第69話 告白

「好きに使ってください」

 最上層の居住区へユウたちを案内してきたメイは、誇らしげにそう言った。

 有事には騎士だけでなく、メカニックやクルー、総勢数十人規模で乗り組む戦車だ。それと同じだけの部屋が、ここには用意されている。

 ずらりと並んだ扉の中から、ユウたちは各々、好きな場所を選んで陣取った。

 そして……。

「アレサンドロ。俺だ」

 ユウがその部屋を訪れたのは、まだ、深夜までは間がある時間帯だった。

「おう」

 スライド式のドアを開けたアレサンドロは、コートもブーツも脱ぎ、くつろげた襟元から、褐色の胸板をのぞかせている。

「なんだ?」

「ああ、さっきは……」

「わがまま言って、すまない……か?」

「ん……」

「ハ、まあ入れよ」

 ユウは従った。

 この居住区では、部屋の作りはどこも同じだ。

 奥行きのある長細い部屋の右側にベッド。左側に机と椅子。収納は壁の中で、奥に、はめ殺しの小さなペアガラス窓がひとつある。

 洗面、風呂、トイレは共用だ。

 そのどれもこれもが金属製で、正直、ユウには居心地がいいとは言えなかった。

 ハサンが、豪華な指揮官室を選んだ気持ちがよくわかる。

 ユウはベッドへ腰を下ろし、あらためて、そう思った。

「そんなに、気ぃ使うなよ」

 椅子の背もたれを抱くようにして座ったアレサンドロが、切り出した。

「他の連中はどうだか知らねえが、少なくとも俺は、嫌々付き合うわけじゃねえ。うれしいぜ? 相棒が、腹割って話してくれんのはよ」

「……プ、ハハ」

「ん? ……ああ、そうか、俺が言えることじゃねえよな」

 気恥ずかしげに、アレサンドロも苦笑した。

「でもよ、俺はあのとき、おまえに全部ぶちまけて、よかったと思ってる。でなきゃいまごろ……俺はまだ酒場の片隅で、くだを巻いてた。こいつを肴にしてな」

 と、指輪を見つめる目は、やはり哀しい。

「なあ、ユウ……」

「ん……?」

「ロストンから、ずっと考えてる。俺は、N・Sでなにがしてえのか。なにをすりゃあ満足なのか」

「……ああ」

「まだ……わからねえ」

 アレサンドロは、腕に顔をうずめた。

 まったく、肩書きばかりが増えていく。

 N・Sの乗り手、罪人、賞金首。

 医者、そして新しく『リーダー』。

「ハ……、どいつもこいつも、勝手なもんだぜ」

「……」

「一緒に行きてえ、おまえがリーダーだ、なんて、簡単に言ってくれるがよ、俺はまだ、なにも決められちゃいねえんだ。行き当たりばったりで……ただ、逃げてただけだ」

 それが帝国からなのか、結論からなのかは、ユウにはわからない。

 だが、アレサンドロの問題だからと、いままで、ともに悩もうとしなかった自分を恥じた。

「でもよ……今回の騒ぎで、俺はなにか、つかめそうな気がしてる」

「そう、なのか?」

「ああ」

 顔を上げたアレサンドロは、笑っている。

「少なくとも、帝国の邪魔はできる。それだけでも、やる価値はあるだろうぜ」

「……そうか」

「だから、気にすんな」

 ユウは、小さくうなずいた。

「アレサンドロ」

「うん?」

「俺にできることなら、なんでもする。遠慮しないで言ってくれ」

「……ああ、頼りにしてるぜ」

 嫌味のない言葉だった。

「そういやおまえ、とうとう神官になれたってな」

「准神官だ」

「ハ、別に茶化しやしねえさ。よかったじゃねえか、親父さんも喜ぶぜ?」

「……だと、いいな」

 神殿にくわしくないアレサンドロは、クローゼのように世襲云々などとは言わない。

 窃盗や盗掘に身をおとしめていたユウだ。家族とは、まともな死に別れをしていないだろうとおもんぱかってのことかもしれないが、どちらにせよ、ユウにとってはありがたいことだった。

 過去の話は、どうしても暗くなる。

「じゃあ」

「ああ、お疲れさん」

 ユウは、アレサンドロの部屋をあとにした。


 もう少し、あたりをまわってこようか。

 そう思い立ったユウは通路を戻り、各居住セクションへの分岐点が集合する、中央ホールまでやってきた。

 ふと視線を移すと、背の高い観葉植物の向こう、展望窓から外をながめられるよう設置された長椅子に、ララが背を向けて腰かけている。

 以前ならば、わずらわしさから、そっと逃げているところだが、

「ララ」

 ユウは声をかけた。

 そうするほどに、ララに対する印象は変化している。

 だが、振り向いたララは、機嫌が悪かった。

「どこ行ってたの」

 と、発する声にも、どこかトゲがある。

「アレサンドロのところだ」

「ふぅん」

 ララは立ち上がり、

「ちょっと付き合って」

 振り返りもせずに、階段を下りていってしまった。

 ユウの気分は、またか、である。

 また、なにか気に障ることをしてしまったらしい。

 この上、さらにヘソを曲げられてはたまらない。ユウはため息をはき、急いであとを追った。

 ララが向かった先は、屋外であった。


「寒ぅ……」

 夜間の、それも山中ともなれば、外気温は氷点下に近い。

 ハッチを降りたララは身を震わせた。

 見上げると、天上の星は、まるでスパンコールだ。

 ララは、ユウに背を向けたまま、

「ねぇ、ユウ」

 寒風にさらされた、自身の腕をさすった。

「好きなの?」

「え……?」

「だから……その、ディアナって子のこと、好きなの?」

 ユウは脱力した。

「どうしてそうなるんだ」

「だって! 助けたいって、なんかムキになってるし……あのときだって、勝手に、クローゼと行っちゃうし……」

「大祭主様だぞ? 助けたいのが当たり前だ。好きとか嫌いとか、そういう見かたをするのは失礼だ」

「だってぇ……」

「だってじゃない。もう、いい加減にしてくれ」

「あ! ま、待ってよぉ!」

 ララは、戻ろうとしたユウの腕に取りすがった。

「だったら、ユウは……!」

「……?」

「ユウは、あたしのこと……」

 皆まで聞かず、ユウは、ララを冷たい土の上へ押し倒した。

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