新しい季節に不安はつきもの

「そう言えば、静夜君たちの活動はいつから始まることになっとるの?」


 仕事の話に食いついた栞は、まるで新しくオープンするショッピングモールの開店セールを楽しみにするかのような軽い調子で、静夜の顔を覗き込んだ。


「敵地に城を構えるんだから、それなりの規模と戦力なんだろ? 凄腕の陰陽師が助っ人に来たりするのか?」


 最近事情を知ったばかりの康介も、新顔の登場に期待を膨らませている。

 それに対して、静夜は、


「さあ? 分かんない」


 と、投げやりな態度で首を横に振って答えた。


「分かんないって、お前、支部長だろ?」


「支部長だよ? でも、ほとんど僕に決定権はなかったし、大抵のことは上の人が勝手に話し合って、勝手に決めて、決まったことだけをこっちに伝えてくる。僕は言われたことをただやるだけ。見事な名ばかり支部長だよ」


 静夜が支部長を務めることになったのは、京都支部の設立を認める条件として、《平安会》がこの人事を提示したためだ。決して《陰陽師協会》の上層部が静夜の実力を評価して抜擢したわけではない。


 さらに、《平安会》からの指名を受けた当時の静夜は、《陰陽師協会》に非正規で雇われるアルバイトの立場であり、そのアルバイトとしての実績もあまり素晴らしいと褒められるほどのものでもなかった。

 よって、理事会が《平安会》からの条件を飲んで、静夜を支部長に任命したものの、彼に期待されていることは少なく、与えられる権限も他の支部の長に比べるとかなり低いものに設定されていた。


「当初は、《平安会》に対抗するために立派な事務所を構えて、数十人の人員を投入する計画だったらしいけど、そんな大規模な拠点を《平安会》が許すわけないから、案の定邪魔が入って、かなり寂しい組織になりそうだよ。おかげで、僕は今でもあの狭いワンルームマンションでこの大喰らいなお嬢様のお世話をさせられているわけだし、増員される陰陽師も数人だけらしいから、会議とかも結局、僕の部屋とかでやることになるんじゃないかな……」


 まるで他人事のように話す静夜。それを舞桜は咎めるような視線で射竦める。


「広いところに引っ越せなかったのは、確かに《平安会》が邪魔したからだが、支部に派遣される人が増えなかったのは、お前が妖花や理事会から推薦される人材を悉く却下していったからだろう? 中には妖花と同じSランクの陰陽師もいたというのに、それをみんな跳ね返して、……そんなに自分より実力のある人間が気に入らないのか?」


「好き嫌いで判断したわけじゃない。単純にこちらが求める条件に合っていなかったからご遠慮いただいただけだよ」


「そんで、結局どんな人が来てくれはることになっとるの?」


「実は、それが一番よく分からないんだ。あまりにも僕が人を突っぱねるものだから、痺れを切らした妖花が僕の承認なしで二人、人を派遣するって言い出して、それに対抗する感じで、執行部も一人、陰陽師を無理矢理ねじ込んできたらしい」


「ってことはつまり、合計で三人増えるってことか?」


「そう。僕と舞桜を入れて五人。間違いなく人手不足だけど、五人くらいなら、《平安会》もとりあえずは納得してくれたってわけ……」


「せやけど、どんな人かわからへんっていうのは、ちょっと不安やね」


 職場の悩み事、不動の第一位。人間関係。

 どんな仕事をするにしても、他人と全く関わらずにいるということは不可能だ。

 学校やご近所付き合いなど、高度な社会性を持つ人間にとって他者との関係で問題を抱えてしまうことは避けては通れない宿命なのだろう。


 特に職場は、一緒に仕事をする相手を自分では選べないことが多く、仕事は生活の中心でもあるため、悩みが深刻化する事例も珍しくない。


 どんなに素晴らしい仕事、やりがいのあって、好きな仕事に就けたとしても、一緒に仕事をする他人との相性が最悪であったり、あるいは単純に嫌な人、嫌いな人が同じ職場にいるというだけで天職が一転、地獄に変わることだってあり得るのだ。


「舞桜ちゃんは、こんな人やったらええなぁとかってある? 例えば、かっこいい人やったらええなぁとか、強い人やったらええなぁとか」


「……特にない。ただ、私の邪魔をしないでくれれば、どんな奴でも構わない」


 真っ直ぐに前だけを見つめている、実に舞桜らしい答えだ。

 片や組織をまとめる立場の静夜としては、仕事ができればそれでいい、と呑気に考えるわけにもいかない。


「僕はあまり波風とか立てずに、平和にやっていける人だったらそれでいいなぁ……。あまり面倒事とか厄介事とかを起こさないでくれると有難い。……そういう意味では、妖花の選んだ二人の方はまだしも、執行部がねじ込んだっていうあと一人の方はちょっと不安かな。とりあえず、顔合わせを兼ねた食事会みたいなものを今晩予定しているから、その時に答え合わせをする感じかな……」


 今夜のその集まりを経て初めて、京都支部は正式に活動を開始することになる。

 懸案は多く、問題はこれから次々と山積みにされていくと思う。その上で、分からないことをいつまでもうだうだと考えているのは時間の無駄だった。


 今は新入生の勧誘の方に意識を向け直すことにしよう。


(……それに、妖花が推薦した二人っていうのは、なんとなく検討がつくしね)

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