五.
……余所の方?
先刻、海辺にいたでしょう。
そう。死人のことを調べに来たの?
何も出て来やしなかったでしょうね。
あまりそっちへ行かない方がいいわ。
そろそろ漁船が帰ってくるから。
私と話しているところを見られるとまずいでしょう。
あら、誰からも聞いていないのね。
私たちの一家が村八分だと。
細々とでもみんな仲睦まじくなんて、呆れた。そんなことを言ったのね。
まあ、大事なことがあるときは口をきいてもらえて、浜に捨てられた死んだ魚を拾っても棒で打たれないだけ昔よりいいわ。
今村に残ってるのは元々のつまはじき者ばかりだから、私たちみたいなのにもいくらか優しいの。
それはそうよ……漁に出られるっていうのは村の中でもまともなひとばかりなんだから。そういうひとはみんな、去年の大時化で船ごと沈んだわ。
なぜ村八分にされたかって?
私の祖母の姉が当時の地主に惚れられて許嫁になったの。でも、その女は別の家の漁師の息子と駆け落ちした。だからよ。
一族全員恩知らずと言われて、海に出られなくなった。崖の近くに住まわされて、流れ着く藻や貝を拾って食いつなぐ羽目になったんですって。
駆け落ちしたふたりは捕まって、海に投げ込まれたんですって。祖母の姉はお渦様にされた。
どういうことって……そう、知らないのね。お渦様が本当は何か。
神主さんや地主さんから何と聞いたの?
異邦から訪れる神様?
海に落ちた馬鹿者?
いいえ、あれは崖から落とされた者よ。
最初は地主の金を盗んだ使用人だった。
何をされても自分は盗んでいないと言い張って、怒った地主が崖から使用人を突き落としたの。
あの渦に一度呑まれたら二度と上がってこられない。
でも、その後金に手をつけたのが地主の息子だとわかったの。でも、地主は我が子に同じことはできなかった。
二月過ぎた頃、使用人が海から上がってきたのよ。
波に揉まれて、髪も眉も禿げて傷だらけになってね。
聡明なひとだったらしいけれも、薄ら惚けた笑みを浮かべるだけになった。
地主はすっかり怯えて、使用人が怨霊になったと思った。
再び殺す勇気はなかったのね。
村中を歩き回る使用人に耐えかねて、地主は神主に祈祷させて、お渦様と名前を与えて神様とした。
そして、あなたも見たでしょう、神社の裏の祠に押し込め、注連縄で封じた。
それがお渦様の始まりよ。
他にも、盗みだけじゃない、姦通した者や船に乗った女や、刃物を海に落とした漁師が崖から落とされた。
切支丹が流行った頃は海へ真っ逆さまに落ちる黒い影を見ない日はなかったと昔祖母から聞いたわ。
ええ。私の祖母の姉はそれにされたの。
哀れなんて思わない、いい気味だわ。
その女が堪えていれば、こんな暮らしどころか今頃は地主の縁者だったのに。
今は夢のまた夢ね。
第一、今の地主さんは嫁を取る気があるのかしら。
あなたも見たでしょう。色は白くて、痩せていて、目の下が黒く落ち窪んで、お渦様より死人らしい。
あのひとも可哀想ね。
昔はああじゃなかったわ。
外には滅多に出ないけれど、賢くて、小さくだけれどよく笑うひとだったのに。
あら、船が帰ってきたわ。
見える? ちょうどここからだと、大きく開いた乱杭歯の口の中に小魚が飲まれるように見えるでしょう。
小魚だったら二度と口から出てこないのに、毎日夜明けと共に出て行って、また日暮れにこうして戻るんだから。
お渦様の話が本当に知りたいのなら、崖の淵にあるあばら屋に行きなさい。
私の住んでるところなんかよりずっと先にあるわ。
ずっと前からあそこに住んでいるのよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます