陰陽師協会の狙い

「……なるほど。つまり、すべては竜道院美春の指示だったということか、犬養いぬかい将暉まさきよ」


「は、はい! おっしゃる通りでございます」


 國彦氏の確認に対し、最後の重要参考人は何度も繰り返し、恐縮そうに頭を下げる。

 竜道院舞桜の自称婚約者で、奈良の名門陰陽師、犬養一族の次期当主、犬養将暉は、この総会の雰囲気に呑まれ、圧倒されていた。


「……はぁ」と舞桜が嘆息する気持ちもなんとなく分かる。


「……やはり竜道院家は、全ての責任を竜道院美春一人に被せるつもりのようですね」


 話を聞きながら妖花が呟く。


 今回の総会に際し、《平安会》の各代表者や御三家、特に竜道院家がどのような主張を展開するのか、静夜たちはその予想を立てていた。

 事実確認を行う最初の議題に対して、事件に関わった竜道院一門の人間や、竜道院家が召喚した証人たちは異口同音に、妖犬の暴走は竜道院美春が娘である舞桜を殺すために仕組んだことであると述べた。

 竜道院家、特に当主や本家の人間たちは一切関与しておらず、全ては娘を許すまいとした母親が独断で勝手に凶行に及んだ、と。それが竜道院家の主張であった。


「確かに、犬養家から法具を盗み出して妖犬を操り、舞桜を殺そうとしたのは美春さん本人の意思だったらしいけど、それに許可を出し、一門に属するほかの家の人間にまで号令して、美春さんに従うよう命じたのは本家の当主、竜道院勲のはず……」


「ですが、竜道院美春の発言以外に確たる証拠は何もありませんし、竜道院家の当主はこの総会を欠席しています」


「当の美春さんも今はあの状態だし、竜道院家を追及し切るのはかなり難しいだろうね……」


 静夜も話し合いの先行きを怪しく思って眉を顰める。


 竜道院美春は現在も意識不明のままだ。身柄は竜道院家が預かっており、彼女の中には妖『狂犬を統べる鬼面の将』が巣食っている。舞桜が術を施したおかげで妖が外に出てくる危険性はないが、安易に術を解呪してしまえば、彼女の精神は妖に完全に侵食されてしまうだろう。そのため、竜道院家、並びに《平安会》は下手に手を出せず、彼女は今も安らかに眠り続けているらしい。当然、話が出来る状態ではない。


「……もうよい、下がれ」

「は、はいっ! 失礼しました!」


 京天門國彦に命じられて犬養将暉が退席すると、そこで事実確認のための証言は以上となる。


「さて、報告はすべて出揃いましたが、何か意見はありますでしょうか?」


 司会役の京天門政継は周囲を見渡した。ここから先が本格的な議論となるのだろう。


 真っ先に声をあげたのは、京天門家の守り神、京天門絹江だ。


「……どうやら竜道院の方々はあの騒動が全て美春さん一人の手によるものだと言いたいようですが、私には、美春さん一人に一門の陰陽師たちを動かすだけの力があるようには思えません。もしかしたら、彼女の後ろに何か別の大きな力があったのではないか、と疑わずにはいられませんわ」


「……何が言いたい?」


 盲目の女性を睨んだのは竜道院家の長男、功一郎氏。絹江女史はさらに続けた。


「一ヶ月ほど前、竜道院舞桜が憑霊術を使ったという報告が入り、竜道院一門の親方、竜道院勲様は彼女に最も重い、破門の処分を下しました。ですが竜道院家は、その後の臨時総会でかなり厳しい追及と非難を受けることになってしまった。立場が危うくなると感じた竜道院家は、総会が竜道院舞桜に対する正式な処罰を決定してしまう前に彼女を殺して、問題を有耶無耶にしようと考えたのではないですか?」


「……つまり、舞桜を殺そうとしたのは、我ら竜道院家全体の意思だと?」


「竜道院家の当主である勲様が他の家の陰陽師たちにも命令を出したとすると、彼らが美春さんに手を貸したのにも得心がいきますわ」


「ふん、何を馬鹿な。先程の者たちの証言にもあったように、ご当主様はこの事件に一切関わっていない。全ては弟嫁が独断で行ったこと。後妻とはいえ、本家の人間だ。一門に属するほかの家の方々が彼女の言葉を無下にできなかったとしても不思議はあるまい」


 功一郎氏は繰り返し、美春の独断であることを強調する。

 そこで妖花が手を挙げて、口を挟んだ。


「お言葉ですが、兄は先日、平安神宮にて竜道院美春様と戦った際に、舞桜さんを殺すように命令したのは、当主の勲様であるという趣旨の発言を聞いています。一門の陰陽師たちに声を掛けたのも、親方である勲様だと」


「そんなものはただの妄言だ。それに我らの当主が、一族の人間に〈狂犬傀儡ノ首輪〉などという怪しげな法具の使用を許可するとも思えない。妖に取り憑かれた弟嫁の気が狂っていたとしか考えられない」


