第214話 協力者たち(2)

 ディアナが去りがたそうに去り、クローゼが、すがすがしい顔をしてやってきた。

 思えばこうして顔を合わせるのは、はじめて会ったとき以来である。

 年下のクローゼは、以前、とても若々しく、ともすれば危なっかしく見えたものだったが、いまはその姿勢ひとつをとっても、将軍としての覚悟と、自信を深めつつあるのがよくわかった。

 クローゼは右手を差し伸べてきて、言った。

「また会えて、うれしい」

「ああ」

「君は変わったな。なんというか、顔つきがよくなった。いや、笑うことはない、本当だ。志願兵に君のような男がいたら、迷わず引き抜く。本当だとも」

 どうやら互いに同じような印象をいだいていたらしいと、ユウはおかしかった。

「それでユウ、実は……」

 と、不意に、クローゼの端整な顔が引き締まり、

「メッツァー・ランゴバルトという男を知っているか?」

 ユウは首を横に振った。

「ではこれは?」

 差し出されたのは、四つ折りにされた紙片である。開いてみると紋章が描かれている。

 知っている!

 と、感じるが早いか、目蓋の上を、戦慄の光景が駆けめぐった。

「ぐ、ううっ!」

 焼けた棒で、殴りつけられたようだった。

 神殿が燃えている。固く手足を折り曲げた人間が燃えている。

 ぐわんぐわんと重音が響き、そこにひづめといななきが重なって、黒い灰と、幾棹もの藍色の紋章旗が覆いかぶさってくる。

 それを割って現れた巨大な顔。

 波打つ髪を逆立たせ、黄ばんだ歯をむき出しにした狂暴な顔。

 ユウは両手を伸ばし、それをかきむしった。

 消えろ。死んでしまえと叫んだが言葉にならず、悲鳴のような音になった。

 背中が熱い。

 燃えている。

 鮮やかな血潮が指の間から噴き上がって、まるで夏の雨のように降りかかった。

 手首をつかまれて、なにか、優しいにおいを感じたところで、はっと目が覚めた。

「……クローゼ」

「うむ。悪いことをしたな。だがこれでわかった。君の仇は、メッツァー・ランゴバルトだ」

 北部領、ウスコの執政官。

 今年四十歳というから、当時は家督を継いでいなかったのだろう。地方貴族の若さまの罪は表に出にくいが、メッツァーもまた例にもれず、そうであったようだ。

「知ってのとおり、地方貴族の管理者は国ではない。だから時間がかかってしまったが……大丈夫か?」

「ああ」

「実はな、ユウ、実は……君たちがこの帝都に連行されてきたときにはもう、このことは、わかっていたのだ」

 それを伝えられなかったのは、万が一のとき、友の心に未練を残すのが忍びなかったため。

「君に謝らなければならない。私は、処刑台にいた君を救えなかった。警備のL・Jがあっただろう? あれに爆発するよう細工をしておいたのだが、なぜか上手くいかなくてな……。とにかく、すまなかった」

 ユウは、クローゼに頭を上げてくれと言った。

 謝ることはない。なによりこうしてまた会えた。仇の居所も教えてくれた。

「討ちに行くか?」

「必ず」

「無駄死にだけは無用だぞ、ユウ。一度で駄目なら、二度でも三度でもいどめばいい。死んだら負けだ。ランゴバルトの勝ちだ」

 ユウはそれに答えようと口を開いたが……そのとき、声にかぶせるようにして雷が鳴った。

 ディアナなどは飛び上がってカジャディールの腕に取りついたが、しかし、今日の好天で雷とはおかしい。これは鉄扉が開いたのである。

「動くな!」

「!」

 とっさにユウは、L・Jベッドのかげへ飛びこんでいた。動くなと言われて固まっているようでは、盗人はつとまらない。

 どやどやと押し入ってきたのは鉄機兵団、ハイゼンベルグ軍。

 ユウは影の中を奥へ奥へと移動しながら、それが五十人に満たない、一個小隊程度の小勢であることを確認した。

 あ……!

