第32話 カーゴに乗った三枚目

「N・Sの操作は、その体内に、乗り手が情報として取りこまれることでおこなわれます。それをつかさどる装置が核、ここまではいいでしょう」

 木の皮で作った、例のサングラスを目に貼って、モチはヤマカガシの頭に乗っている。

「いま、カラスの核における許容情報量を、仮に、十としましょう。アレサンドロは十一か、十二か。とにかくおさまりきれません。対してユウは……」

「足りねえってわけか」

「そのとおり。ですからその足りない隙間に、私が入る余地があったというわけで……」

「もう、そんなことはどうでもいいっての。ねぇ、ちょっと休もうよぉ」

 ララは、杖がわりの枝につかまり、ズルズルとその場にへたりこんでしまった。


 ここソップ山道は、ロストンへの裏街道だ。

 先端のとがった大岩が右手の斜面からすべり落ちてくることもある粗末な道で、主に木材や鉄材を乗せた、四頭引きの荷馬車のための運搬道として利用されている。

 本来ならばロストンまでは、デローシスから続く平坦な中央街道を行くのが常だが、そこは追われる身。巻きぞえを避けるため、ひと気の少ないこちらを選んだ。

 しかしそうなると、足をくじいたララにはつらい。

「もう歩けない。足痛ぁい」

 ララは泣き声を出した。

「駄々をこねるな。置いてくぞ」

「じゃあユウ、おぶってよ」

「無理言うな」

 ユウはユウで、めまいの残るアレサンドロに肩を貸しているのだ。とてもその余裕はない。

「ケチ」

 唇をとがらせたララは、それでも立ち上がろうと地面に手をついた。

「……あれ?」

 手のひらに伝わる、かすかな振動。

「ねぇユウ。なにか来る」

「なに……?」

 ユウとアレサンドロも、地に這いつくばった。

「L・Jじゃあ、ねえな。馬車か……?」

「いや、音にムラがない。車だ。大きいのが、一台。……カーゴ?」

「どうします。身を隠せる場所はありませんが」

 モチは、そわそわ動きまわるヤマカガシの上でも、顔だけは常にこちらへ向けている。

「そうだな……。一台なら、鉄機兵団とも思えねえが……」

「なら、いいじゃない。放っとけば」

「おまえなあ」

「じゃあ、ぶっつぶしちゃうわけ?」

「そりゃあ……」

 アレサンドロは口ごもった。

「でしょ。だったら放っとこ。あ、もしかしたら街まで乗せてくれるかも」

 どこまでもマイペースなララに男四人は顔を見合せ、やれやれと肩をすくめた。

「お、見ろ、来やがったぞ」

 複輪タイヤの豪快な回転音を響かせて、後方のゆるい右カーブから姿を見せたのは、ユウの言葉どおり、L・Jカーゴだった。

 山壁に寄って道をゆずったユウたちの横を、荒い運転で走り抜けていくその側面には、なんのペイントもなされていない。

「民間だな」

 ユウの耳もとで、アレサンドロがため息をついた。

 通りすぎたカーゴは、そのまま山道をのぼっていく。……ように見えたのだが。

「なんだ……?」

 どういうわけか、数百メートル先で停車した。

 運転席側のドアが開き、そこからひょいと飛び降りたのは、亜麻色の髪の若い男。

 ひざ丈の旅コートがひるがえり、胸と腰に巻かれた太いベルトの金具が、太陽の下で、きらりと輝いた。

「や、ども」

 男は片手を上げ、間の抜けた挨拶をした。

「病人? 乗ってく?」

「いいの?」

 答えたのはララだ。

 途端に、男の目の色が変わった。

「やあ、お嬢さん」

 うやうやしく、ララの手を取り、

「いいも悪いも、俺の助手席はキミ専用。よければ永遠に座っていてもらいたいね」

「アハハッ、冗談!」

「いやいや、俺は本気よ?」

「ふぅん」

 目を細めたララは、意地悪く笑った。

「だったら残念でした。あたしはもう彼のものだもん、ね?」

「なぁんだ、彼氏持ち?」

「そういうこと。でも乗せてって」

 アレサンドロが口を開きかけたが、ララの手が一瞬早く、それを押さえこんだ。

 男は、人懐こそうな顔を笑み崩した。

「オッケー、オッケー。でも……助手席には乗ってくれる?」

「あ、未練がましいんだ」

「ハッハハ、まぁね。あきらめの悪い男よ? 俺」

 そして男は、とんとん拍子に進む話に乗り遅れていたユウから、

「お、おい……」

「いいからいいから、遠慮しっこなし」

 と、アレサンドロを引き受けると、

「ほれ、彼氏さんは彼女を連れてきなよ」

 と、さっさと、カーゴに戻ってしまったのだった。

「わ、気がきくぅ」

 ララは手を叩いて喜んだ。

「おまえ……!」

「おまえじゃなくて、ララ。ちゃんと名前で呼んで」

「いい加減にしろ。だいたい……!」

「おーい。早く乗った乗った」

「……呼んでるよ?」

「わかってる。行こう、モチ、ヤマカガシ」

「あたしはぁ?」

「……」

 差し出された両手を、ユウはうらめしくにらみつけたが、

「……くそっ」

 結局ララを、横抱きに抱き上げた。

「やっぱりユウって、思ってたとおり!」

 ララは上機嫌である。


「あれ、それ、おたくらの鳥?」

 軽快なモーター音を響かせて、大型エンジンが回転をはじめた。

 運転室のフラットな一列シートには、ララとアレサンドロ。

 ユウとモチ、ヤマカガシは、その後部、ごちゃこちゃと物の詰まったトランクスペースに乗っている。

「まあ、そんなところだ」

 アレサンドロが答えると、

「ははぁ、なるほど、ね」

 男は思わせぶりに目を細め、カーゴを発進させた。

「じゃあ、おたくらが、レッドアンバー御一行ってわけだ」

「えぇ?」

 ララは飛び上がった。

「なんでそんなこと知ってんの!」

「お、当たり?」

「当たり? じゃない! なんでかって聞いてんの!」

 男は襟首を締め上げられたので、

「ちょっ! 待った待った! 運転中よ? 俺」

「いいから、早く、ほら! 答える!」

「おい、あ、危ねえ! やめろ! 落ち着け!」

 車体が左右に大きく揺れて、山壁に鼻をこすりつけた。

「うわっ」

「きぃやぁぁ!」

「ブ、ブレーキ! ブレーキィィ!」

「その前に、首放して!」


 ざ、ざ、ざりざりざりざり!


 あわや、崖下へ真っ逆さま。

 カーゴは土煙を上げて、止まった。

「ハ、ハ、死ぬかと思った」

 男はハンドルに顔をうずめた。

「……ごめん」

「ごめんじゃねえよ」

「だってぇ……」

「だってじゃない」

「うう」

 アレサンドロとユウに責められて、さすがのララも、しゅん、となった。

「でも、でもこいつ、絶ッ対、鉄機兵団! どこの諜報部隊か知らないけど、絶対! 間違いないって!」

「いやいや、そいつは誤解……でも、ないか?」

「ほらぁ!」

「ま、ま、聞いてよ。全部話すからさ」

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