 辛辣な言葉が並ぶが、竜道院一門の人たちは力強く頷いて同意を示し、「親方様がそのようなことをするわけがない」と態度で表している。

 これでは政治家の「記憶にございません」と一緒だ。


 だが、証拠もなく、当主の勲氏や美春に直接問い質すことが出来ない現状では、いくら追及しても容易く躱されてしまう。事件そのものの責任を竜道院家全体に背負わせることは、やはり難しそうだ。


「じゃが、竜道院家の監督責任は問われるべきじゃろう」


 そこで口を開いたのは、蒼炎寺家の当主、蒼炎寺そうえんじ真海しんかい。これに息子の空心くうしんが後に続く。


「当主の言う通りだ。今回の騒ぎが竜道院美春の独断で行われたことであったとしても、彼女を止められなかったことについては、竜道院家、ひいては一門全体が責任を取るべきだ。協力した犬養家についても、嫁の交友関係を全く把握していなかったということもあるまい。妖犬の事件が最初に判明した時、すぐに竜道院美春を取り調べていれば、証拠の法具もすぐに見つかっただろうに……」


 さらに加えて、蒼炎寺家の三つ子が舞桜の方を睨んで続ける。


「それに竜道院舞桜が屋敷から逃げ出した件についても、竜道院家からは説明と謝罪があって然るべきです。破門と言う処分はあくまで竜道院一門の内部で下されたもの。京都を守る《平安会》としては、審議の上で別の処罰を下す予定だった」


「審議の間、彼女の身柄は竜道院家が責任をもって管理するということになっていたはずだが、竜道院家はなぜ家出を許してしまったのか。問い質したいものです」


「《陰陽師協会》の使者がこんなところにしゃしゃり出て来ているのも、全ては竜道院家の監督不行き届きが原因ではないのですか?」


 同じ顔の三つ子が舞桜を理由に挙げて非難を並べた。


 舞桜の父、才次郎氏は無言を貫き、隣の功一郎氏は悪びれた様子もなく堂々としている。

 その態度が気に入らないのか、黙って座っていた陰陽師たちは、何か答えろ、と野次を飛ばし始め、会場は罵詈雑言の嵐と化した。


 その中には、事件の発端となった舞桜を責めるような言葉も聞かれて、栞は心配になって少女の顔を覗き込んだ。


「……大丈夫だ。最初から、これぐらいは覚悟している」


 少女はいつもの、本音を隠す鋼のような険しい表情で静かに答える。

 彼女は今、どんな言葉を、あるいはどんな想いを押し殺してそこに座っているのだろうか。横目でその顔を伺い見ても、舞桜の胸の内は分からない。


「みなさん、お静かにお願いします」


 混沌の会場を仕切り直すように咳払いをしたのは、司会を務める政継氏だった。


「皆様それぞれに意見はあるかと存じますが、確かに私も、監督責任という話は尤もであると感じます。誰がどのような思惑で事を為したにせよ、事件の主犯は竜道院美春であり、その原因を作ったのは娘の舞桜であります。よって、竜道院家にはそれ相応の罰が与えられるべきでしょう」


「……うむ、政継の言う通りだ」


 息子の意見に、当主の國彦氏も同意して頷く。

《平安会》の首席である國彦氏の言葉は重い。窮地に追い詰められた竜道院家は、今からいくら都合のいい言い逃れをしたとしても、処罰を免れることは出来ないだろう。

 不毛な言い争いに結論が出ようとしていた。しかし、


「待って下さい」


 野次の喧騒が収まりかけた絶妙のタイミングで、月宮妖花は虎視眈々と狙っていた時を見定める。


「……なんだ? 女狐の娘」


 挑むように睨む妖花の視線を見返して、國彦氏は目を眇めた。


「竜道院家の監督責任を問うのであれば、それは、《平安会》全体に対して言えることではないでしょうか?」


「ほおぅ? 今回の一件が竜道院家の罪だというのなら、ここに居る全員に等しく同じ罪があると?」


「その通りです」


 力強く首を縦に振って、妖花は《平安会》全体を見回した。


「この事件は《平安会》の中核を担う竜道院家が起こした不祥事と言えるでしょう。彼らを制することが出来ず、また、対応が悉く後手に回った《平安陰陽学会》にも、京都の街を不安と混乱に陥れた責任があるはずです」


「……それで? 協会が我々に罰を下すのか? それはまた、とんでもない話だ。余所者の分際で、誰がそんなことを許した? 京都は《平安陰陽学会》の領分。罰を与えるのも罪を許すのも我々の権利。貴様らにあるモノではない。……思い上がるのもほどほどにせぇよ?」


 低い声と怒りの念が地響きのように畳を這う。取り繕った穏やかさは消え、罵詈雑言で騒がしかった会場はその迫力に圧倒された。


 それでも、この程度で狼狽える妖花ではない。


「罰を下すなんてとんでもない。私たちはただ、皆さんに認めて頂きたいのです」


「……認める? 何を?」


 神妙な面持ちで問い質す《平安会》の首席。


 妖艶な笑みを返した《陰陽師協会》の使者はこの来訪の目的を率直に叩きつけた。


「これを機に、我々《陰陽師協会》は、この京都の地に、《陰陽師協会・京都支部》を設立したいと考えております」

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