屋上の不思議な先輩

 私の秘密基地は屋上だ。ここは入ってはいけないということで立ち入り禁止の看板がある。でも、鍵は昼間はあけているようで、なぜか自由に立ち入りできる、というのを知っているのは私一人なのかもしれない。こんな晴れた日に誰一人として昼休みに屋上にいる生徒はいない。


 青い空、白い雲、下にいる通行人はありのように小さいし、車もキャラメルくらいの大きさにしか見えない。ここは私だけの秘密の場所だ。


 転校してきて、友達もできずにクラスに馴染めない私は、馴染むことをやめた。休み時間に時間をつぶすには一番のいい場所だった。前の学校でも友達とうまくいかないことも多く、友達を作りたいという願望はなかった。


 まだ、この場所を知って足を運ぶのは3回目だったが、見かけない先客がいた。仕方ない、今日はあきらめて帰るか、と思った私は呼び止められた。


「ここ、見晴らしいいだろ。俺の特等席なんだ」

 すでにここを居場所にしていた人がいたことを知った私は、後ずさりをしながら、適当に相づちを打った。適当にこの場から離れようと思っていたのだが、心の内をのぞかれたかのように、知らない男子が話しかけてきた。


「別に俺専用の場所ってわけでもないから、ここに来いよ」

 こちらを振り向いた少年はきれいな顔をしていた。風になびく髪の毛は映画のワンシーンのように彼を飾り立てた。思わず見とれていると、彼が自己紹介して来た。


「3年のタクマっていうんだ」

「1年の朝比奈っていいます」


 上級生だと知って、敬語を使う。

「天気いい時にここに来ると、自分の天下を感じるよな」


 ちょっと俺様な発言をする。この先輩はどちらかというと不真面目で適当で自己中心的な人なのだろう。制服を着崩してきているあたりや不敵な笑いは優等生というイメージではなかった。髪の毛もやや茶髪で染めているようで、太陽の光に当たると金髪に近い茶色のようだ。なにやら、棒の付いたあめだまをなめている。私の中で不良生徒と認定決定。正直苦手なタイプだ。絡まれたら面倒だから、ここは去ることを選択する。


「すぐ帰りますね。お邪魔してごめんなさい」

 こういった人には逆らわないようにしよう。私は思い切ってお辞儀をして帰る決意をする。長居は無用だ。面倒な人には関わりたくない。


「君、見かけないね。転校生?」

「ええ、そうですが」

「俺も転校経験あるから、わかるわー」

「転校生なんですか?」

「中学までは転勤族でさ、居場所がなかったんだ。高校に入ってからも1回転校してるんだ。もしかしたらもう少しでまた転校するかも」


 どこか寂し気でせつない表情が同情を誘う。美しい顔をしているせいか見ているだけで、絵になるのだ。きれいな顔がうらやましい。そんなことを思いながら、立ち尽くしていると、


「ここに座りなよ」

 と横の座席を指定される。後輩の私はなすすべなく横に座る。なんとなくだが、上下関係がこの年齢の時はとても大きい。たった1年でも先輩ならば逆らえない風が吹いているような気がする。それは、自分だけではなく学校全体の風向きだ。


「誰かと話したくなった時はここに来なよ。俺が話し相手になってやるって」

「でも、これから梅雨時だし」

「いい場所は先輩だからこそ教えてやるって。超穴場なのがカウンセラー室なんだけどさ。常勤じゃないから普段は教師がいないし、誰もいない。だから、雨の日の昼休みはあそこで漫画読んでることが多いな」

「漫画、何読むんですか?」

「食いついてきたね。漫画好きなの?」

「まぁ、お兄ちゃんの週刊漫画とか結構読んでたりするんで」

「じゃあさ、今度貸してやるよ。無料だからレンタルショップで借りるよりお得だし」


 にやりといたずらな笑みを浮かべる先輩は私の心のカギをさりげなく開いたような気がした。決してこじ開けたわけではなく本当に自然とだ。人は見た目で判断してはいけないのかもしれない。話しやすいし、悪い人には見えない。もしかしたら、私と同じで、居場所がなくてさびしいから、屋上にいるだけなのかもしれない。


