第138話 武闘遊技

「これ?」

「ああ。うちで一番性能のいいやつだ」

「趣味悪ぅ……こんなのでちゃんと動くわけ?」

「当たり前だ、俺だって死にたくない。さ、早く乗れよ。武器はそのへんのを適当に取れ。許す」

 ベラベラとまくし立てたジョッシュは、その、胸にふくらみまで持たせた女性型L・Jへ、ララを押しやった。

 どうやらもとは、サリエリ機アルコルと同型の一〇〇〇系L・Jであるらしいが、鉄板で金髪らしきものを演出し、腰には、宮廷で貴族令嬢が着るようなスカートを巻いている。シルエットがプリンに似ているため、ララがひそかに『プリンスカート』と呼んでいる、布地の裏に骨が入ったあれだ。

 もちろんL・J用のために骨はなく、こちらも、可動域を確保できるよう細かく分割された鉄板で組まれている。

 では、このような、とても実用的とは言いがたいL・Jをどのように使用するのかというと、ララと同年代の少女を乗せるのだ。

 そして見た目だけでなく、ダメージを受けた際の、生身の叫びやうめき、罵り声までもを楽しもうという、とにかく趣味の悪い用途に当てられるのである。

「最近はこういうのが流行りなんだ。戦が遠のいて、ただL・Jがやり合うだけじゃつまらないってんでな」

「……ふぅん」

「コクピットを狙うのも禁止」

「え……」

「おまえみたいなガキが二束三文で手に入った時代とは違うんだよ。殺しちゃ出費がかさむ、一から育てるのも面倒だろ? ま、こいつはもちろん、観客たちには秘密だけどな」

「……」

「あああ、やばい。いいから早く乗れ! 乗れよ!」

 ララは、あれよあれよという間に昇降機へ乗せられ、そのコクピットに押しこめられていた。

 改造L・J『アロニカ・Ⅰ』。

 なんの操作もしていないというのにハッチが閉まり、それは、起動した。


「お、また来たぞ!」

 ララを迎えた観客たちの盛り上がりは、いまや、最高潮に達していた。

 突如乱入した水色のL・Jによって、先に対戦中であった二機がことごとく倒された。それだけでも面白い。

 そこにまた挑戦者が現れた。女だ。

 満場の殺せコール。

「ララ……!」

 コクピットのララは、ふと、ユウに呼ばれた気がして顔を上げた。

「……ユウ」

 切なかった。

 この会場の空気は、自分が『レッドデビル』などともてはやされていたころと、なんら変わらない。

 しかし、当時はどちらかが死ぬまで、などというルールが日常のように適用されていたものだ。

 もちろん、それのないいまをうらやんでいるのではない。

 いまの連中は苦労をしていないと、愚にもつかない先輩風を吹かせたいわけでもない。

 ただ、自分のしてきたこと、そして、それをユウに見せまいと今日流した涙は、いったいなんだったのか。

 それを思うと、心に穴が開いたようになった。

 気づくと目の前に、シュナイデのナーデルバウムが立っていた。

『ウ……ア、ア……』

『?』

 なんだろう。以前のシュナイデとは様子が違う。

 マイクを通して聞こえるのは、荒い呼吸とうめき声。

 棒立ち、という印象だったナーデルバウムも、どこか獣じみた様子で背を丸めている。

『ちょっと……』

『……ョー……』

『え、なに?』

『ジョー……ジョー……ブレイカー』

『ジョー?』

『ジョー、ブレイカーを……ア、あ、アア!』

 一歩二歩、先のとがった足でよろめいたナーデルバウムの腕が、大きく遠心力をつけて、アロニカ・Ⅰをなぎ払った。

「やった!」

 観客のひとりが声を上げたが、気落ちしていようとララはララだ。まさか、こんなものでどうにかなるはずもない。

 アロニカ・Ⅰは片足を軸にくるりと回転したかと思うと、まったく危なげなく間合いをはずしている。

 スカート、いや、腰の鉄板がひるがえり、大歓声が上がった。

『ジョーブレイカーは……敵!』

『……』

『あ、あぁ、敵……敵!』

 ララはここにきて、むらむらとわき起こる怒りをどうすることもできなくなった。

 そうだ、こんなことがあるか。

 今日は人生最高の日になるはずだった。

 それをジョッシュがぶち壊し、変態がぶち壊し、シュナイデがぶち壊した。

 おまけに、シュナイデの狙いはジョーブレイカー。いいとばっちりだ。

『なにさ、なにさなにさ!』

『ジョー、ブレイカー!』

『うるさいっての!』

 得物を握りしめたアロニカ・Ⅰの両腕が、ものすさまじい風鳴りを立てて振り抜かれた。

 激しい衝撃音。

 それをまともに受けてしまったナーデルバウムの機体が、くの字に折れ曲がる。

 そして、

『あ、あ、あ?』

 アロニカ・Ⅰもまた、武器の重さに耐えきれず、振りまわされる形で体勢を崩してしまった。

『ちょ、なんで!』

 ……実はこのときまで、ララは自分の武器がどのようなものか知らなかったのだ。

 アロニカ・Ⅰの武器、というより、切なさに心を奪われ、ぼんやりとしていた自分が知らず知らずのうちに選び取っていた武器。

 それは、バネの反動で杭を打ちこむ『パイルクラッシャー』。力に欠けるL・Jでも、一撃で敵を葬り去ることができる必殺兵器であった。

 しかし、その最大の欠点とも言えるのが重量で、サンセットⅡならばまだしも、アロニカ・Ⅰではどうしても両手持ちになってしまう。

『く……ううう、上ッ等ぉぉッ!』

 ララは気合一声、アロニカ・Ⅰを踏みとどまらせると、L・Jでも丸太をかかえているかのように見えるそれを抱きなおし、装填ハンドルを、ガチン、と引いた。

