第128話 行くと決めたなら
種明かしをすると、こうだ。
ハサンが作戦の変更を伝えたあと、マンムートは確かに、山へもぐった。
しかし、二号車まで完全に中へ収まったところで停車し、バルーンを展開したまま息をひそめたのだ。
と同時に、スピナーを持つサンセットⅡを先頭として、N・Sカラス、クジャクの三体が、地中から敵陣深くまで進軍する。
その振動と出現に惑わされて敵の罠が発動したところで、マンムートがもとの穴から姿を現した……と、こういうことであった。
先行した三機は雪崩を避けられようもなかったが、体勢を崩されたのはほんの束の間。先ほどサリエリが風と誤認したのは、雪の中から放たれた、クジャクの念動チャクラムだったのである。
先に陣を張りながら、わざわざ不利な地形を選ぶ不自然さ。守るべき将軍を本部から出させる奇妙で見えすいた挑発。
「実戦不足だ。策におぼれたな、小僧」
猛然と突き進むマンムートのブリッジで、ハサンは、にやりとほくそ笑んだ。
「前方、N・Sクジャク、カラス、サンセットⅡの離脱を確認しました!」
「ジョー君からは!」
「連絡なしです!」
「よし、予定どおりだ。このまま突っこめ!」
「全速前進、了解」
常に低体温と言えるセレンの、とてもそうは見えない力強い操艦によって、鋼鉄の巨大戦車はさらに速度を増していく。
L・Jを追い散らし、コマンド・カーゴを弾き飛ばし。マンムートが向かうのは雪山の中心、それでも多くのL・Jが集まっている、かつての鉄機兵団本陣だ。
その勢いたるや、まるで戦艦の大口径砲弾。
『全軍撤退! 退避だ!』
クローゼが声を張り上げた。
『退避! 退避! 退避せよ!』
……と。
『おい、サリエリ、サリエリはどうした!』
『サリエリ? ……あ、まずいぞ、ギュンター、あそこにいる!』
『あっ!』
サリエリのアルコルは、いまだにマンムートの進路上で横たわっている。クジャクのチャクラムはその腕のみならず、その後、右足をも奪っていたのである。
『先にお逃げください、ギュンター様』
『なに格好つけてやがる、このボケ! ……うっ、わ!』
火炎のミザールのすぐかたわらを、轟音けたたましくマンムートが通過していった。
サリエリは、万が一のときは死に様を見せることなく逝きたかったので、ここで自ら通信を切った。
……まったく、なんという体たらくだ。
作戦に予想外はつきもの。こうなるのならば、自機を空中戦対応機から選んでおくのだった。
そんな紋章官らしからぬ発想が頭をよぎり、サリエリは苦笑いする。
だが、この男は決して、生きることをあきらめたわけではない。まだ手はあると考えている。
そう、せまり来るマンムートの腹の下へもぐり、やりすごすのだ。
どうにか、あと二十メートル。いや、十五メートル向こうへ行けば、キャタピラを回避できる。
間に合え。
サリエリはひどく緩慢にも見える動作で、しかし教本に乗るほど正確に、アルコルに残された四肢をあやつっていった。
『サリエリ!』
『……バレンタイン? なにをしている、クローゼ様のもとへ戻らないか!』
『いいから来い!』
『馬鹿な!』
アルコルのそばへ降り立ったバレンタインのシュッツェンシルトは、細身のアルコルを軽々とかかえ上げた。
そうして二機が飛び立った、直後。
あわや、その足の下をマンムートの双角がかすめ、
『うっ!』
避けきれなかった上部装甲版の一部に、シュッツェンシルトの足が接触した。
きりもみしながら跳ね飛ばされる二機。
しかし、機動力重視の一〇〇〇系と違い、頑丈さに定評のある五〇〇系シュッツェンシルトだ。すぐに体勢を立てなおし、アルコルとともに岩壁へ取りつく。
マンムートはそのまま山の斜面へと突入し、魔獣の襲来とも思える被害と余韻を残して、姿を消した。
『……君の言うとおりだったな、バレンタイン。相手の出かたに依存する策など、策として不適当だ』
『いや……。今回はどうも、相手が悪すぎたような気がしてならない』
『彼らも紋章官を得たな』
『ああ』
『だが……真に賢い相手か?』
サリエリがメインモニター越しに見上げる空には、青を背景に、N・Sカラス、クジャク、サンセットⅡが浮かんでいた……。
『クジャクは、その人を連れて先に行ってくれ』
ユウは言った。
その人とは、一〇〇系L・Jの左腕ごとクジャクの腕に納まった魔人、マンタのことである。
どうもその魔人はカラスから発せられた声が男のものであることに驚いたらしく、立派なひげをもぐもぐとさせている。
『俺たちは、もう少し足止めをしていく』
『……わかった。無理はするな』
『ああ』
『まっかせて!』
クジャクは美麗な尾羽を振り、念動チャクラムを引き連れて、マンムートとの連絡場所へと飛び去っていった。
『ケッ、なァにが、まっかせて! だ。そいつぁつまり、この俺をぶっ殺していくってこった。わかってんだろうな』
『ギュンター様』
シュッツェンシルトに抱きかかえられたアルコルから、サリエリが一応の制止に入った。
だが、アルコルは誰の目から見ても戦闘の継続困難であり、
