第110話 針の木

『なにあれ』

 ララの第一印象はそれだった。

 吹きつける風雪の向こうに見えた機体はアイスブルー。それがなんとも奇妙な形をしている。

 上背、四肢のつきかたなどは尋常なのだが、その手足の先が、刃のように平たくとがっているのである。

 つまり、歩く際なども地面を突き刺すように歩く。指がないため作業性も悪そうだ。

『セレン、見えてる?』

『ああ、随分シンプルだね。バーニアも少ない』

 セレンは特別顔色を変えなかったが、興味半分、失望半分といった様子で眉を上げた。

『どこの研究所か聞いてみて』

『え、相手に? うっそ!』

『答えなければそれでもいいから』

『う、うん、オッケイ』

 ララは、サクサクと雪を踏みしめ近づいてくるL・Jに向け、声を張り上げた。

『あんた、どこのやつ!』

『……』

『……ノーコメントだって』

『ふうん、じゃあいい』

 セレンは手を振った。

 すると……。

『スダレフ研、シュナイデです』

『う、うっそ!』

 シュナイデが答えた。素直なことである。

 まさか、相手が素直に名乗るとは思ってもいなかっただけにララは驚いたが、それが、あのロマンティックな夜の襲撃者とわかり、

『なにさ、またあたしをやりにきたってわけ?』

『……』

『いい度胸じゃない』

 強気に、フンと鼻を鳴らした。

 このとき、両者の距離は、およそ五十メートル。

 互いに飛びこめば、まばたきする間に詰められる距離である。

 いつ相手が飛び出してくるかとジリジリとするサンセットⅡと、構えも取らず、まるでカカシのように立つ、シュナイデの『ナーデルバウム』。

 折からの雪をかぶり、さも重そうに頭をたれていた樹上から、ひとかたまりの雪が、どさりと落ちた。

 次の瞬間。

 ナーデルバウムの右腕と、サンセットⅡのシールドが噛み合った。

 場所は、先ほどまでナーデルバウムがいた位置に近い。機動力はサンセットⅡが勝っているということか。

 シールドを返しつつ刃を払ったスピナーが、後頭部の張り出したナーデルバウムの頭部を狙って突き出されたが、ナーデルバウムはバック転でそれをかわす。蹴り上げた足先の刃がサンセットの胸もとをかすめ、二機は再び、距離を取った。

『……ふぅん』

 ララは二、三度、操縦桿を握りなおした。

『ララ?』

『うん、ちょっと軽いかも』

 ある程度の調整はすませてきたとはいえ、戦時と平時では、感覚・反応・筋力の働きに大きな違いが生じる。たとえそのあたりの量産L・Jであっても、乗り手は幾度かの試運転をこなし、自分に合わせて種々の微調整を重ねていくものなのである。

 そういう意味でサンセットⅡは、まさにジャジャ馬そのものだった。

『セレン、いま、コンピュータ室?』

『そうだよ』

『そっちから見て、どう?』

『……数字は悪くない。スラスターを上手く使って』

『アハッ、要するに慣れってわけね』

『いや、腕だよ。ララの腕』

『上ッ等』

 ララは結わえた髪を払い上げ、その手でつまみ出した飴の包み紙を、歯で引き破った。

『イチゴ』

『……なに?』

『ううん、ついてるって話!』


 そのとき、再びシュナイデが動いた。

 先ほどの斬り合いで見えたバーニアは、背に一基のみ。それも使わず、走って間を詰めてくる。

 手にした飴を歯にはさんだララは、

『……フン』

 サンセットⅡを、押し出した。

 両機の足にえぐられた雪が塊のまま宙を舞い、ふたつのL・Jが真正面からぶつかり合う。

 大きく振りかぶった一刀が叩きつけられんとした、その瞬間。身を突き入れるようにして懐へ飛びこんだサンセットⅡは、そのままくるりと回転してナーデルバウムの背後へすり抜けた。

 シュナイデは、すかさずまわし蹴りを放ったが、すでに、サンセットⅡの姿はどこにもない。ナーデルバウムの頭上を飛び越えている。

『アッハ!』

 サンセットⅡは華麗に宙返りしてみせ、着地した。

 実はここまで、ララは独立可動スラスターとテイルバインダーの働きのみで立ちまわっている。足底を雪面につけなかったのだ。

 先ほどまで感じていたグリップの軽さも、

『なあんだ』

 と、思えるほどに、感覚とマッチできている。

 特に才能を見せつけてやる、と意気込んだわけでもないのに、こうもたやすくジャジャ馬の手綱を取れてしまうことが、ララには愉快でたまらなかった。

『ウ、フフフ、あたしって、やっぱり天才じゃない?』

『……』

『なんとか言いな、って、の!』

 ララは、コマのように回転しながら攻撃を仕掛けてくるナーデルバウムの腕を弾き上げ、がら空きとなった胸部へと、スピナーを突き出した。


 そこでひと声うなったのは、コマンド・カーゴのスダレフである。

 椅子から身を乗り出し、こぼれ落ちんばかりにむき出された目玉をモニターにそそぎながら、

「フム、フム……」

 しきりに、変色した爪を噛んでいる。

『シュナイデ』

『……はい、博士』

 シュナイデは、ややしばらくの間をおいて応答した。

『動け』

『……』

 おそらく、いつもするように、コクピットの中で首をかしげているのだろう。シュナイデは答えない。

『動け。わしの言うとおりに動け』

『はい、博士』

『そしてな、やはり、ララ・シュトラウスは殺すな。ヒ、ヒ、ヒヒヒ……』


『あ! この!』

 ララは、突如身を返して走りはじめたナーデルバウムのあとを追うべく、フットペダルを踏みこんだ。

 サンセットⅡならば、もののひと呼吸で追いつけたはずだが、そこはそれ、ララの悪い癖だ。優越感からくる慢心で、真剣に捕まえようとはしない。ともすれば風雪にまぎれ見えなくなってしまいそうな淡色のナーデルバウムは、刃の腕をぴんと伸ばした格好で、マンムートの鼻先を堂々と駆け抜けていく。