 こんなハンデも、昔は星の数ほど経験した。

 そして、そのたびに勝ってきた。

『どいつもこいつも、なめんじゃないっての!』

 闘技場は、この日一番の歓声に包まれた。

『ウ、ウウ、ウ……』

 闘技場の端まで飛ばされたナーデルバウムが、生まれたての子馬のように、四肢を立てて立ち上がる。

 そしてにらみ合うこと、数秒……。

『あ、ああ、ア、ア、アアアッ!』

 ナーデルバウムが叫ぶ。

『あああああッ!』

 ララもまた、雄たけびを上げた。

 普段の戦闘では滅多に上げることはないが、シュナイデのそれに押しかぶせ、自分でも驚くほどの声が出た。

 足先の刃をきらめかせ、スライディング同然に飛びこんできたナーデルバウム。

 アロニカ・Ⅰはその延長線上に自ら居場所を定め、腰を落としてトリガーを引く。

 なんとも形容しがたい音は、バネによって打ち出された杭がナーデルバウムを貫いたそれではない。ただの発射音だ。

 その先端は、早くも危険を悟ったナーデルバウムの足もとを抜け、なにもない空間を突いている。

 ナーデルバウムは、アロニカ・Ⅰの頭上を飛び越えていた。

『フン』

 こんなものは、たいした芸当ではない。

 それなりの機体に乗れば自分でもできるであろうし、ギュンターやN・Sでも可能なはずだ。

 たとえ、そこから流れるように攻撃へ転じたとしても、

『見え見え!』

 ララは、すかさずパイルクラッシャーの先端を地面に突き立て、砲身そのものを盾とした。

 実はここに、ララの計算がある。

 無意識の計算だ。

 これならば地面で支えている分、振りかぶって攻撃を弾くよりも、はるかにアロニカ・Ⅰへの負担が少ない。さらには、パイルクラッシャー自身の重みを杭にかけることで、それを引き戻す作業、いわゆる再装填までも容易におこなうことができるのである。

 数撃を受ける間にもパイルクラッシャーは装填完了し、アロニカ・Ⅰは砲身を蹴り上げて、ナーデルバウムに砲口を向けた。

 ナーデルバウムは華麗にバック転を決め、その射程から逃れた。

「すげぇ!」

「こんなの見たことない!」

 観客は大喜びである。

「俺はアロニカに賭けるぜ!」

「青いほうだ! 青いほうに五百!」

 と、すぐさま、天井にぶら下がる掲示板にオッズが表示される。

 倍率は、『青いL・J』ナーデルバウムがやや高い。つまり、アロニカ・Ⅰのほうが人気があるということだ。

「……心配するな。俺たちの賭けに、オッズは関係ない」

 そう耳もとでささやいたバングは、手すりから身を乗り出して勝負の行方を見守るユウの肩を、ゆっくりとなでまわした。

「別に、そんなことは心配してない」

「ハァン」

「取り分がどうなろうと、きっとララが勝つ」

「……おまえは、そんなところまで、あいつそっくりだ」

「……」

「やけるな」

「放してくれ」

 ユウは、首の噛み跡へ伸びかけた指を、あえて強く振り払った。

「……ハァン、スウィーティ、見ろ」

「え?」

「これは、決まるな」

 見ると、場内のボルテージも、ちょうど跳ね上がったところである。

 滅多やたらに、なんの計算もなく暴れまわるシュナイデ。それを持てあましはじめたララが、闘技場の端へと追い詰められたのだ。

 野生の猛獣相手では、どのような剣の達人でも苦戦する。まさに、そのような状況と言っていいだろう。

 それでもララは、ただのL・J乗りではない。

『天才』L・J乗りだ。

 ジョーブレイカーの名を口走りつつ、幾万もの敵と戦っているかのような狂態を示すシュナイデの好きにさせておきながら、ここぞという瞬間を待っていた。

『あ、ああ……ッ!』

『え?』

 ……おそらく観客のほとんどは、ララがなにかをしたのだと思っただろう。

 だが違う。

 ナーデルバウムは諸手を振りかぶり、それをアロニカ・Ⅰの頭上へ振り下ろさんとしたかと思うと、突如小さく声を上げ、勝手にのけぞったのだ。

 あれ、と思ったが、これしきのことで手を止めてやるほど、いまのララは甘くない。

『フン、バッカ!』

 杭の先を、よろめいたナーデルバウムのコクピットへ押し当てた。

『命令……受信、できません』

 と、苦しそうにつぶやかれたその声が、歓声によってドラを打ち鳴らしたようになっている闘技場内で、いったい誰の耳に届いただろうか。

『さよなら!』

 ララの指が、躊躇なくトリガーを引いた。

 そのときである。

 いや、正確には、ララがトリガーを引く数秒前のことだ。

 それこそ誰の目にも止まらぬ速度で、丸天井近くにある整備用の足場から降下してきた人影が、杭の先とナーデルバウムの間に、身体を差しはさんできた。

『ジョー!』

 ここで、たとえわずかにせよ、すでに打ち出されつつあった杭を上方へ傾けられたのは、乗り手がララであればこそだ。

 パイルクラッシャーに比べれば、ジョーブレイカーなど砂粒も同然。直撃すればどのようなことになるかなど、火を見るより明らかだろう。

 激しい火花を上げた杭の先は、装甲板をえぐりながらもコクピットハッチを避け、ナーデルバウムの首を跳ね飛ばした。

 ……『勝者、アロニカ・Ⅰ』。

 電光表示が輝くと、悲喜こもごもの叫びが、場内を揺るがした。

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