終話 一日遅れのバースデイ
事件の後で
「……それで、どうでしたか?」
電話口に向かって恐る恐る妖花が尋ねる。応えたのは、成熟した女性の張りのある声だった。
『――……その吉田って人の情報通り、《スノーフォックス》が所有する田舎の町工場を改築して作った施設の中に、〈悠久の宝玉〉らしきものを見つけたわ。それと、《陰陽師協会》の関係者らしき人も数人……。
「……そうですか。……ありがとうございました。こんな、個人的なお願いを聞いていただいて……」
申し訳なさそうに謝る妖花。そんなしおれた声を聞いて電話の相手は、まるで気にしていないとでも言うように笑い飛ばした。
『いいわよ。室長の頼みだもの。それにしても、こんな面白そうなネタをずっと私たちにリークさせずにいたなんて、上の人たちも結構やるわね……』
「絶対に私の耳には入らないように、徹底的な情報管理がなされていたんだと思います。おそらく、協会の中でもこのことを知っているのはごく一部の人間だけでしょう」
この情報を提供してくれた吉田も、〈悠久の宝玉〉の在り処を掴むのにはかなり苦労したと話していた。情報管理は《スノーフォックス》の内部でも同様にかなり厳重なようだ。
『……で、どうする? 今から私たち二人で直接乗り込んで奪い返してきましょうか? ……お母さんの形見なんでしょう?』
電話の向こうの女性が、声に元気のない上司の心中を察して提案する。
しかし、当の妖花は迷うことなく、その作戦行動を却下した。
「いいえ。確認が取れただけで十分です。そのまま何もせずに退却して下さい」
『……了解したわ』
「……すみません。しばらくは私も静観していようと思うんです。今はちょっと大変で微妙な時期ですし、理事会と対立するのはよくありません。……〈悠久の宝玉〉は現状のまま、雪ノ森の方々のところに預けておこうと思います」
『……そう』
女性はそれ以上何も言わず、ただ頷いて、優しく妖花の想いを尊重した。
『……それよりいいの? どうせ今頃は、誕生日パーティーの真っ最中なんでしょう? 本日の主役がこそこそ抜け出して仕事の電話なんかしてちゃダメじゃない』
「え? あぁ、いえ、大丈夫です。パーティーだなんて、そんな大層なものじゃありませんし、こっちの件もずっと気になっていたので……」
『誕生日なんだから、こんな時くらいは嫌なこと全部忘れて楽しみなさい。……一日遅れでも、ちゃんとお祝いしてくれる人がいるんだから、ちゃんとはしゃいで、ちゃんと喜んで、幸せな気分にならなきゃダメよ?』
何かを諦めたような声音で語られるその女性の言葉は少し寂しそうで、妖花はただ、「……はい」と、噛み締めるように答えることしか出来なかった。
『あ、そうだ、忘れてたわ! 妖花ちゃん、前に私が頼んでいたあの件って、結局どうなったのかしら?』
「え、あの件ですか?」
『そう、あの件』
話が暗くなったと感じたのか、女性がいきなり声のトーンを上げて話題を変える。
だが、それを訊かれた妖花は少し言いにくそうな感じになって答えを返した。
「……ええっとですね、アレは実は、
『え、嘘! 私以外に立候補者とかいたの?』
「はい、いました」
『誰よ⁉』
「あの二人です」
『……そっか、あの二人かぁ……』
どうやら、妖花が誰のことを言っているのか電話口の女性にはすぐに分かったようで、頭を抱えて項垂れる。
「もちろん、亜弓さんでも全然問題はなかったのですが、私が個人的に、亜弓さんにはフリーでいて欲しかったので、申し訳ありませんが、今回はあっちの二人にお願いしようと思います」
『まあでもそうよね……。紛れ込むならあの二人の方が専売特許だし、仕方ないわ。……それにしても、なかなかに嬉しいことを言ってくれるじゃない? それって、私は手元に残しておきたい大事な戦力って意味なのかしら?』
「戦力ではなく人材です。特派の最年長として、亜弓さんのことはいつも頼りにしています」
『ホント、年下のくせに達者なんだから……。じゃあ、私たちはこのまま手出しはせずに帰るわね』
「はい。本当にありがとうございました」
『妖花ちゃんこそ大変だったんでしょう? お疲れ様。あの子にもよろしく伝えといてね』
「はい、もちろんです」
『それと、……お誕生日、おめでとう』
亜弓と呼ばれた女性はそれだけ言い残すとすぐに通話を切ってしまって、言い逃げを喰らった妖花には返礼する暇もなかった。
あの人らしい。
一日遅れでも、祝ってくれる人がいるのなら、ちゃんと幸せな気分になるべきだと、そう言ってくれた。
月宮妖花は重い扉を開けて、暖かいパーティー会場へと戻って行く。
今、自分の手元にある、小さくてもかけがえのない幸せと、失いたくない人たちのところへ。
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