第40話 悲鳴

『どこまでも、ムカつく野郎だぜ』

『ホンット』

 四人はいま、ジラルドに猶予を与えられている。

 相談し、このあとも戦いを続けるか否かを決めろ、というのだ。

 だが実際は、

『どうやって、やつをぶっ壊すか』

 の、一択で、話は進んでいる。

『問題は硬さ、それだけです』

『関節も駄目だ。少なくとも、俺の剣は通らねえ』

『いや、そもそも脚をいくら斬っても、あいつは倒せない。胴体を狙う方法を考えないと』

『それも、内側まで届くような、か? 堂々めぐりだな』

『ハッチを開けさせるってのは?』

『相手から、というのは無理があります。必要がありませんし、兵糧にしても、あの巨体です。内部に蓄える場所はいくらでもあるでしょう』

『N・Sのカニはどうなんだ?』

『悪いが、俺は見たことねえな』

『じゃあ、カニは? 生のカニ』

『生……なるほど、カニはカニ、ということですか』

『カニの弱点、か』

『ひっくり返す……いや、ありゃあ重そうだ』

『食べるとしたら……脚抜いて……』

 四人の考えが、ぴたりと重なった。

『腹か』

『駄目もとだ。やってみる価値はありそうだな』


『決まったか。では、答えを聞かせてもらおうか』

 円陣を解いた三体に、ジラルドは言った。

 こちらは当然、今度こそ、ユウたちは投降するものと信じこんでいる。

 命を助けるという条件の下、ひざまずかせ、散々辱めたあとで首を落としてやろう、などと、先ほどまで笑い合っていたのである。

 ゆっくりと開いたサンセットのコクピットハッチに、ジラルドはほくそ笑んだ。

「答えるかわりに……」

『む?』

「こいつをくれてやる!」

 一三〇〇式のモニターに大きく映し出されたのは、中指を突き立て、べぇ、と、舌を出す、ララの姿。

 一度ならず二度までも、

『き、き……貴様ァァァァッ!』

 ジラルドの怒りが頂点に達した。

『あ、な、なりません!』

 もがくようにサブシートへ飛びつき、操縦桿を奪い取ったジラルドは、従騎士が止めるのも聞かず、それをぐいと押しこんだ。

 加減を忘れた一三〇〇式の脚が空まわりし、地面が深く掘り起こされた。

『ふ、う、う……』

 目をむき、唇をめくり上げ、鼻息も荒く歯ぎしりするその顔は、もはや貴族のそれではない。

『進め! この、ポンコツが!』

 ジラルドが叫んだ、次の瞬間。

 一三〇〇式の巨体が雪崩となって、サンセットへと押し寄せてきた。

『頼む!』

『無理すんなよ!』

 カラスとオオカミが飛びのく。

 ハッチを閉じたララは、胸の前にシールドを構え、

『上ッ等!』

 と、一三〇〇式の突進に、自ら体当たっていったものである。

 轟音立てて激突する両者。

 サンセットの背部スラスター四機が白色の炎をはき出し、周囲には陽炎が立ちのぼった。

 あとずさる足跡が地面に長いすじを引き、イエローサインが点灯する。

 が……、

『……ば、馬鹿な!』

 ついに、一三〇〇式が、止まった。

『いい仕事だぜ、ララ!』

『当ッ然!』

 すぐさまカラスとオオカミは、一三〇〇式の足もとへともぐりこんだ。

 二体は左右に別れ、先頭で支える脚のつけ根に陣取ると、

『う、おおおおぉっ!』

 気合一声、それを押し上げる。

『重、てえぇぇ!』

 アレサンドロがうめき、ユウの腰もひざもミシミシと鳴ったが、一三〇〇式の平たい胴体は、尻を支点に十メートルも開いた。

『おのれ! 裏返すつもりか!』

 ジラルドはわめいたが、そうではない。

 ユウたちの目的は、当初から腹部。その一点である。

 ララは、持ち上がった腹の真正面にサンセットを旋回させると、アザの残る唇をぺろりとなめ、

『逝ッけ! バ、カ、ガニぃぃ!』

 ホバージェットの咆哮も豪快に、そこへ、スピナーを突き立てた。

 激しい回転音とともに、橙の火花が弾け散った。

『ええい!』

『な、なりません! 転倒いたします!』

『ハサミは!』

『届きません!』

『この、役立たずがぁ!』

 頭をかきむしり、腰の剣を抜いたジラルドは、ふたりの従騎士を斬り捨てた。

 とても正気の沙汰ではない。

 そうしている間にも、スピナーの先端と一三〇〇式の腹部装甲とが、高熱を発し赤くなっていく。

 だが……穴が開かない。

 ララはフットペダルを限界一杯まで踏みつけたが、それでも穴は開かなかった。

『こ、の……いい加減にしなよ!』

 ララは素早くパネルを叩き、警告音が鳴るのも聞かず、リミッターを解除した。

