星明の提案
「でも、静夜君はよくそんなことまで詳しく《スノーフォックス》の裏事情を知っているね。兄とは言え、君たちは義理の兄妹だろう?」
皮肉のつもりなのだろうか。自分の知らないことを静夜が詳しく知っていることが、なんとなく納得できないとでも言いたげな視線だ。
静夜はその云われ様を不快に思って目を
「当然です。義理とは言え、僕たちは兄妹ですから。妖花からはいろいろと話を聞きましたよ。それに、亡き義父である月宮兎角は『悠久の宝玉』の事をかなり気に掛けていました。義妹が見聞きしたものを義父の知識で補填していくと、『悠久の宝玉』の力はおおよそ分かります。そして少なくとも、『悠久の宝玉』が妖に不用意に大きな力を与えてしまうということは間違いありません。……なぜなら、まだ自分が何者なのかもよく分かっていなかった幼い頃の妖花に、妖としての名前を得るきっかけを与えたのは、他でもない『悠久の宝玉』ですから」
あの宝玉には実績がある。否、この場合は前科とでも言うべきか。あの宝玉のせいで、彼女は『偽りの栄光を
とはいえ、所詮それは契機であって、根本的な原因ではないのだが。
「……妖花ちゃんの名前……」
栞は暗い面持ちで、簪に付けた鈴を触った。
普段の様子を見ていると、つい忘れそうになってしまうが、月宮妖花には、人ではない妖としての名前がある。彼女はどうしようもなく、人ではないのだ。
以前、彼女が寝ている時、その姿が白銀の狐に変化しているのを見た。一緒に《平安会》の総会に出席した時、彼女だけが京天門邸の結界に阻まれるのを見た。そして、いつも自分を守ってくれるこの鈴が、最初は彼女を危険な存在と見なしていたことを知っている。
「……静夜君は、これからどうするつもりなん?」
「どうするって、何もしないよ。妖花が何もしないって決めているなら、尚更……」
それこそ、静夜にその権利はない。いくら、義理の妹である妖花が、雪ノ森冬樹と九尾の妖狐の実の娘だからと言って、今、『悠久の宝玉』を持っているのは、雪ノ森の一族だ。名前が月宮である以上、部外者であることに変わりない。
それに、静夜にはその力もない。今や有名企業にまで成長し、後ろ盾として《陰陽師協会》まで抱えている《スノーフォックス》から、『悠久の宝玉』と『フォックスマジック』を奪取しようなんて、静夜一人でどうこうできるレベルの話ではないのだ。
ただの人一人に出来ることなんて、限られる。
「いや、僕はその意見に反対だね。最低でも、今ここに巣食っている妖は殲滅しないと、これからもここで妖に襲われる人が相次ぐことになる。それは一人の陰陽師として見過ごせない」
それでも、竜道院星明は陰陽師としての矜持に掛けて立ち上がる。
人一人に出来ることなど限られる。しかし、一人一人に成せることはその人によって違ってくる。
星明は自信に満ち溢れた目で、手にした錫杖を地面に叩きつけた。シャランと、澄んだ音が洞窟内を反響する。
「無茶です。止めて下さい。妖の正確な数も力量も分からないのに。それに、ここの妖は『フォックスマジック』の掛かったスキーウェアを食べて、妖力を強化している可能性があります。現に協会の陰陽師だって返り討ちにあっています。外はもう暗いですし、吹雪の中での戦闘はそもそも自殺行為です。ここはやり過ごして、引いた方が賢明です」
冷静かつ現実的な意見で星明を止めようと声を上げる。だが彼は、そんな静夜に不敵な笑みを浮かべて見せた。
「出来ない理由ばかり考えるんだね、君は」
すると星明は、不安げな表情で
「策ならある。そのための鍵となるのは、彼女だ」
星明の真意を、静夜は一発で見抜き、憤慨した。
「ふ、ふざけないで下さい! 栞さんを囮にするなんて、絶対にありえない!」
「お、囮?」
「嫌だな、静夜君、人聞きの悪い。僕はそんなつもりじゃなくてね、ただ、彼女の協力があれば、妖を一ヶ所に集めて、まとめて討伐することが出来ると考えたまでさ」
「それを囮と言うのではないんですか?」
「せ、静夜君、ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
本気の殺意を瞳に宿して星明を睨む静夜。当の栞はまだ実感が薄いのか、自覚がないのか、他人事のように上の空だ。
「せ、せやけども、ウチを囮にするって言われても、ウチにはそんな、妖を上手いことおびき寄せるような力があるようには思えへんのやけど……」
「大丈夫だよ、三葉さん。君ほどの霊感があれば、舞桜の霊媒体質ほどではないにしても、妖を引き寄せるには十分だ。君はただ、周囲にいる妖の気配を感じ取ってくれるだけでいい。もちろん、君のことは結界で守っておくし、妖が現れたら僕たちが全力で対処する。だから、どうかお願いできないかな?」
「いい加減にして下さい! 確かに、霊感の強い人は比較的、妖から狙われやすいと言われていますけど、彼女に限っては例外です。栞さんにそんなことは出来ません!」
「どうして、それを君が決めるんだい?」
「少なくとも僕の方が、あなたよりは栞さんの事をよく知っています」
「でも、さっき妖に囲まれた時は、彼女もちゃんと狙われて、ウサギの妖に襲われていたじゃないか?」
「それは、今着ている《スノーフォックス》のスキーウェアが妖を引き寄せているからです。あの時の妖は、栞さんの霊感に反応したんじゃなくて、スキーウェアから感じられる『悠久の宝玉』の気配に誘われて、彼女を攻撃したんです」
「じゃあ、ここにあるスキーウェアの残骸も一緒に持って立っていてもらおう」
「それなら囮役は栞さんじゃなくてもいいはずです! 妖に対する自衛の手段を一切持たないただの一般人を、戦場のど真ん中に放り込むなんて、それでもあなたは《平安陰陽学会》の陰陽師ですか⁉」
「自分の身を護る術なら、彼女は既に持っているじゃないか」
「何?」
鬼のような形相で睨んで来る静夜の視線を躱して、星明は栞の方を覗き込む。
「その鈴。……さっきから気になってはいたんだけど、やっぱりそれは何かの呪具だね? それが、三葉さんを妖から守っている。違うかい?」
「え? えっと……」
全てを見透かされるような目を向けられて、思わず栞はたじろぎ、頭についた簪ごと〈厄除けの鈴〉を手で隠す。
「良かったら、詳しく僕に見せてもらえないかな? その鈴の力が分かれば、何か他にも策が思い浮かぶかもしれないし、今後の君の助けにもなるかもしれない」
優しい言葉をささやかれ、栞の心は揺れ動く。
意見を求めるような、弱々しい視線が向けられると、静夜はため息を殺して頷いた。
見抜かれているなら、隠したところで意味がない、
栞は恐る恐る簪を取って、〈厄除けの鈴〉を星明に手渡した。
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