、そんな横暴な……」
いきなりのパワハラ発言に栞が引いている。
もちろん、横暴なのは百も承知だ。それでも、ちゃんとこの力関係をはっきりさせておかなければダメなのだ。
《陰陽師協会》は実力主義の組織である。
所属する全ての陰陽師には、それぞれの実力と実績に応じてS〜Cまでのランクが与えられ、基本的に現場での指揮権、命令権はこれに準ずるとされている。
静夜は京都支部の支部長に就任したとはいえ、ランクは最低のC。支部長になった経緯も、これは彼の実力ではなく、京都の陰陽師たちを取り仕切る《平安会》からの指名であるため権威は皆無に等しい。加えて、静夜が陰陽師として働いたのは、大学生になってからの一年余り。しかもアルバイトという中途半端な立場として、だった。
つまり、月宮静夜は本来であれば、《陰陽師協会》の中で最も下っ端の立場なのだ。
それでも、京都支部の支部長として、《平安会》とも《陰陽師協会》の理事会や執行部とも上手くやっていくためには、預かる部下たちと組織をちゃんとまとめなければならない。
そのためには、支部長の命令には絶対服従の約束を取り付けておく必要があるのだ。
「……別に僕だって、理不尽な要求をするつもりはないし、無茶なことを無理矢理やらせるつもりもない。ただ、京都には《平安会》があるから。僕たちが好き勝手動くわけにはいかないし、そんなことは許されない。京都の陰陽師ならではの仕来りとか暗黙の了解とか、《平安会》からの意味不明な要求もこれからはいろいろあると思うんだ。そういう時は、多少の不満があっても言葉を呑みこんで、僕の指示に従って欲しい。これは僕が支部を思い通りにしたいから、じゃなくて、支部を無暗に危うい状況に追い込まないためのルールだと理解してもらいたい」
今度は誠意と敬意を持って、自分の部下となる二人の女の子にお願いする。
大事なルールだ。
《平安会》が支配する京都の地に突然設けられた、孤立無援で少人数の頼りない京都支部。
それを守るためには、京都という土地の事情と、支部の都合や静夜の立場に、部下たちが理解を示してくれないと成り立たない。
それが静夜の、否、京都支部支部長の考えだ。
「ふふ、それくらい分かってるッスよ、先輩」
「分かってるからこそ、その条件を呑んで先輩の下で働きたいって手を挙げたんスから!」
萌依と萌枝は淀みのない笑顔と偽りのない答えを静夜に返す。
一週間とは言え、同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べた仲だ。静夜がどういう気持ちで、どんな考えで、上から与えられた権力を振りかざしているのかは容易に想像できた。
だから姉妹は、進んで京都支部への異動を願い出たのだ。わざわざ静夜と同じ大学に入学してまで。
それが彼女たちなりの決意だった。
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