 学校に来ることが全然楽しみではなかった私だが、たったひとつだけ楽しみができた。タクマ先輩に会うことだった。


「これ、貸すよ」


 次に会った時に、先輩はおすすめの漫画を貸してくれた。そこには、いたずら書きで、絵が描いてあった。漫画の内容は、転校生の主人公が学校に馴染んでいく前向きな内容だった。


 あのあと、何度か晴れた日に屋上で先輩に会うこともあったので、漫画の感想を言って本を返した。先輩にはいつも必ず会えるわけではなかった。会えない日は心に穴が開いたみたいなさびしさが襲った。3年のタクマ先輩は何組なのか探してみたが、それらしき人物は見当たらない。そもそもタクマが名字なのか下の名前なのかも確認していない。情報不足だ。しかし、全部のクラスの名簿を確認したが、タクマという名前も名字も存在していなかった。


 もしかして、幽霊とか? 屋上から自殺した人だから、あんな場所にいたのかな。それとも、3年生ではないとか、この学校の生徒じゃないのかな。でも、普通他校の生徒だったらうちの制服着て来ないよね。それを考えたら少し怖くなる。でも、自分が好きになった人の正体を確かめたい。


 相談できる友達もいない私は、途方に暮れてカウンセラー室とやらに行ってみた。今日は小雨だったので、もしかしてここにいるかもしれない、そんな淡い期待を持っていた。残念ながらタクマ先輩はいない。しかし、非常勤のカウンセラー教師らしき人がいて、そのまま帰るにも帰れなくなってしまった。席を用意されてどうぞというジェスチャーをされてしまった。


 眼鏡をかけているので、よくはわからなかったのだが、若干タクマ先輩に似ていた。20代前半の若手教師をじっとみつめる。


「俺の名前は宅間恭介」

 聞き覚えのある声だった。髪はほんの少し茶色い。地毛なのかもしれない。


「非常勤のカウンセラーやっているんだけど、転校して馴染めてないんじゃない?」

「別に……」

 知らない大人に悩みを聞いてほしいなんて思っていなかった。

 だって、彼らは仕事で関わろうとしているだけ。本音なんて話す筋合いはない。大人に対して壁を感じている私は、距離を取ろうとする。


「この漫画、好きでしょ?」

 これは、タクマ先輩が貸してくれた漫画だ。同じ漫画をなぜこの先生が持っているのだろう。しかも、同じいたずら書きのイラストが描いてある。もしかして、タクマ先輩もこの先生から借りたとか? 先生に貸したとか? でも、漫画本自体はかなり日焼けしていて古びていた。きっと、先輩が落書きしたのかもしれない。


「3年生にタクマ先輩っていますよね。先生知りませんか?」

 どことなく似ているので、親戚かもしれないと思う。


「実は、カウンセラー室って意外と利用者が少ないんだよね。ここは俺の母校で、念願のカウンセラーになったのに、みんな時々しか来ない非常勤の俺に心なんて開かないんだ。しかも、歳が離れていたら尚更話しにくいだろ。だから、俺は、時々過去の自分に来てもらって仕事を手伝ってもらっているんだ」

「過去の自分に手伝ってもらう?」

 理解が追い付かない。何を言っているのだろう?


 優しそうな眼鏡の奥の瞳を見つめると――それは、タクマ先輩そのものの瞳だった。何度も横顔をじっと見ていたから間違えるはずはない。


 眼鏡をとった先生は、先輩がそのまま大人になった感じで、いたずらな笑顔と気取らない表情はそのままだった。


「タクマ先輩……?」

 ありえないことだけれど、つい言葉が口から出る。


「俺はタクマ先輩だよ。今は高校生じゃないけどね。大学を出てカウンセラーになった宅間恭介だよ」


 大好きになっていた先輩の未来がそこにいる。というより、本当の先輩は宅間先生なのかな? 少々頭が混乱する。


「高校生のタクマ先輩は今はどこにいるんですか?」

「過去の世界だよ。時々あの時の自分に助けてもらっているんだ」

「でも、なんで?」

「実は俺自身が高校生3年生の時、一時的に未来である現在の世界と行き来ができるようになってしまったんだ。でも、移動できる場所と時間は限定されていて、この学校内だけなんだ。その間、俺はこの世界に二人存在しているけれど、いわゆるタイムパラドックスは起こらないらしい」


