第45話 映画にまつわる手紙 5−9

(“おじいちゃま”や“叔母さま”と何度も書いて消した跡)


 ごめんなさい。やっぱり整理できないわ。

 アデリン叔母さまは今、とても言えないような状態になってしまっているの。

 それなのにどうしてわたしたちはハワイになんて来ているのかしら。


 ああ、いえ、理由はあるのよ。

 でも何でハワイなのかしら。

 しかもこのハワイはわたしがイギリスにいるときに想像していたような南国の楽園なんかではないの。

 ハワイ諸島にはいくつも島があって、例えばマウイ島とかは有名な観光地だけど、わたしが今居る島は、名前を言ってもきっとわからないわ。


 気持ちの悪い汗が止まらない。

 便せんにシミになっていたらごめんなさいね。


 となりの部屋からアデリン叔母さまの一人言が聞こえるわ。

 この島はちゃんとした保養地でもなければ、せめて安らげる観光地ですらないの。

 みすぼらしい宿屋に、それなりの食事。

 観光地にありがちなスリだとかに遭う怖れはほぼない。

 そんなことする気も起きないくらい恐ろしいものがこの島にはある。


 ルイーザが、この島に行くって言ったのよ。

 映画館を出てすぐに。

 暴れるアデリン叔母さまを、わたしが泊まっているホテルへどうにか人目を避けて抱えて――引っ張って――行こうとしているときに――

 ルイーザも茫然自失って感じではあったけれど、自分で歩いてわたしについてきてはいたの。

 それが不意に立ち止まって「思い出した」って。

「ルルイエの場所」って。

「行かなくちゃ」って。


 ねえオリヴィア。こんなところまで来てしまったわたしは、なんて愚かなのかしら。

 だって仕方ないじゃない。

 もしもわたしが妹を放り出してアデリン叔母さまだけ連れてイギリスに帰ったとして、どんなに上手に事情を話せたとしても、パパに信じてもらうなんて不可能だわ。


 それにモードリンお祖母さま! 母方の祖母でアデリン叔母さまのお母さまね。前に書いたかしら?

 ああ、オリヴィア。わたしのこと、ひどい人だと思わないでね。こんなこと話せるのオリヴィアだけよ!

 わたし、ルイーザだけでなく、アデリン叔母さまも放り出してしまいたい――

 イギリスに帰ったらアデリン叔母さまをモードリンお祖母さまの家まで送り届けなくっちゃいけない。

 わたしの役目よ。

 叔母さま一人で帰るなんて無理だもの。

 わたしはこの状態のアデリン叔母さまをモードリンお祖母さまに会わせなくちゃならないの。

 その場に居るのが、わたし、怖い。


 もちろんクトゥルフだって怖いわよ。

 だけど怖さにはいろんな種類があって、イギリスへ帰る怖さはどれくらい怖いか想像できるけど、ハワイに居る怖さはどれほどのものなのかこうしてここに居ても見当もつかない。

 見当もつかないから、だから、もしかしたら本当はそんなに大したことないのかも? って、心が勝手に期待してしまうの。

 結局のところオリヴィア、わたしは、パパやモードリンお祖母さまに会うのを先延ばしにするためにハワイに逃げてきたのよ。


 イギリスに帰ったら、できれば最初にあなたに会いたいわ。

 それからパパやモードリンお祖母さまと話して、怒りや心配や質問やたぶん不審を雪崩のようにぶつけられたら、そのあとでまたあなたに会うの。

 わたしをなぐさめて、今までどおり友達でいてちょうだね、オリヴィア。


キャロラインより

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る