第79話 光の花
枝分かれする道を、ミミズのじいさんを先頭に進む。
坑道は徐々に細くなり、窓のすぐそばを通りすぎていく壁面のそこここには、質は悪いながらも、可視レベルの光を放つ光石の結晶が見られるようになった。
「……きれいだね」
と、つぶやいたララの横には、ベッドに眠るユウと、羽づくろいに精を出すモチ。
ふたりのために医務室の照明を落としていることが、この蛍の群にも銀河のまたたきにも似た幻想的な光景を見るのに好都合だった。
「あーあ、でもなんで、こんなゆっくり進んでんだろ」
ブリッジからの連絡はない。
「アレサンドロもいることです。なにか考えあってのことでしょう」
「それは、わかってるけどさ……」
ララは窓の外をながめるのをやめ、淡い光に照らされたユウの横顔を見やった。
汗の引いた額には薄く脂が浮き、眉間には深いしわが刻まれている。
せめてそれだけでも消せないものかと、そっと伸ばした手をやると、
「ッ!」
ユウの目が開いた。
「あ、ご、ごめん……」
「……ここは? あれからどうなった!」
「心配ありません。すべて、事は順調です」
「……そうか」
大きく息をはいたユウは、起こした身体を再びベッドに沈ませた。
……よかった。
額と胸にふれる。
「……感謝します」
そこで、右足の痛みが、ぶり返してきた。
「……痛ッ……ぅ……!」
疼痛だ。
締めつけられるような、それでいて、動かさずにはおれない痛み。
N・Sを降りたとき、腿から下が、氷のように冷たくなっていたことだけは覚えている。
いまふれると、温かい。
ほっとした。
「痛みは徐々に消えるそうです」
「ああ……。モチは、大丈夫なのか?」
「そのことです。私は、あなたに謝らなければなりません」
「え……?」
「私は……すぐに気を失ってしまった」
だから、その分、痛みが残らずにすんだ。先に逃げてしまった。モチは、そう感じているらしい。
「……いいさ。俺が悪いんだ」
ユウは腕を伸ばし、その腹をなでてやった。
「あの、あたしも……ごめん」
おずおずと、ララも手を上げた。
「でも別に、ユウに怪我させるつもりなんかなくて……将軍来てたし……あたし、ちまちましたの嫌いだし……」
マリア・レオーネへの単身特攻のことを言っているのだろうが、人差し指を突き合わせながら、十分、ちまちました言い訳をする。
ユウは出かかった笑いを噛み殺し、
「……駄目だ」
わざと冷たく言い放った。
「どうせ、また同じことをするんだろ」
「う……し、しない……と思う……かな」
「どっちだ」
「たぶん……する」
ユウとモチは顔を見合わせ、吹き出した。
「ホ、ホウ」
「ハ、ハハ。なら、いいさ」
あのときは、ララの勝手な振る舞いに腹も立ったが、もうどうでもよくなってしまった。
三つ子の魂のたとえもある。いま思えば、猪突猛進はララの長所でもあるのだ。慎重で臆病なララなど、かえって気持ちが悪い。
「しかしララ、これだけは覚えておいてください」
「う、うん……?」
「我々はチームです。チームとは一心同体、一蓮托生。個々はあっても、そこには必ず、守るべきルールがある。いえ、ルールを守るからこそ、個々が尊重されると言ってもいい」
「え、えぇと……」
「生きて戻る。それが最低限のルールです。もう少し、自分の身を大切に考えてください」
「あ……」
「あなたになにかあれば、私もユウも悲しい」
「……はぁい」
このとき。
青白い光石の光に照らされたララの横顔が、うれしそうにはにかんだその横顔が、なぜだろう、ユウの目には、たとえようもなく美しいもののように映った。
はかなげで、守ってやらなければ、たちまち折れてしまいそうで。
思わず、その髪にふれていた。
「あ……」
驚いたララが身を硬くして、
「ユ、ユウ……?」
「いや……すまない」
ユウは、すぐに手を引いた。
「な、なに……? ホレちゃった?」
「馬鹿、妙なこと言うな」
「照れちゃって」
「いい加減にしろ」
「あ! あたし、足さすってあげる! ね!」
「やめろ! 痛……ッ! 痛い! そっちの足じゃない! ……モチ!」
「ホ、これは気がききませんで……」
「そうじゃない! 行くな!」
ヒッポにえぐられた傷へ、ぐ、と、体重をかけられ、ユウの口から言葉にならない悲鳴が上がった。
だがそれは、ララが故意にしたことではない。
マンムートが停車したのだ。
「どうした?」
ミミズのじいさんが立ち止まったのは、坑道の途中だった。
迷ったという雰囲気でもない。
ここまでの足の運びは、絶対的なものがあった。
と、思うと、ミミズのじいさんは左手の岩壁から平凡な光石の結晶を探り当て、つるはしの先で、それを小突く。
ごうん、と、物音。
すぐそばの岩が、いや、岩のように見えていた場所がスライドし、くぼみの中に、コントロールパネルのようなものが現れた。
「よい、せェ……」
背伸びしたミミズのじいさんが、顔を押しこめるようにそれをなにやら操作すると、茫然と見守るアレサンドロのわきの壁が、音もなく開きはじめ……。
「好きにィ、お使い」
巨大なハッチの向こう側には、熱気を放つ大工房が広がっていた。
「いいね」
声音はいつものままだが、セレンの瞳は輝いている。
尾の生えたN・Sの骨格らしきものや、武器。組み立て途中の光炉。そんなものがうず高く積まれているミミズじいさんの工房は、確かに技術者にとっては宝の山だろう。
造る物が物だけに、工房自体の面積はマンムートの格納庫ほどもあり、奥には巨大鍛造機も溶鉱炉もあった。
セレンとメイは修理も忘れたように、その中を歩きまわった。
「おい、おふたりさん……」
「アーレサンドロー。それを無粋というのだ」
振り向くと、ステッキを回転させたハサンが、にやりにやりと立っている。
「ハサン……。あんたもわかってんのか。俺たちは急いでるんだぜ」
「あの老人についてこい。そう言ったのは誰だ? ん?」
「そりゃあ……」
俺だけどよ、と、アレサンドロは頭をかいた。
「ンンン、アレサンドロ坊や。魔人大好きは結構。ならば、他人の大好きも尊重してやらんとな」
「……チッ」
しゃくではあるが、返す言葉もない。
ハサンは、くっく、と喉を鳴らした。
「先ほど、彼女と計算してみた」
「うん……?」
「ここからトラマルまで、地盤状況はすこぶるいい。飛ばしていけば三日。ここで修理に使うだけの時間は十分にあるというわけだ」
「……そうか」
「さて……私はその間、のんびりさせてもらうとするかな」
「ユウにはちょっかいを出すなよ」
「ああ、それも面白そうだ」
「おい待て。それなら……テリーにしとけ」
するとハサンは、大いに満足した様子で、
「ンッフフフ、悪い男だ」
と、アレサンドロの背を叩いた。
「テリー! テリー・ロックウッド! どうだ、ひと口一万のカード勝負と洒落こもうではないか!」
さて、テリーはどうしたかというと、あのときの借りを返さんとばかりに当然乗ってきた……のだが、結果は想像のとおりである。
ちなみに余談ではあるが。
テリーはこの工房出発直後にも一度、ハサンへ力づくの勝負をいどんでいる。
誰にも、その詳細を語ろうとはしなかったが、アレサンドロが見つけたときにはとても女子には見せられない格好で、格納庫の手すりにぶら下げられていたそうだ。
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