【42本目】希望の灯り(2018年・独)

【感想】

 ナポレオン率いるフランス軍がプロイセン軍と争ったライプツィヒの戦いや、ブンデスリーガの1部に所属するRBライプツィヒを知っている人でも、ドイツのライプツィヒのあるザクセン州に住む人々のリアルな【今】を知る人はあまりいないのではないでしょうか。

 今回レビューを書く【希望の灯り】はそんなライプツィヒ付近にある田舎町の様子を誇張することなく描いた作品です。

 2019年5月1日、令和元年元日の朝に自分が観に行った映画がこれでした。


 原題は【In den Gängen】ですが、英題は【In the aisles】で、映画の原作は東ドイツ出身の作家の短編小説【通路にて】を同じ東ドイツ出身の映画監督が映画化した作品です。

 ここでいう【通路】とは、商品が陳列された棚の並ぶ通路を意味しています。この映画で舞台となるのは、内部がそういう通路で敷き詰められた欧米によくある大規模スーパーマーケットです。

 

 しかしただスーパーマーケットでの労働だけをテーマとして描いた映画では愛りません。

 序盤を見ていると、田舎で働く若者の苦悩、とまではいかないけど、曇り空のようにぼんやりしただるさを持ってるのがわかる主人公・クリスティアンの挙動が画面から飛び出す勢いで真に迫っていることに気づきます。

(主演のフランツ・ロゴフスキはこの映画でドイツ映画賞主演男優賞を受賞)

 彼の初日の労働を終えて2日目か数日後かわからなくなるシーンや、スーパーマーケットの方が家で自宅は寝るだけの場所なのではないかと考えてしまうシーンで、スーパーマーケットでの仕事は本題ではなく、娯楽がないから仕事に勤しむしかない田舎の青年がテーマの一つになっているんだなと気づかされます。


 見続けていると、中盤くらいで主人公の相棒にして兄貴分のブルーノが、自分の元居たトラック人民公社を今働いてるスーパーマーケットが買収したことを語りだし、スーパーマーケットを経営する企業を【再統一の勝者】と表現します。

 そこで僕らはようやく、映画のメインテーマとなっているのが【時代の変化に取り残された人々】だと理解するわけです。

 上で東ドイツ出身の作家が書いた小説を東ドイツ出身の監督が描いた映画と書きましたけど、この作品で舞台となるライプツィヒ近郊は、30年前のベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一の後、資本主義の影響を受けて地域格差の被害者となった地域です。そこに住む、昔の方が生きやすかった人々の哀愁を描いたのが、この映画なのです。

 (向こうじゃ東ドイツへの郷愁を意味するオスタルギーなんて言葉があるのね)

 それに気づいた時、令和一発目にこんな後ろ向きな映画を選んでしまってよかったんだろうか?と思いましたよ(偶然にもベルリンの壁崩壊は平成元年)。


 15年前くらい(今とベルリンの壁崩壊の中間の時期)に公開された傑作【グッバイ、レーニン!】では東ドイツへの郷愁がコメディタッチで描かれていたのに対し、この映画は同じテーマを描いているにも関わらずどこまでもノスタルジックで寂しげです。

 そして後半で起こるとある事件で、郷愁ゆえの悩ましい日々が【呪い】の域に達していたことを気づかされます。


 小学生から中学生のころくらいに見た【映像の世紀】の後半の方の回で、ベルリンの壁崩壊(翌年のドイツ統一だったかな?)でブランデンブルク門をバックにドイツ国民たちが祝福ムード一色で大騒ぎしていたのがすごく印象に残っているのですが、新時代が来た!と騒ぐ人々の裏には、旧時代の方が生きやすかった人々のぼんやりした悩みみたいなのがあるのかもしれないな、とか思わされましたね。

(書いた後調べたのですが、舞台となっているライプツィヒは東ドイツの民主化運動で大きな意義を持った場所なんですよね。皮肉……)


 事件によって、劇中ずーっと出ずっぱりだったある【機械】が、クリスティアンとヒロインのマリオンをある【世界】へと導きます。

 その【世界】で生まれていたのは、クリスティアンとマリオンとの、たった二人きりのロマンスであり、闇に染まりかけていた二人の中に静かにともった【希望の灯り】でした。

 時代に取り残されたかもしれない、心の中のぼんやりした不安は消えないかもしれない。それでもほんの些細な幸せをかみしめようとする姿は、統一から30年経過したドイツの人々のみならず、時代の変化に翻弄されるすべての人々の肩を叩いてくれるような映画だったと思います。

 そういう意味で結果的には、令和一発目に選んでよかったな、と思えた映画でした。


【好きなシーン】

 とにかく夜明けのシーンが美しいんですよねこの映画。

 時期設定も12月から1月までの冷え込む季節なので、日の光もどこかぼんやりしていて、幻想的です。ストーリーラインがこの飢えなくリアルだからこそ、より一層その幻想っぽさが身に沁みます。

 ことあるごとに印象的にその夜明けの場面が挿入されるので、ストーリーがぼんやり不安げでもそこでほっとさせられます。


 特に好きなのは、映画後半のマリオンと再会した日の夜明け、トラックがせわしなく行きかうアウトバーンのシーンですね。その歩道でクリスティアンが、寂しげではあるけど歩道を緩めることなく一人で歩いてるんですよ。

 時代に翻弄される中で言葉で表せない悩みはあるかもしれないけど、したたかに生きていくことの格好良さを、あの夜明けのアウトバーンを歩くクリスティアンは訴えていたように思います。


 あとフォークリフト講習で見たやたらグロい講習ビデオがツボでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る