『どこまで逃げようっての?』

『あ、ララさん! そっちは……!』

『え? ……あッ!』

 サンセットⅡは、なにかにけつまづいて転びかけた。

『な、にさ!』

 と、手をついて体勢を立てなおすと……そこは。

『……うっそ』

 十数軒の民家と神殿。小屋を蹴り飛ばされ、たてがみを振りたてて駆けていく数頭の馬。

 なんと、先ほどマンムートから確認した、あの、小さな山村の只中だったのである。

『あ、ん、た……ァ』

 ララは下目蓋を引きつらせながら、神殿のすぐそばに立つナーデルバウムをにらみつけた。

 こんなことってあり?

 赤く光るモノアイが、ララをあざ笑うかのように動きまわった。

『バカにして!』

『ララ』

 カッとなるララをいさめるように、セレンから通信が入った。

『ララ、マンムートのそばまで戻ったほうがいい』

『イヤ!』

 都合が悪いからといって、背を向けて逃げることなどできない。それは負けだ。

『そこじゃスラスターは使えないよ』

『わかってる。使わないであいつをぶっ飛ばせばいいんでしょ』

『まあ、ね……』

『黙って見てて!』

 言ったそばから、ナーデルバウムが背にしていた月女神の神殿が、スピナーの一撃で屋根を吹き飛ばされた。

『……』

『文句ならあいつに言ってよ!』

『なにも言ってないだろ?』

 幸い純白の布をかかげたその建物は石造りであったため、それでも形を保って建ち続けたが、中から数人の神官・神徒が駆け出てくる。

 他にも、ただならぬ物音に驚き、家から顔を出した村人が数人、

『ジャマ!』

 ララに言われ、固く戸口を閉じた。

『もぉ!』

 ララとしては、どこか遠くへ行けと言いたかったのだが、こうなれば戦いが終わるまで、誰ひとり外へ出ようとはしないだろう。内だろうと外だろうと、L・Jの戦闘に巻きこまれれれば同じことだというのにだ。

 おまけに神官はどこへも行こうとせず、吹雪の中を、まだ天を仰いだり、祈ったりしている。

『……バカ!』

 ララは操縦桿を繰りながら、心底、もう知るかと思った。

『あんたもあんた! いっつも卑怯なことばっかりしてさ!』

『……』

『ズルッ子! 卑怯者!』

『……』

『だから、なんとか言えっての!』

 サンセットⅡとナーデルバウムは、会話……というよりは、ララの一方的な罵りの中でも、互いに武器を振り続け、装甲を削り合った。

 紙に包まれた繊細な飴細工を握ったままでするような、そんな神経をすり減らす戦いだったが、ララはよく辛抱した。他の家々には傷ひとつつけなかった。

 そして、叩きつけるように振り下ろされたナーデルバウムの両腕をシールドで弾き上げたとき、

『あっ……!』

 ララは、はっとした。

 いいだけかき混ぜられ、踏み固められた雪の地面。

 足を取られたナーデルバウムが、ぐらりとかしいだ機体を立てなおすため、地に腕を刺そうとした、まさにその場所に、あの神官がいたのである。

「あ、ああ……!」

 と、身をすくませた神官は、逃げることも祈ることも忘れ、ただ茫然と、巨大な刃が頭上に降ってくるのを待っている。

『バカ!』

 ララは、それがどういう結果を生むか知りながら、スピナーの腹で、思い切りナーデルバウムのわき腹を打った。

 細身のナーデルバウムは勢いで吹き飛び、想像どおり、住宅ひと棟の上へ覆いかぶさるように倒れた。

『く……ぅ』

 やってしまった瞬間だった。

 ひとつの馬鹿な命を救うために、ひとつの家をつぶした。そこに何人いたかもわからない家をだ。

 自分のせいではないと思いながらも、ララは奥歯を噛みしめざるを得ない。

 と……。

 どこか、ギアを傷めたような音。ナーデルバウムが、妙な格好で身を起こした。

 妙というのは、そのままの意味だ。まるで腕立てふせでもするように、地に刺した両腕に力をこめて、ひざを支点に起き上がる……。

『えっ……!』

 ララは目を疑った。

 なんと、つぶされたはずの家が、そのままの形で残っているではないか。

 切妻屋根に積もった雪には、丸みを帯びた胸部装甲を押しつけた跡が残っていたが、少なくとも倒壊の心配はなさそうだ。

『なんで?』

 やはり、シュナイデは答えない。

『……フン、いまさらいい人ぶってさ』

 ララはマイクに拾われないよう、静かに、安堵のため息をついた。

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