第68話 合流

「いいか。これから、みっつ数える。妙な小細工はなしだぜ」

「ああ」

 答えたユウの隣で、ララが、つばを飲みこんだ。

「どいつも手は出すんじゃねえぞ。出しやがったら、ただじゃおかねえ」

「フン、物騒なことだ」

「おい、随分と他人事だな、オッサン。あんたこそ、俺たちを裏切ってやしねえだろうな」

「さて……」

「ッ……てめえ!」

「アレサンドロ、気が立つのはわかります。ですが、ここで争っても仕方ありません」

「そうだ、早くはじめよう」

「……チ」

 アレサンドロは、手をうしろにまわした。

「よし、いくぜ」

 息詰まる緊張が、場を重く支配する。

「イチ……ニ……サン!」

「……」

「……これだけ?」

 各自の手から輪の中央に出されたのは、かき集めても片手に乗るほどのキノコ類と、五尾の川魚。

「……メシにしようぜ」

 空腹に鳴る腹を押さえ、アレサンドロは気力なく立ち上がった。


 ジョーブレイカーの情報から鉄機兵団の別軍がせまっていることを知り、逃げるように街道を西へ向かったユウたち一行だったが、人里を避けているうちに山道へ迷いこみ、食料がつきてしまった。

 そこで、手分けして探そう、ということになったのだが……、

「うう、余計おなか減ったかも……」

 このとおり、それぞれが小魚一尾にキノコひと口という、散々たる結果に終わったわけである。

「ンッフフフ、金はうなるほどあるというのにな」

「余裕ぶってる場合じゃねえ。とにかく、もう一度だ」

「えー? もういいじゃない。あたし、ユウといるぅ」

 ララが駄々をこねたが、

「そのユウが、腹すかしてんだろ」

「う……」

「日が沈む前に、できるだけかき集めておこうぜ」

 手を叩いたアレサンドロは寝ぼけ眼のモチを抱き、また山へ踏み入っていった。

「……ねぇ」

「うむ?」

「つくす女の子って、男的にどう?」

 ハサンの答えは、

「……そそられる」

「あ、じゃあ、行く行く! 行ってきまぁす!」

 ララは飛び跳ねるように、アレサンドロのあとを追った。

「やれやれ、山に放たれた美女を追いまわすというのであれば、まだやる気も起きるのだがな」

 けしからぬことを口走りつつハサンも続き、怪我人のユウと、たき火だけが、その場に残された。


「……なにが、そそられるだ」

 ユウは足を引き引き、たき火に枝を継ぐと、馬車を見守りつつ、すぐそばの清流へ釣り糸をたれた。

 ヒッポにえぐられた左足の傷は、じっとしている分にはどうということはない。

 むしろ冷えからか、痛みよりも重みのほうが強かった。

 清い流れには魚影がたゆたい、針葉樹のヤニの匂いは、ユウに、家族と暮らしたかつての家を思い起こさせた。

「……ッ」

 まただ。

 家族との記憶をたどろうとすると、決まって頭痛が起こる。

 ユウからすべてを奪ったあの貴族の顔は、昨日のことのように思い出せるというのにだ。

「……くそ」

 ユウにはそれが、なによりもつらく、憎かった。

 そして……。

 思い出すと言えばあのN・Sの記憶だが、ユウはまだ、アレサンドロに伝えていない。

 N・S同士の戦闘では死ななかったにせよ、カラスがいまも生きているという証拠は、結局どこにもないのである。

 即席の釣竿の鼻先をからかうように跳ねた魚が、水面を走った棒手裏剣に貫かれ、ユウの足もとへ突き立った。

 あっと驚き、顔を上げると、対岸にジョーブレイカーが立っていた。

「すごいな」

 言うユウの目の前で、ジョーブレイカーは、怪我人とは思えぬ身軽さで川を飛び越えた。

「ジョーに、食料を買ってきてもらえばよかった」

 ジョーブレイカーは、町へ斥候に出ていたのである。

 苦笑したユウは針を引き上げ、餌のミミズがすでに食われているのに、また苦笑した。

「みんな、食べ物を探しに行ってる」

「うむ」

「鉄機兵団の様子は?」

「月の聖石が、帝都へ移される」

「え……どうして」

 ユウは不思議に思った。

