第14話 映画にまつわる手紙 4
親愛なるオリヴィアへ
映画館なんて一人で行くものじゃないなんて、クラスの子と話してたころが懐かしいわ。
サン・ジェルマンおじいちゃまを捜して歩いて、見つからなくて、歩き疲れたところにちょうど映画館があったから入ってみたの。
例の『恐怖の吸血ミイラ』を上映中で、映画の内容がルイーザやおじいちゃまを見つけるための手がかりになるかも知れないから、上映中止になる前に一度ぐらいは観ておかなくちゃって思ったのよ。
この映画、タイトルからもっとこう、全体的にミイラだらけなのかと思っていたのだけれど全然そんなのじゃなくて、お話はまず、大海原の真ん中に人工の島を造って海上都市を築くところから始まるの。
できかけの町の景色が遠くに見えて、カメラがゆっくりと近づきながら、建築は早回しで進んで。
やっと町の人の姿が見えたと思ったら――
なんとその人たち、フェブラリー・タウンに居たのと同じ、円錐形の怪物だったの!
あいつら、わたしの倍ぐらいの身長があって、だから実物に遭ったときは上のほうがあんまり見えていなかったんだけど、頭に触手みたいなものが生えていたのね。
円錐形で、身長三メートルほどで、頭から触手。
画面はモノクロだけど、なんだか妙にテカテカ? ヌラヌラ? しているの。
サン・ジェルマンおじいちゃまはあいつらのことを“大いなる種族”って呼んでいたわ。
なんでもおじいちゃまは子供のころからその種族の人? たちにお世話になってきただとかで、基本的には悪い人ではないみたいだけれど「人類とは利害が合わないこともある」らしいわ。
彼らにとって、わたしたち人間は「研究心をそそられる存在」だけど「自分たちほど賢くない」そうよ。
大いなる種族の文明が栄えていたのは、わたしたち人間が誕生するよりはるか以前の時代。
おじいちゃまはその時代にフライングで生まれてきた唯一の人間。
だけど映画の中では大いなる種族の女王さまは、人間の女性の姿をしていたの。
人間の女優が演じている、って、とりあえず思っておいてちょうだい。
わたしも最初はそう思ったの。
それだけならば、まあ、映画だし、人間が作った映画なら人間に都合よくなってるのかな、なんて思ってたのよ。
でもね、でもね! その女王さま、アトラってお名前なんだけどね!
出てきてすぐは遠目だったり後ろ姿だったりで誰だかわからなかったんだけど、重要な台詞を言うシーンでアップになったと思ったら、その顔がなんとアデリン叔母さまだったの!
わたし、思わず食べていたポップコーンを吹き出して――前の席の人に申しわけないことをしてしまったわ。
しかも話の流れからすると国の未来に関わる重大な決断を語る場面なのに「人違いだ」とか「ここから出して」とか叫ぶばかりで――
ねえオリヴィア、こういうときって普通なら“叔母さまが映画の世界に吸い込まれてしまった!”って思うものなのよね?
わたし、そこまで頭が回らなくて“叔母さまが映写室に居る!”って思い込んでしまったの。
それでわたしも映写室へ行こうとして、真っ暗な映画館を手探りでウロウロしているうちに映画の中のお話が進んで、今度はサン・ジェルマンおじいちゃまとパトリシアおばあちゃまがスクリーンに出てきたの!
ルイーザの姿じゃなくて、フェブラリー・タウンで見た幻の、新婚当初のパトリシアおばあちゃまの姿!
ええとね、大いなる種族は邪神クトゥルフと戦っていて、サン・ジェルマンおじいちゃまの役どころは女王と都を守る騎士で、女王アトラに片思い。
パトリシアおばあちゃまは魔法使いで、これまたサン・ジェルマンおじいちゃまに片思いしていて、自分がクトゥルフを倒すことで自分のほうが女王さまよりもすごいっておじいちゃまに見せつけようとしていて、そのために別の邪神であるニャルなんとか(聞き取れなかったわ)の力を手に入れようとしているの。
でもこれ、おじいちゃまに聞いた話と合わないのよね。
おじいちゃまは人間だから、知力でも魔力でも体力でも大いなる種族には遠く及ばなくて守られてばっかりだったっておっしゃってたのに、騎士になんてなれるわけないわ。
それにパトリシアおばあちゃまだって、ひいおじいちゃまがたまたま買ってきた絵のせいで呪われてしまったというだけで、もともとは十九世紀に生まれた普通の女の子のはずなのよ。
映画の続きも気になるけれど叔母さまも放っておけないしで、とにかくわたし、廊下に出て映写室へ向かったの。
そうしたら――
ごめんなさい、オリヴィア。
この手紙は、ここでいったん封をするわね。
続きはもう少し落ち着いてから書くわ。
この手紙の消印が、たぶん見慣れない地名になっている理由も、次の手紙で書くわね。
キャロラインより
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