『死にぞこないは黙ってろ』
ギュンターは、いつもの仕返しとばかりにその言葉を一蹴する。
ただ、口では悪態をつきながらもギュンターはサリエリの無事を喜んでいるようであり、サリエリもこの状況を冷静に理解できていたがゆえに、ここは、サリエリのほうからいさぎよく引き下がった。
そもそも、ララが現れた際には戦闘もやむなし。そう暗黙のうちに了承したのは、サリエリ自身なのである。
『で、どうすんだ? やんのか、やらねぇのか!』
『そ、それはもちろん……』
問われたサンセットⅡは、カラスを見た。
眼下に居並んだ四機の将軍機、紋章官機。
カラスはミザールを、そして、フェグダを見ていた。
『……ララ』
『な、なに?』
『あいつ、まかせてもいいか?』
『も、もっちろん! あんなの一発だっての』
ララは、ユウの言葉や態度に『らしくなさ』を感じながらも、コクピットの中で胸を張ってみせた。
猪突猛進が売りのララだが、そこはやはり、勝手な真似をして嫌われたくない恋心が、戦闘意欲にある程度の歯止めをかけるようになってきている。
それが許された、いや、頼られたとなれば、もう天にものぼる気持ちというやつだ。
『まっかせて! もう笑えるぐらいボッコボコにしてやるから』
ララは、ときめきと興奮とで鼻息を荒くした。
もちろん、自分の強みを全面的に強化したサンセットⅡならばできる、その自信は十二分にあった。
さて……。
そうなると、ユウの相手はおのずと決まったようなものだが、
『カール・クローゼ・ハイゼンベルグ。あなたは彼と戦えますか』
突如投げかけられたモチの声に、ユウはどきりとした。
なんとなればその言葉は、ユウの煮え切らない心の内を、的確に言い当てていたのである。
そうだ。
戦えるのか、クローゼと。
背中を押してくれた、友人と。
『……ああ。それが、約束だから』
ユウは、迷いを振り切るように、それだけ答えた。
背を向けて逃げることもできたが、友だからこそ、卑怯者と罵られたくはなかった。
戦場にあっては正々堂々、剣をまじえると誓い合ったのだ。
『……わかりました。彼もまた同じ心であることを祈りましょう。ララ、絶対に無理はしないように』
『わかってるって。生きて帰ること、でしょ?』
ララは一切の躊躇なくフットペダルを踏みこむと、百メートルほど空を走り、そのまますべるように着地した。
モチは、ホウ、と小さくため息をはき、
『行きましょう』
と、フェグダのもとへと向かった。
当然ユウが来るものと信じ、待っているクローゼのもとへ。
『閣下』
『うむ。アルバートは、サリエリと軍をまとめてくれ。準備ができ次第、戦車の追跡をおこなうように』
『しかし……!』
『心配ない。ここは私が食い止める。サリエリもそれで構わないな?』
『は……ギュンター様を、お願いいたします』
『ハハ、私のほうが助けを求めることになるかもしれない。……さあ、行ってくれ』
『ご武運を』
アルコルをかついだシュッツェンシルトが、カラスと入れ違いに飛んでいく。
そうして一対一で対峙したカラスとフェグダ、いや、ユウとクローゼは、しばし数十メートルをへだてて、無言で見つめ合った。
ユウにとってそれは敵ではなく、やはり、友だった。
『ひさしぶりだな、ユウ』
『……ああ』
『まさか、こんなにも早く、君と戦う日が来るとは思わなかった』
言うクローゼの声が、心なしか弾んでいる。
『……どうして』
『うん?』
『どうして、そんなふうに笑えるんだ。俺はまだ、準備ができてない。本当は……』
戦いたくなどないのだ。
騎士の世界のことなど知らない。男の面子などくそくらえだ。
とにかく、自分はクローゼとは戦えない。いまこそ、それがわかった。
『戦いたくない……!』
『ユウ……』
フェグダの外部スピーカーから、クローゼの、うれしげでありながら、なんとも言えない困惑を含んだ声が返ってきた。
『それでも私は、君と戦う』
『クローゼ!』
『いや、君がなんと言おうと、私が君を捕らえる。そうすれば、陛下の下されるご処分に、いくらかなりと物申すことができるはずだ。君の仇討ちにも、あるいは直接協力できるかもしれない』
『……ッ』
『だが、それでもまだ、君の心がN・Sを捨てられないと言うのなら……あらがってくれ。私を斬りふせて、先へ行ってくれ!』
驚くユウの目の前で、人馬一体のフェグダが、雄々しく後脚で立ち上がった。
その神々しさ。思わず胸が熱くなる。
『私は退かない。君も退くな!』
『クローゼ……!』
ユウはついに、太刀を抜いた。
クローゼの言うとおりだ。これでもまだ逃げたいなどと思うなら、自分は心底腐りはてた、最低の卑怯者だ。
『行くぞ、ユウ! いざ尋常に、勝負!』
『ああ!』
ともに間合いを詰めたカラスとフェグダが真っ向から激突し、白い雷が天空高く立ち上がる。
それは、すでに遠い空にあるクジャクの目にも、まばゆい光となって映りこんだ。
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