スキーにするか、スノーボードにするか
スキーにするか、スノーボードにするか。
それは、ペットを飼うなら、犬にするか、猫にするか、という二択と同じくらいにありふれた、世間のどうでもいい派閥争いの一つだろう。
当初、最近の若者はみんな揃ってスノーボードを選ぶはずだ、と自らを少数派と思い込み、どことなく不貞腐れていたスキー派の静夜は、今目の前に現れている『結果』を見て、言葉を失っていた。
結論だけを述べると、今回の派閥争いは、スキー派の圧勝だったのだ。
理由は至極簡単。
竜道院星明が、スキーを選択したからだ。
新雪の積もった真っ白な斜面に、美しい滑走の軌跡が描かれる。計算式のグラフのような、左右対称でなめらかな曲線。波を描きながら風を切り、跳ねた雪の結晶が陽の光に輝いて、彼の滑りを彩っている。乱れない綺麗な姿勢で、足は平行に揃い、一定の速度を維持したまま、徐々にこちらに迫る影は大きくなる。
彼は、待ち構える女性たちの前に帰って来ると、ゴーグルを上げ、
「どう? 参考になった?」
と、少し照れくさそうな笑顔を見せた。
黄色い歓声と拍手が巻き起こる。彼女たちはみんな揃ってホテルでレンタルしたスキー板を足に嵌めていた。
「……なんなんだ、あれは……。ケホ、ケホ」
「さあ? どこかのアイドルが調子に乗ってファンサービスでもしてるんじゃない?」
星明たちの集団から少し離れたところでは、舞桜と静夜が呆れた笑いを溢している。
「……今どきの若者にはスノーボードが大人気、じゃなかったのか?」
「スキーでもスノボでも、やってる人がイケメンなら、結局どっちでもいいんだよ、たぶん」
星明と共にスキー旅行にやって来たというボランティアサークルの仲間たちは男女比率が圧倒的に女性に傾いており、彼女たちはもれなく全員、星明と一緒にスキーを選択していた。
そして、星明の妹ということで注目を集めた舞桜は、そんな彼女たちに半ば強引に誘われて、スキーをするはめになってしまっている。
「……それで、兄上に女を取られた他の男どもは、新しい娘に狙いを定めて、自分のカッコいいところをアピールしようという腹積もりか?」
舞桜が斜面の端の方に目をやると、そこでは栞と妖花のスノーボード初心者二人が、複数の男性から熱心なレクチャーを受けている。彼らは全員、星明の連れの男子大学生たちだ。
サークルのスキー旅行に参加した数少ない男性陣は、最初は多数派の女性陣に流されるようにスキーを選ぼうとしていたのだが、栞と妖花がスノーボードをやると分かると、全員がすぐさまスキー板から手を放し、得意気な顔でスノーボードに持ち替えていた。
「星明さんが相手だと勝ち目がないって思ったんじゃない?」
「大学生というものは、どいつもこいつも恋愛のことしか頭にないのか?」
「まあ、概ねその認識は間違ってないと思うね。大学生なんて、基本的にはどいつもこいつも恋愛のことしか頭にない。それに、ここはスキー場だからね。ゲレンデマジックってやつを期待して、男たちはいつも以上に張り切ってるんじゃないかな?」
「そんな一時の気の迷いに過ぎない魔法より、『フォックスマジック』の方がよっぽど効果がありそうだ」
「アレはただの魔法じゃないからね」
静夜たちが着ているスキーウェアやグローブなどは、全て《スノーフォックス》のブランド品で、このスキー場『フォックスガーデン』限定でレンタル出来る特別な代物だ。
これらの防寒具には、それ一つで全身と人の心まで温めてしまうと言われる狐の魔法、『フォックスマジック』という特殊な加工が施されている。
実際に身に着けてみると、その評判が伊達ではないということがよく分かる。
季節は二月。冬の寒さは最高潮と言っても過言ではなく、良く晴れた雪山の空気は澄み切っていて肌を刺す。ひとたび風が吹けば、服の少しのすき間からでも寒さが入り込み、凍えずにはいられないはずだ。
それなのに、《スノーフォックス》のウェアは、まるで何か見えない結界で人の身体を包み込んでいるかのように、風を一切通さず、寒さを感じさせず、快適な温かさを常に保ったままで、人を厳しい寒さから守ってくれる。
おそらく人は、この暖かさに胸を打たれ、心まで温められているという錯覚に陥るのだろう。
「だが、魔法の裏に隠された秘密を知ってしまった今となっては、素直に喜んで、温かいと感嘆を溢す気分にはなれないな……」
「僕も少し複雑な気分だよ」
もしかしたら、素直に喜んでもいいのかもしれない。
『フォックスマジック』は今まで、毛糸やニット製品にしか使えない限定的な魔法だった。事実、《スノーフォックス》は今現在、冬物衣料品のブランド、ではなく、ニット製品のブランドとして広く認知されている。
しかし、このスキーウェアやズボン、グローブなどはそのほとんどが化学繊維で編みこまれている。つまり、『フォックスマジック』の生みの親、雪ノ森冬樹の亡き後、残された《スノーフォックス》のスタッフたちは研究を重ね、『フォックスマジック』の適用効果範囲を広げたということなのだ。
力や技術を受け継いだ者が、それを磨き、鍛え上げ、発展を遂げている。
雪ノ森冬樹も、この結果には満足気な顔を浮かべているかもしれないのだ。
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