 ユウはつんのめって振り向いた。

 しくじった。

 荷物を置いてきてしまった。

 衣服はともかく武器はいる。大事な刀だ。指輪もあったかもしれない。そうだ、先ほどの岩も。

 ひとつ息をはいて気を落ち着かせ、来た道を戻ろうと、一歩踏み出したところで、騒ぎは一層大きくなった。見ると、サンセットⅡとシューティング・スターが起動して、ベッドから起き上がろうとしている。

 よし。

 ユウはうなずいた。

 とにかくまずは指輪を探そう。N・Sを運ぶために必要だ。

 L・J搬出ゲートが外からこじ開けられ、超硬質ナックルを装備した四〇〇系が数機、両腕を広げて押し入ってきた。

 戦闘開始を告げたのは、サンセットⅡの力強い踏みこみと、同時に起こったスピナーのうなりであった。

「殺すな!」

 誰かが叫んだ。

 金属のねじ切れる音が響き、先頭の四〇〇系がのけぞる。頭部をつぶされたのだ。

 クローゼと大祭主らはすでに屋外へと連れ出され、荷物はいま誰からの監視も受けずに放置されている。

 ユウは、先のL・Jが仲間ともども倒れるのを耳で捉えながら、その荷へ飛びつき、遮二無二あさった。

「あった……!」

「ユウ!」

「クジャク、これに、オオカミとコウモリを!」

「む、わかった!」

 投げよこされた指輪を見事受け止め、クジャクはきびすを返して駆け戻っていった。思うに先ほどの叫びは、このクジャクが発したものだったに違いない。

 ユウは荷物をざっと分類し、小さなものは誰のと言わずポーチへ押しこみ、さらにはそれを衣服で包んで、すそや、そでを使ってまとめ合わせた。刀だけは手に持っていくことにした。

『彼氏さん!』

 と、今度は床が揺れ、片ひざをついたシューティング・スターのコクピットハッチが、頭上で大きく口を開けた。

「ライフルある? あるならちょうだい! 弾帯も!」

 ユウが投げてやると、テリーは自分で言っておきながら、あるのか、という一種複雑な顔をしてそれを受け取った。

 そういえば、そもそもこのライフル、『ラッキーストライク』は、将軍オットー・ケンベルの持ち物だったと聞いたことがある。それが離反した弟子のためにまだ残されているとはどういうことか。

 果し状。宣戦布告……。

 テリーはなにも言わなかった。

「テリー、他の荷物も持っていけないか」

「そこにあるので全部?」

「ああ」

「ちょい待ち。ええと……ほら、シューティング・スターのうしろの腰のとこ、予備の弾丸ポーチなんだけど、弾抜かれちゃってるから入れていいよ」

「弾が?」

「ないよ。だからさっさとN・Sに乗る!」

「あ、ああ!」

「ほら、ここは俺がやるから、行った行った」


 光が走った。

 N・Sクジャクが立ち、次いで、N・Sカラスがベッドを離れる。

 大笑しつつ、なぜか準備体操をはじめた命知らずのマンタを、クジャクは巨大な手のひらで、ひょいとすくい上げた。

『テリー、おまえが連れていけ』

『俺が? いやいや、それはあれだなぁ、クーさん』

『なにがあれだ。セレンたちはララと行ったぞ』

『いやぁ、まぁ』

「我輩は走るぞ、クジャク君!」

『馬鹿を言うな。早くしろ、テリー』

『へいへい』

 コクピットシートの背もたれ裏には、人ひとりくらいならばゆうに収まるフリースペースがある。開いたハッチに押しこめられたマンタは不満げであったが、シートをよじのぼってそこへ入ろうとした。

