第243話 号砲鳴りて
そんな、馬鹿な!
報告を受けて、ラッツィンガーは耳を疑った。
なんとなれば、まだ開幕直後である。
響く角笛。ときの声。しびれる手足に熱い胸。
騎士にとっては最も気が入っている場面であり、同時に、L・Jにとっては最も状態のいい場面である。
それなのに。
雄叫びひとつで多くの勇士たちが震え上がり、旧型モデルを中心とした百機を超える数のL・Jがいっせいに行動不能におちいったとは、いったいどういうことなのだ。
L・Jに関しては、光炉の暴走が原因だと言う。
しかし、こんなことを言う者ものちには現れた。
まるで、あこがれの人に会った年寄りが、心臓発作を起こしてしまったようだった、と。
「馬鹿な……」
謎はこれだけではない。どのような攻撃があったにせよ、くだんの黄金色のN・Sは、まだどれほども螺旋階段を下りていないのだ。
数千メートルの空の上で、いまもなにかを待つように大地をながめまわしている。
「この、距離で……」
「相手は魔人機。なんの不思議がありましょうか」
「コッセル」
「おそらく、あの城の中に眠っていたものでしょう。優秀なN・Sであるようです」
コッセルは単眼鏡を目からはずし、緊張感もなく、にこにことした。
「コッセル、あれの乗り手はアレサンドロ・バッジョだな。彼はなぜ、あの場を動かん」
「それはすぐに連絡がまいりましょう」
なに?
聞き返すより先に、ヘッドセットをはずして通信士が叫んだ。
「超光砲のメラク、動きます!」
『やっこさん、やっと準備をはじめたみてえだな』
『悪いね、旦那。お膳立てしてもらっちゃって』
『なあに、構わねえさ』
答えた獅子王の、鎧の上にまであふれ出した長い体毛が、ざあ、ざあ、と、波を打っている。
この、外へと身を乗り出すN・Sの王の他に、螺旋階段にいるのは三機。
それぞれがそれぞれ、取りすまして格好をつけているように見えるが、それもそのはず、これらの機体の乗り手は皆、そう見られるのが大好きだ。
『でもいまから組み立てはじめるなんて、なんか要領悪くない?』
『おお、ラーラー、それは違うな』
N・Sコウモリは悠然と腕を組み、言葉の続きは、いい男ぶって親指を胸に当てたL・J、シューティング・スターが引き取った。
『ケンベル将軍は、超光砲を組み立ててる間にそっちも準備しろって言ってんのよ。俺にね』
『フゥン』
『あの銃口が、こっちに向いた瞬間が勝負だ』
『ヘェ』
今日は男らしいじゃない。ララがほめそやすと、テリーは、でしょ、と、コクピットの中でも格好をつけた。
そして、
『さすがにこの場に立ったら、面倒な気持ちは全部消えたね』
と、憑きものの落ちたような顔になって笑った。
そう、いまさら、彼氏さんの心配でもないのである。
旦那でも大将でもコルベルカウダでもなく、
『悪いけど、こっからは自分のために引き金を引かせてもらうよ』
『ああ、もちろんそうすりゃいい』
テリーはシューティング・スターに貴族めいた一礼をさせ、そのまま、ひざ立ちの姿勢になるように操作した。
次に、
『よっと……へへへ』
背中からかつぎまわさせたのは、いままでのものとは見た目からしてまったく違う、大口径、長々銃身の黒いライフル銃だ。
今日の、この瞬間のために製作された、シューティング・スター専用の超光砲。
かつては戦車マンムートの心臓であった高輝度光石を使用したものであるが、そのマンムートはメラクによって破壊されたのだから因縁深い。
『ロック。スナイパーモード、スタンバイ』
テリーはコクピットの中で、こちらも肩づけに構えた愛銃、ラッキーストライクの銃床をなでた。
従順な猟犬のように、その木の肌は号令を待っていた。
『リンク』
スコープ越しに見るメラクはやはり巨大で、組み立て終わった超光砲の砲筒に、じりじりと射角をつけているところだった。
『ちょっと旦那。これはあれだなぁ』
『あれ?』
『あっちも威力を上げてるみたいだ』
地面を這う極太のケーブルが、大型装甲車とメラクとをつないでいる。射程か殺傷力かはわからないが、とにかく超光砲を強化しているのは間違いない。