「私が借りた漫画はもっと新しい本でした。同じものですか?」

「あれは高校生の頃の俺が持ってきた本だから、新しかったのかもしれないね」

「でも、なんでこんなことしているんですか?」


「高校時代の俺がこの世界に来た時に、君に恋をした。この世界で再会できることをずっと待っていたんだよ」


 私を気に入ってくれたの?

 私も同じで、タクマ先輩を好きだった。でも、目の前にいる彼は、大人になった宅間先生。同一人物だと言われてもピンとこない。


「不思議な話だけれど、ねがいやという慈善事業をしたいという不思議な男が現れたんだ。俺は高校3年の時代と現在の時代の行き来しかできない。どうしてなのかはわからないんだけどね」

 

「今すぐにこの事態を飲み込めません。でも、私はタクマ先輩がいるから、学校が楽しいんです。でも、それは高校生で歳が近いからであって……」


「おい、俺をフルつもりか?」

 生意気な方のタクマ先輩がドアを足であけて、腕組みをして不機嫌そうに立っていた。

 相変わらず着崩した制服と茶色い髪の毛をかき上げる。先輩は先生と比べると、とんがっている印象だ。


「こんなに長いこと彼女も作らずに待っていたんだ。だから、わかってやれ」

「でも……」

「俺は、もうこの世界に来ることはないから」

「どうして? もう会えないの?」

「今、未来の俺と会ってるだろ。二人が出会うまでが俺の役目なんだよ」

「でも、私が好きなのは高校生の先輩で……」

「生意気いってるんじゃねー。カウンセラーの宅間が言った言葉は、俺の気持ちだ。受け止めろ」


 タクマの後ろ姿にむかって叫ぶ。ここで言わないと後悔する。きっと最後なのだろうと直感で感じる。

「先輩のこと好きでした」


 タクマ先輩は一瞬だけふり返ると、廊下にある大きな鏡の中に消えたのだった。少し笑っていたような気もする。消えたという現象は不思議な話だったけれど、この世界の人ではないということを証明しているようだった。


「目の前で別な自分に告白している様子を見ていたら、失恋した気分になったよ。でも、憧れていた人にやっと会えてよかったよ」

 大人である宅間先生は余裕がある笑みを浮かべた。高校生の時に比べたら、性格は穏やかで丸くなった感じがする。


 よくよく考えると目の前にいる人がタクマ先輩なわけで、私は告白した相手の未来の姿に向かって頬を赤らめながら会釈する。これって両思いってことなのだろうか。先輩に会えないと宣告された5分前の不思議な事実に失恋したような胸の痛みが走る。しかし、目の前にいる先生は本人だ。頭が混乱するが、これは失恋に見せかけた両想いということだろうか。


 あれから、私はカウンセラー室に遊びに来るようになった。そして、少しずつだが学校に馴染んで友達もできた。そして、憧れの先生がいる。私の学校生活は意外と悪くないのかもしれない。


♢♢

「たまには恋愛の手伝いも悪くないでしょ」

 ねがいやの相棒の女性は囁く。前世の前世で共に生きられなかった彼女と今、ようやく共に生きている。見た目も性格も全然違うけれど、まぎれもない愛した人は妖艶でスタイルのいい大人の姿をしている。

「俺は、恋愛というのはからっきし苦手だからな」

「あら、あなたは私を愛しているからこういった慈善事業を渋々やってるんじゃないの?」

「おまえが楽しいのならば俺は手を貸す。それだけだ」

 ねがいやは彼女には意外と甘いらしい。

 なぜならば、最愛の彼女は恋愛慈善事業が好きだということを熟知しているからだ。

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