 北部アルデン領トーエンに建つ、メーテル大神殿。その聖堂におさめられた『月の聖石』は、その名のとおり、月からもたらされたとされる巨石である。

 月女神の神徒にとっては信仰の対象でもあり、帝都とはいえ、むやみに移動していいものではない。

 しかも、

「聖石の正体は光鉄(光石の成分を多量に含む合金)だ。良質の武器を鍛えることができる」

 こう聞かされては、ユウも声を荒らげずにはいられなかった。

「馬鹿な! 神の石だぞ!」

「……シュワブのL・Jを持つ一団が、大祭主をかどわかした……」

「だからなんだ! シュワブが聖石を狙っているとでも言うのか! だから先手を打って、この国が破壊するのか! 横暴だ! 無茶苦茶だ!」

 覆面の下で、ジョーブレイカーがため息をついたようだ。

「だいたい……!」

 と、なおもユウが続けようとするのへ、

「……そう、思わせようという男がいる」

「……え?」

「その男は聖石を手に入れるため、ヒッポにディアナ大祭主をさらわせた。シュワブのL・Jを与え、あげく、ヒッポを殺させたのも、やつだ」

「それは?」

「将軍、セロ・クラウディウス」

 ユウは、その名をカジャディールの病床で耳にしていた。

 ディアナ大祭主捜索に、名を連ねていた将軍である。

「今回も、表向きはシュワブの手から聖石を護るための移動だ。しかし……やつは必ず、次の一手を打つ」

 そう。聖石を武器に変えるための一手。

 水面を見つめるジョーブレイカーの目がぎらりと光り、

「ディアナ大祭主暗殺」

 ユウは息を呑んだ。

 確かに、それがもし、シュワブに関わる者の手でおこなわれれば、メーテル神殿の気勢は一気に戦争へ傾く。

「それだけは阻止せねばならん」

「当たり前だ。聖石も、大祭主様もお護りする!」

「だったら、足がいるだろ?」

「!」

 瞬時に、棒手裏剣が声の方角へ投げ打たれた。

 突き立ったのは木の幹。そのうしろから、おそれげもなく現れたのは女である。

 長身の女は挑発的に髪をかき上げ、

「野蛮だね」

 棒手裏剣を引き抜くと、ジョーブレイカーへ投げ返した。

 セレン・ノーノだった。

「誰だ……!」

 言うまでもなく、ユウとセレンは初対面である。

 ベストの上から白衣を羽織り、ズボンとブーツという、いわゆる男装のセレンには、あやしげなものしか感じない。

 しかし、対するセレンは、こちらにまったく興味を感じないかのように周囲を見まわし、

「ララは?」

 と、言った。

「鉄機兵団か」

「違うよ」

「なら……」

 何者だ、と、問おうとした声をさえぎったのは、

「あ! うっそぉ!」

 日暮れ前にと山を下りた、ララ本人だった。

 アレサンドロとハサンの様子を見ると、結局、たいした収穫はなかったらしい。

 ララは砂利に足を取られながら河原を駆け、セレンへ抱きついた。

「なになに、どうしたの? なんでセレンがここにいるわけ?」

「さあ、なんでだろうね」

「アハハッ! 相変わらずぅ」

 仲よさ気な雰囲気に、男たちはすっかり、置いてけぼりだ。

「さあ、行こうか」

「え、どこに?」

「ついてくればわかるよ。行こう」

 と、セレンはララの腕を引き、どんどん川下へ歩いていってしまった。

「え、お、おい! ……誰だ? あの女」

「さあ、わからない」

 とにかく、と、ユウたちも、馬車の手綱を取ってあとを追った。


 川幅が十数メートルに広がり、河原の石も、細かに丸みを帯びる場所までくだってきた一行は、

「う、ぉぉ……!」

 唖然とした。

 夕日を浴び、赤く染まった岸壁にはさまるように、超巨大戦車が視界を埋めつくしている。

「わ! すごぉい! なにこれ!」

「マンムート」

「へぇぇ、鉄の城って感じ」

「いいね、それ」

 セレンはララの頭をなで、キャタピラに支えられた、マンムートの腹の下へと入っていった。

 へビィカーゴ・マンムートには、後部にL・Jとコンテナの搬入用ハッチ、前方と中央の底部二カ所に人間用ハッチがある。

 スロープ式の入り口を上がり、車内をかなり歩いてユウたちが案内されたのは、清潔感のある食堂だった。

