休憩
正午を少し過ぎたところで、総会は昼食を兼ねた休憩に入った。
会場となっている大広間に膳と食事が綺麗に並べられると、出席者百余名が一斉に昼食を摂り始める。
敵地の真ん中で箸の進まない静夜は、四面楚歌の檻に閉じ込められた気分でため息を溢した。
「……はあ、こんな昼食じゃあ、味なんか分からないよ」
「え? えらい豪華で美味しいご飯やと思うけど?」
誰も料理の話などしていないのに、栞は呑気なものだ。
妖花は兄の心中を察するものの、涼しい顔で煮物を頬張っている。
「いきなり京都支部だなんて要求を言い出したんですから、《平安会》の人たちが動揺するのは当然です。これくらいは我慢して下さい」
「動揺というか、完全にぶちギレていたがな」
こんな物々しい雰囲気の中で、妖花と舞桜はよく平然と食事が出来る。静夜は一人、肩身の狭い気分だ。
妖花が口にした京都支部設立の嘆願は、予想通りの威力を発揮した。
発言の直後は嵐の前の静けさが数秒、それを過ぎれば火山の大噴火の如き烈火の怒声。話し合いが止まっている今でも静夜たちを睨む視線は鋭く殺意と敵意に満ちており、至る所では不気味な囁き声が蠢いている。何かを話し合っているのか、それとも良からぬことを企んでいるのか、どちらにしても明るい話ではなさそうだ。
「そう言えば、ずっと気になっとるんやけど、舞桜ちゃんのご実家の一番偉い人って、あの二人のおじさんの内のどっちなん?」
栞の気の抜けた質問に、舞桜が淡々と答える。
「我が家の当主は欠席だ。あの二人のどちらでもない」
「え⁉ そうなん?」
「竜道院家の現当主は、あの二人の父親、つまり舞桜さんのお祖父さんに当たる人です。名前は
補足を入れる形で妖花は、以前静夜が挙げた報告の内容を反芻した。
竜道院家の席の方を見ると、一門に属する他家の当主や親交の深い流派の代表者、若い後継者などが順番に挨拶に訪れ、愛想笑いと共に頭を下げている。次の当主が長男と次男のどちらになるか読めない以上、功一郎氏と才次郎氏の両方の機嫌を取っておく必要があるのだろう。必死に胡麻を擦る人たちは手に持ったハンカチを冷や汗でぐっしょりと濡らしていた。
また、彼らのすぐ隣では、才次郎の長男、星明も数人の若い陰陽師から挨拶を受けている。こちらはご機嫌取りというよりも、友人と世間話をするような軽い雰囲気だが、年上が相手でも腰を引かずに受け答えする星明の振る舞いは堂に入っており、貫禄さえも窺えた。
さすが、世代の代表と言われるだけはある。
「そんなことより、午後からの話し合いはどうするつもりだ? 昨日も言ったが、京都支部なんて要求は絶対に通らないぞ?」
舞桜が話題を変える。京都支部の設立を《平安会》に叩きつけるという話は、昨日観光をしている時に聞かされていたが、さすがにいくらなんでも無理がある。
今まで協会と《平安会》は互いに付け入る隙を探り合い、睨み合っている状態でしかなかったのだ。今回の事件がいい契機となったということは言うまでもないが、いきなり京都支部の設立を要求されて、《平安会》が黙っているわけがない。下手をすれば、すぐにでも協会と《平安会》の全面戦争に発達しかねない爆弾発言だ。
「そんなことは私も分かっています。しかし、京都支部の設立が理事会の決定である以上、私にはどうすることも出来ません」
投げやりな口調で文句を垂れる使者。理事会からの無茶な要求は毎度のことだが、それにしたって今回は段階を飛ばし過ぎていると静夜は感じた。
「どうして理事会がそんなに強気なのか、僕には分からないな。……協会だって《平安会》と事を構えるってなったら結構な覚悟と準備が必要になると思うんだけど……」
「どうせ、いざとなったらお前の半妖の力とやらで、どうにか出来るとでも思っているんじゃないのか?」
「いえ、さすがの理事会も《平安会》をそこまで過小評価してはいないと思いますけど……」
「どうにか出来るという部分は否定しないんだな」
「あっ……」
しまったという顔になった妖花を訝し気に見つめる舞桜。
「静夜君、妖花ちゃんの力って、そんなにすごいもんなん?」
「まあ、世界を一つ滅ぼせるくらいにはすごい力だよ」
「せ、世界⁉」
「ちょっ、兄さん! いい加減なこと言わないで下さい!」
栞が一気に離れていったので、妖花は顔を赤くして怒り出す。
「でも、その気になれば出来るかもしれないって義父さんは言ってたよ? 妖花だって、もしかしたらできるかも、ってそれくらいには思ってるんじゃない?」
「そ、それはまあ、そうですけど……って、ちょっと、話を振った舞桜さんまで引かないで下さい! 大丈夫ですから! 今は基本的に妖力そのものを覇妖剣で抑えていますし、万が一暴走しそうになっても、実の父が遺してくれた封印術があるので、皆さんに危害が及ぶことはまずありません。信じて下さい!」
声を抑えながら必死に弁明するが、実際、妖花の力について心配するようなことはなにもない。事実、静夜は三年前に妖の力を解放した妖花と戦っているが無事であるし、妖花の父親が命をとして娘に施した封印術は並大抵のものではない。さらに普段は覇妖剣が妖花の力を抑えてくれている。
〈覇妖剣〉。月宮一族に伝わる右の霊剣。
心を守護する左の霊剣、護心剣と対をなすその一振りは、妖を滅ぼすための剣とされており、それを妖花が持つことで、彼女から漏れ出す妖力を綺麗に相殺するという役割を果たしているのだ。
覇妖剣に喰い尽くされてしまう程、妖花の妖力は脆弱ではないし、妖花の妖力に呑まれるほど覇妖剣の銘も伊達ではない。妖花と覇妖剣は、お互いに上手く調和がとれているのだ。
「それに、今回の京都での派遣に際し、私は協会から、妖の力は絶対に使うなと厳命を受けています。もしもの時があっても、私は陰陽術しか使わないことをお約束します」
「……それなら、少しは安心だな」
舞桜がちょっと本気で胸を撫で下ろしたので、妖花は不服そうに頬を膨らませた。
「でも、せやったらなんで妖花ちゃんたちのお偉いさんは京都支部なんて無理なこと言いはったんやろ?」
「それは私にも分かりません……」
俯く妖花の表情は釈然としない。
「結局、午後からの話し合い次第ってことか……」
それは、今の静夜たちが頭をひねって考えたところで結論の出ない問いだ。
妖花がいくら強力な力を持っているといっても、今の彼女は上の人間に使われるだけの駒に過ぎない。彼女には、そして、静夜たちには実力以外の何かが決定的に足りていないのだ。
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