第54話 神よ

 ユウ、アレサンドロ、モチ、ララ、ハサン。

 五人となったパーティは近くの町で幌馬車を一台買い求め、アシビエム街道をさらに西へ向かった。

 その生活の中で、大きく変わったことがひとつある。

 小さかろうが大きかろうが、とにかく宿に泊まるようになったのだ。

「旅は、快適だからこそ、する価値がある」

 というのが、ハサンの持論である。

 今日もまた、パリュというアシビエム山脈の西端、街道すじでは最も大きな宿場町へ入った一行は、中心部から少し離れた一番上等な宿を取り、食事までの時間を各自自由にすごすことにした。

「なんでついてくるんだ」

「いいじゃない。あたし、神様にお礼言わなきゃ」

 ユウとララは人通りも多い、幅広のゆるやかな坂道をくだり、パリュにただひとつのメイサ神殿へ礼拝に向かっている。

 街路灯は点灯しているが、空にはまだ赤みが残っていた。

「礼?」

 ユウが聞くとララは待ってましたとばかりに、腕に腕をからませてきた。

「ほら、あの黒いやつらが出たとき」

 おそらく、バイパーたちのことだろう。

「あたし、神様に助けてください、ってお祈りしたの。そしたら、あのジョー……なんとかが助けてくれたでしょ? だから、お礼」

「ああ」

「別に神様なんて信じてないけど、それでも助けてくれるんだね。神様って人よすぎぃ」

 ララは屈託なく笑った。

 と、思うと、あ、と、口をふさぎ、

「あ、ご、ごめん……別に、馬鹿にしたわけじゃないから……」

 ユウの顔色をうかがい見た。

 信心深いユウにとっては、面白くない言いようだったかもしれない。そう思ったのだ。

 しかし、当のユウは、あっけらかんと暮れなずむ空を見ている。

「……怒ってない?」

「……なにをだ?」

 ララはムッとした。

 これはこれで、相手にされていないように思える。

 ユウの腕を振りほどき、

「なんで? なんで怒ってくれないの?」

「だから、なにを……」

「あたしのことなんか、どうでもいいって思ってるんでしょ!」

「別に思ってない」

「嘘! アレサンドロが同じこと言ったら、絶対怒るじゃない! いま、すっごい適当に受け流してる感じだったぁ!」

 ……ユウは困った。

 どこで逆鱗にふれたのか、まったくわからない。

「じゃあ、どうしろって言うんだ」

「どうしろって……そういうこと言ってもらいたいんじゃない!」

 もう、話が通じない。

「とにかく落ち着いてくれ。人が見てる」

「関係ない! そんなの!」

「あるだろ」

「ないってのバカ! ユウのバカぁ!」

 ララはくるりと身を返し、坂を逆に、のぼりはじめた。

「おい、ララ!」

「うるっさい!」

「ララ!」

 いまここで宿に帰しても、どことなく面倒なことになりそうな気がする。

 ユウはララを追いながら、どうすればいいか考えた。

 ララはなにを言ってもらいたいのか。なにをしてもらいたいのか。

 いや、まず落ち着かせるにはどうすればいいのか……。

『抱きしめて、キスだ』

 ……ハサンの声が、頭の片隅で聞こえた。

 冗談じゃない。

 ユウには、説得の選択肢しかなかった。

「ララ」

「……」

「ララ、なにか気に障ることがあったんなら謝る。俺は……いったい、なにをしたんだ?」

「……」

「ララ」

「別に……」

「え……?」

「ユウは、なにもしてない……。だから! 腹が! 立つの!」

「お、おい……ララ! ……くそっ!」

 理解の限界を超えたいま、これしか手は残されていない。

 ユウは、足早に坂をのぼっていくララに駆け寄り、手を取って無理やり振り向かせると、

「!」

 抱きしめた。

 色気もそっけもない。自分の中では、ただ、恥ずかしい。

 道行く人々が、ニヤニヤとこちらを見ている。

 これが不正解だったらどうする。泣きわめかれたらどうする。

 そればかりが頭をよぎった。

「ユウ……」

「あ、ああ……すまない……」

「……ユーウー!」

 ……神よ、正解に感謝します。

 首に抱きつかれながら、ユウは思った。


 すっかり機嫌のなおった現金なララが、腕に密着し、太陽のような笑顔をユウに向けてくる。

 どっと疲れたユウは、このまま宿に帰ろうかとも思ったが、

「行こ! 神様に会いに行こ!」

 ララに引きずられ、結局行くことになった。

「神は信じてないんだろ?」

「あ、意地悪。いいの、ユウが信じるなら、あたしも信じる」

「別に無理して信じることないさ」

「でも、信じる子のほうが好きでしょ?」

「それとこれとは別だ」

「それって……遠まわしに、あたしのこと好きって言ってる?」

「どうしてそうなるんだ」

「……」

 まずい。

「だ、だいたい、神に信じるも信じないもないんだ」

「……どういうこと?」

「神は俺たちの信心の中に宿られるものじゃない。信じようと信じまいと、常にそこにおわすんだ」

「……うーん」

「たとえば……空気、あるだろ?」

「うん」

「空気がなければ、俺たちは生きていけない」

「うんうん」

「でも、空気の存在を知っていたり、信じていたりするから空気を得られる、というわけじゃない。それと同じなんだ。神々の恩恵は信心の有無に関わらず、すべて等しく、生命に与えられるものなんだ」

 ふんふん、と、ララは首を縦に振った。

「だから感謝をする。神文も神歌も、すべて、日々与えられる恵みに感謝して捧げられる。信じていますというアピールでするものじゃない。恵みを祈願するならともかく、ただ漠然と、お守りください、お助けくださいと望むものでも、本来ない」

「え! そ、そうなの?」

「そうさ。もし、ララの祈った神が願いを聞き届けてくださったと思うなら、それは助けてくださったのではなく、ジョーという縁を授けてくださったんだ」

「えにし……?」

「縁は、神がお与えくださる最高のお恵みだ。命と命がまじわって、生が生まれ、心が動く。縁が、万象を動かす。運命という言葉が、この世に形を持って存在するというのなら、与えられる縁にこそ運命があるのであって、定められた命の行くすえという解釈でその言葉を使うのはナンセンスだ、と、俺は思う」

 ララは呆気に取られた。

 言っていることもよくわからないが、ここまで饒舌にものを語るユウを、いまだかつて見たことがない。

 その食い入るような視線に気づき、

「あ……」

 ユウは、はにかんだ。

「悪い。……俺、こういう話、いままであまりできなかったから……」

 激しく心ときめかせたララは、ユウの腕にしがみついた身体を、もじもじと身悶えさせた。

「ぜ、全然大丈夫! わからなかったけど大丈夫!」

「……ハハ」

「~~~……ッ!」

 ユウの優しい微笑みに、ララは悶え死ぬかと思った。

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