 足場にされたテリーは散々に踏みつけられ、

『うげえ』

 と、なさけない声を出した。

 するとここで、搬出口から表へ出たままだったサンセットⅡがはかったように顔を見せ、

『ね、行こ』

 と、ケロリとして言う。その両の手がスピナーとシールドでふさがれているところを見ると、こちらに同行しているという技師ふたりも、コクピットの中にいるらしい。

 早く早くと、うながされるままに、カラス、クジャク、シューティング・スターの三機は鉄扉をくぐった。

 そこには頭部を失ったL・Jが十数機、春の光に装甲をきらめかせながら、累々と横たわっていた。

『むむ、見事!』

 とは、マンタだ。テリーが声の大きさに文句を言っている。

『まぁね、このくらい』

 などと、どうでもいい風を装いながら、ララは小鼻をぴくぴくとさせているのに違いない。

『よし、このまま行くぞ』

 クジャクが言った。

『まずは鉄機兵団の練兵場だ』

 と……。

「待った!」

 声を上げたのは、部下に追われるようにして駆けてきたクローゼであった。

「練兵場にはもういない。君たちの仲間はL・J演習場だ。君たちの戦車の中だ!」

 お下がりくださいと、ここでようやくクローゼの身体にまとわりついた騎士たちは、この言葉を聞いて、ぎょっと顔を見合わせた。

 いまなにを言った?

 情報漏洩では?

 人質となった大祭主を助けるために単身整備場へ乗りこんだ将軍をお助けせよと命じられてきたが、これはもしかすると……もしかするぞ。

 薄情な部下たちは思い思い、様々な顔を思い浮かべてにやりとした。

 たとえば、元老院議員。

 先帝の落としだねであるクローゼを国家分裂の危険因子として捉えている者はいまだに多く、中には、死罪にできるネタならば百万フォンスでも出す、などと息巻いている士もいるという。

 そして有力貴族。

 将軍の地位を得たい、もしくは我が子に与えたいと願う貴族は山のようにいる。空きをひとつ増やすためならば、こちらもまたネタを買うだろう。

 さらにクローゼは、他にも多くうらみを買っている。うらみと言えば大げさだが、なんといってもこの男、女性に人気があるのである。

 サロンにおけるハイゼンベルグ将軍といえば、まさに太陽。まさに花。

 未婚の娘のみならず、若妻や、婚約者のある良家の子女までが、おかぼれしてしまうため、当然そのパートナーは面白くない。

 しかも、クローゼの悪評などを聞かせても、なおさら、むきになって恋い慕おうとするので、やはりこちらもおとしめるネタを探しているというわけだ。

 クローゼの部下たちが、しめた、と思ったのは、まずこうしたわけだが、しかしその金勘定はすぐに無駄になってしまった。

 いま上がった、どの名士にも勝る権力が、クローゼにはついていたのであった。

「これ」

「あ!」

 部下たちは飛びのき、頭をたれた。

 カジャディールとディアナ、ふたりの大祭主だ。

 じろりと鋼の矢のような眼光で射抜かれて、騎士たちは震えおののいた。

 まだ大声で叱責されたほうがましだっただろう。

「ゆけ」

 カジャディールは、罪人の乗ったL・J、N・Sへ向けて朗々と言った。

 まるで、手のひらの鳥を空へ帰すように。

「ゆけ。そなたらの仲間は演習場。ここにはもう用はあるまいが」

 これが別れの挨拶となった。

 西へと飛び去る、よっつの巨影を目で追って、カジャディールとディアナは、それぞれ長く祈りを捧げた。

「さて……許されよ、ハイゼンベルグ将軍」

「は……?」

「やつらに演習場の情報を与えるとは、このカジャディール、一生の不覚」

 目を丸くしたディアナが、ぷっと吹き出し、クローゼが反省した面持ちで頭を下げても、死人のような顔色をした騎士たちは、ぽかんとしたままだった。

 事実、この情報漏洩事件は本人の告白によりカジャディールの罪となり、クローゼはレッドアンバーを逃がしたとはいえ、不問にふされたのであった。

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