『一応、逃げといたほうがいいんじゃないかなあ』
『なに言ってやがる、ここまで来て』
アレサンドロは鼻で笑い飛ばした。
『第一、俺は的だ。標的がいなくなっちまうわけにはいかねえじゃねえか』
『ううん、そりゃあ……まぁね』
……やれやれ。
息をはいて、テリーはあらためてラッキーストライクを握りなおした。
なにを考えてるんだか、と、他ならぬ自分自身に対して思った。
馬鹿め。自分のためにと言ったばかりじゃないか。うしろのことを気にしている場合か。
スナイパーの目は、標的を見るためだけについているのだ……。
『……将軍』
頭をぽかりとやられた記憶がよみがえる。
はき出した息が熱くなっているのがわかる。
スコープの中に、身体ごと吸いこまれていく。
オットー・ケンベルと目が合った、ような、気がした。
『ひさしぶり、将軍』
足の調子はどうだい。
超光砲なんて百年早いって、きっと、思ってるだろうね。
千五百万。これでも、ちゃあんと払ったんだよ。
まごうことなく、こいつはいままでの集大成さ。わっはっは。
……。
メラクの砲口が揺れている。
まだだ……もう少し。
筒の壁に当てたのでは意味がない。
狙いはかつてと同じ。砲筒の中心を、正確に撃ち抜かなければ意味がない。
あの揺れが止まるまで。
もう、少し。
『……おい、テリー』
『う……だ、旦那?』
『よくやったぜ』
テリーはひっくり返ったコクピットの中で、頭を振って考えた。いったいなにが起こったのだったか。
確か、メラクの砲口を狙って引き金を引いた。すると、白い光が……。
『俺、撃たれた?』
『ああ、だが見てみろよ』
薄暗いコクピットに光がさして、そこではじめてテリーは、自分が獅子王にかばわれていたのだ、ということを知った。正確に言うと、獅子王の持つ、十五メートルサイズの大盾のかげに、である。
次の瞬間、その大盾は忽然と消えてしまったが、タネを知っているテリーは驚かない。実はN・S獅子王の手のひらには肉球がついていて、それは指輪と同じ、あの鈍色の物体でできているのだ。
獅子王の寝所に陳列されていた武具防具の数々は、アレサンドロの意思ひとつで現れ、また消える。
『なにしてる。来いよ』
シューティング・スターは、おそるおそる、螺旋階段のふちからのぞきこみ、
『あ』
煙を上げているメラクを認めた。
『まあ、こっちも撃たれたがよ、あっちの超光砲は間違いなく力が落ちてた。おまえのほうが速かったって証拠だぜ』
『はぁ』
『なにさ、その反応。もっと喜べばいいのに』
サンセットⅡが、シューティング・スターの背を叩いた。
『いやぁ、なんて言うかね』
これで、終わり……?
『テリー、テリー坊や。そこで気を抜くのは早い。戦はまだはじまったばかりだ。当初の予定どおり、我々はオオカミを討ちにいく』
『あ、ああ、そうだよね、大将』
『この階段は崩す。と……いうわけで』
『飛べ!』
『うわ、うわぁ、そんな!』
テリーはもがいたが、ぽおん、シューティング・スターは抜けるような青空へと放り出されていた。
『ハ、ハ!』
突き飛ばした獅子王、高笑いしたコウモリも続く。
そして、最後に飛び出したサンセットⅡがスラスターを吹かし、
『ほぅら、あわてないの、テリー』
皆の手足をがっちりとつかんだ。
『うう、ひどい』
『生きてるでしょ、文句言わないの。あ!』
螺旋階段が、再び上層から砕けはじめた。
遠くに見える飛行戦艦オルカーン、グローリエ、ともに動く様子はない。
地上へ目を向ければ各軍の飛行型L・Jが、鍋底の細かい泡のように、空へとわき上がってくるのが見えた。
『頑張ろうね。みんな、頑張ろうね!』
『ああ、やってやる。もう、すぐそこまで来てるんだ!』
『そう熱くなるな、アレサンドロ。足もとをすくわれるぞ』
あ……。
『テリー?』
『い、いや、なんでもないよ』
テリーの胸はざわついた。
メラクの視線を感じていた。
……まだだ。
これは、まだ終わっちゃいないぞ、テリー・ロックウッド。
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