「あ、い、いらっしゃいませ!」

 そこにはすでに、メアリー・ミラーが待っていた。

「あれ、メイも一緒?」

「おひさしぶりです、シュトラウス機兵長」

「だから、ララでいいっての」

「そ、そうでした」

 長机をかこむように座ったユウたちの前に、茶と、菓子が並んだ。

「さて、と……、じゃあララ、紹介して」

「え! あたしが?」

「どっちも知ってるのはララだけだろ? それぞれが自己紹介なんて面倒だよ」

「うぅん、じゃあ……」

 と、茶をひと口すすったララは、名前に簡単な説明をそえて、全員を紹介した。

 いちいち会釈をするメイに対し、セレンは時折、

「ふぅん」

 などと言うばかりで、反応が淡白だ。

 モチを見ても、

「ふぅん」

 だった。

「ね、それで? セレンはなんでここにいるわけ?」

「逃亡ほう助だってさ」

「リドラー将軍が研究所に来て、逮捕するって言い出したんです。それで……」

「逃げたわけ? やるぅ」

「はぁ。で、これからは皆さんと一緒に行かせてもらいたいなぁ、と、思うんですけど……」

 メイが、おどおど、上目づかいに見る。

 全員の視線が、アレサンドロに向いた。

「俺が決めるのかよ」

「だって、リーダーでしょ?」

 いっせいにうなずかれ、

「ハ、リーダーね……」

 アレサンドロは困り顔に笑い、頭をかいた。

「じゃあ聞くが、あんたらが信用できるって証拠は?」

「そ、それは……その……」

「あるわけがあるまい」

「別に、あんたには聞いてねえぜ、オッサン」

「では、おまえは私を信用しているか? そこのジョーブレイカー君を信用しているか? だとすれば、いつ、なぜ、それに至った」

「……」

「わかっているのだろう? リーダー君。逃亡生活に必要なのは、信頼関係ではなく、利害関係だ。お友達より、役に立つ人間だ。その点、彼女らは……ンンン、合格。申し分ない」

「……そらみろ。結局、オッサンが決めちまったじゃねえか」

 一同失笑である。

「だが、これだけは言っとくぜ。俺らと来るってことは、もう後戻りはできねえってことだ。家族にも、前の仲間にも会えねえ。そのへんわかってんだな」

「わ、わかってます、はい!」

「なら、好きにしな」

「あ、ありがとうございます! よかったですね、セレン様!」

「そうだね」

「……花が増えたな。面白くなりそうだ」

 してやったりと右目を細めたハサンが、ユウに耳打ちした。


「ところで、それどころじゃないんだろ?」

 セレンに言われ、

「そうだ、それどころじゃない!」

 ユウは机を叩き、立ち上がった。

「どうした?」

 一同はひさしぶりの食事を平らげたところで、ふくれた腹を叩き、思い思いに食後を楽しんでいる。

 ユウは、ジョーブレイカーから聞いた話を語り、

「助けたいんだ。力を貸してくれ」

 切々と訴えた。

 まず言葉を発したのは、自身も月の神徒であるハサンだった。

「月の聖石を、な……」

 と、幾度か煙草の煙をはき出し、

「どうだ? リーダー君」

「……石はともかく、その将軍のやり口は気にいらねえな」

「フフン」

「ユウ、力を貸せっても、いったいどうするつもりだ?」

 ユウは全員の顔を見まわし、口を開いた。

「……輸送路を狙って、月の聖石を、奪う」

「ンッフフフ、これは大物になった。神が泣くぞ」

 ハサンはひざを打って喜んだ。

「探りは私が入れよう」

 言ったのは、柱に背を預けたジョーブレイカーだ。

「トーエンからの輸送手段、日時、予定路。二日あれば調べられる」

「連絡手段は?」

 セレンが問うと、

「無線機を携帯している」

「なら、マンムートで受けるよ。あとで合わせよう」

 これで、話は決まった。

「ジョーは先発。俺たちは、明日の朝イチで北に向かう。くわしいことは連絡待ちだ。じっくり煮詰めていこうぜ」

 この日は、これで解散となった。

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