第15話 声
空の弓張り月をながめ、ララ・シュトラウスは不機嫌だった。
今日こそは熱い湯につかり、柔らかいベッドで寝られると思っていたのだ。
「それがなんで仕事?」
上からの命令は研究施設およびサンプルの警護。
魔人砦に現れたという、新たなN・Sを警戒してのようだった。
だがララにとってはそんなことよりも、奪われてしまった自分の楽しみのほうがはるかに重要だったのだ。
ララはイライラとした手つきで腰のポーチをかきまわすと、キャンディ・バーを一本、無作為に選び取った。
赤いラベルは、お気に入りのイチゴ味。
「フン」
まんざらでもないふうに包装をはがし、口にくわえた。
「あーあ。ホント、ついてなぁい」
言った声は、どこか楽しげだった。
それと同じ南デローシス城塞内でいま、ユウとアレサンドロは耳をそば立たせている。
城塞といってももとはただの出城。
補給庫とL・Jの整備施設だけをそなえた簡易的なものだと、少なくともユウは思っていた。
それがどうだろう。
大格納庫を三棟かかえる巨大軍事基地が、ここにはあった。
このどこかにN・Sがいる。
「間違いねえな」
スモックを羽織った技術者らしい男たちの立ち話を盗み聞き、ふたりは目顔にうなずいた。
「では、これで」
技術者たちがふた手に分かれた。
アレサンドロは、左に折れた男を追う、と手振りで示す。
それは、頭に白いものがまじった年配の男で、片手に荷物をかかえ持った姿といい、いかにもまだ仕事を続ける様子であったのだ。
珍しい電気式の照明に照らされた幅広い石積みの通路を、男は足早に、わき目も振らず進んでいく。
そうして、十分ほども歩いただろうか。
男は四つ角を右に折れ、突き当たりの大扉をくぐって消えた。
「さて、どんぴしゃであってくれよ」
アレサンドロは引き戸を細目に開け、中をのぞき見た。
「……チ」
「どうした?」
「ハズレだ」
ふたりは薄暗い部屋、いや、倉庫に足を踏み入れた。
天井は高く、二階吹き抜けになっている。
大小様々な空のケージが、それも何百と並んでいた。
「あそこから上がっていっちまった。まだ奥があるみてえだな」
アレサンドロがあごで示した先には、なるほど、上階へ伸びる階段と通路がある。
「追うか?」
「そうだな」
ふたりは一歩、足を踏み出した。
と、そこへ、
「その前に、扉を閉めてください」
突如、低い、男の声がしたのである。
「!」
驚いたふたりが振り向き、開いたままの扉を確認するも人影はない。
ユウは通路にも顔を出してみたが同様である。そのままそっと戸を閉めた。
「どうも」
再び、どこからともなく、声が言った。
「余計な騒ぎは、ごめんですので」
「誰だ」
「誰というほどのことはありません。気にせず、先へどうぞ」
声は別段感情もなく、淡々としている。
「はいそうですか、ってなわけにはいかねえだろ」
「ホウ。なぜです。騎士を呼ぶような真似はしません。私はなにも見なかった。なにも聞かなかった」
「それを信用しろってのか?」
「はい」
アレサンドロはひとつ、大げさにため息をついた。
「どうも面倒なことになっちまったな」
「同感です」
「とりあえず、顔を見せねえか?」
「それは、残念ながら……」
「理由は」
「さ、身体的なものとでも言いましょうか。どうしてもと言うなら、そちらからどうぞ。五一二号ケージです」
「ケージ……?」
ユウとアレサンドロは顔を見合わせ、ホルダーから光石灯をはずした。
五〇九、五一〇……。
頭文字「五」は、二メートル四方はある、かなりの大型ケージに割り振られている番号のようである。中はやはり、どれも空だ。
ただ、五一二だけは違った。
そこにいたのは白く、丸々とした……、
「鳥……?」
「明かりは消してください。光は苦手です」
首が百八十度ぐるりとまわり、正面を向いた。
体高五十センチはあろうかというそのフクロウは、目をしばたたかせ、開いた口がふさがらない様子のふたりに、
「気持ちはわかります」
と、事も無げに言ったのだった。
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