 勢いを増したスラスターの炎に押され、機体が、半歩前へ進む。が、既定値以上の出力に、今度は全身の関節部が悲鳴を上げる。

 これ以上続ければ、光炉がオーバーヒートする。

 ララが感じた、そのときだった。

 ビシリ。

 一三〇〇式の装甲板に、やっと亀裂が走った。

『やった!』

 嬉々としてララは操縦桿を押しこんで、

『……あっ!』

 突如、スピナーの先端が、

『壊れた……!』

 スラスター全開の状態で支えを失ったサンセットは、そのまま装甲板へ突き進む形となり、スピナーの損傷によって回転の緩衝を得られなくなった右腕が、まず、ねじ切れるように破損した。

 さらにその回転運動は全身におよび、サンセットは一三〇〇式の胴に激突。その上を飛び越え、二転三転しながら、地面へ落ちた。

『ララ!』

『おい!生きてるか!』

 応答がない。

 ぱっとカラスを降りたモチが、サンセットのもとへと飛んでいった。

『ヒ、ハハ、ハハハハハッ!』

 狂喜したのは、ジラルドだ。

『ヒヒ、見ろ!こうなる運命だったのだ!おまえたちなど……、ハハハハッ!』

 血にぬれた剣を握りしめ、傾いたコクピットの中、踊りまわる。

『馬鹿だ、馬鹿だ、ヒャ、ハハハハ!』

 ……ユウは、全身の血が冷えつくのを感じた。

『くそっ! ちくしょうが!』

 吐き捨てるアレサンドロへ、

『……アレサンドロ』

『ん?』

『少しの間、頼む』

『……おう』

 答えるや否や、ふたりは持ち上げたままの一三〇〇式を、もう一度強く押し上げた。

『いいか!』

『いいぜ!』

 ユウが手を離す。

『ぐぉっ!』

 オオカミの身体が、ず、と、沈み、ユウは太刀を抜き払った。

 その切っ先を、サンセットの刻んだ亀裂へあてがい、

『うぉぉぉぉッ!』

 奥の奥まで、突き通す。

 刃の向こうで聞こえたのは、ジラルドの悲鳴、だったのだろうか。

 わずかな沈黙のあと。

『爆発するぞ!』

 転がるように飛びのいたふたりの目の前で、一三〇〇式は連続的な爆発を起こして閃光に包まれた。

 

「おい! どうだ! 生きてんのか?」

 仰向けに倒れたサンセットは右腕以外大きな損傷はないものの、各所でスパークを起こしている。

 バックパックからは白煙も見えた。

 コクピットハッチをつつき、ララへの呼びかけを続けていたモチだが、

「わかりません」

 と、首を振って答えた。

「ハッチは? 開かないのか」

「それもわかりません。私の力では開けられないのです」

「そうか」

 ユウは、ハンドル式開閉レバーへ飛びついてまわした。

 幸い、ハッチは生きていた。

「ララ?」

 背を下にしたララの、うしろへたれた赤い髪が鮮血のように見えて、ユウはどきりとした。

 顔に血の気はなく、ぐったりとシートにもたれながらも、その手はまだ、操縦桿を握っている。

 コクピットへ入ったアレサンドロはララにまたがって、脈と頭部を入念に調べた。

「どうです?」

「ああ……」

 曖昧な答えに、ユウとモチは気を揉んだ。

「……とりあえず、外に出すか」

 と、慎重にシートベルトをはずし、

「ユウ、そっちから引っ張り上げてくれ。ゆっくりな」

 と、真剣に言うアレサンドロの表情が、微妙に曇っている。

 ユウはなにも聞けずに、ただ腕を伸ばしてララを預かった。

「ララ……」

 モチが心配そうに見つめる中、いつも以上に重く感じるその身体を、落とさないよう、しっかりと抱きしめる。

 暖かい。

 息もある。

 すると突然。

 コクピットから伸びたアレサンドロの手が、ララの尻を強烈に張り飛ばした。

「痛ッたぁぁぁッ!」

 ユウの腕の中で、ララが飛び跳ねる。

「ちょっ……! なによ、バカ!」

「……」

「あ……」

 鼻同士がふれ合うほど近くで、唖然とするユウと、ララの目が合った。

 ララの頬が、パッと桃色に染まり、

「ハ、その調子なら心配ねえな」

 コクピットから顔を出したアレサンドロが、白い歯を見せて笑った。

「ホ……!」

「ッ……だましたな、アレサンドロ!」

 そう、ララは気絶していただけだったのだ。

「まあ、いいじゃねえか。今回はこいつが一番手柄だ。手ごろな褒美だろ?」

 つぶれた大ガニの死体から立ちのぼる黒煙を避けて、トビが風を切って飛んでいった。

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