「君を守りたいんだよ、葵くん」




 困惑しなかった、というのは嘘だ。でも俺はきっと、心のどこかで分かっていたんだ。


 御影は俺を探してたんだってことを。


 あの時、あの場所で俺を見てからずっと。




「まだと関わってるの?」




 関わってない。


 本当なら即答できたのに、言葉が出なかった。答えたら自分の過去を認めてしまうような気がしたから。自分が汚れた白であることを、すっかり肯定してしまうような。











       俺の、青春。











  音も光もない、黒くて暗い部屋の中。











 重苦しい閂の音が兄の帰りを告げる。


「葵ちゃーん」


 駆け寄った真っ白な髪が睫毛に触れた。俺を抱き締めて、軽く接吻する。


 彼は義兄だ。裏社会の父親を持っている。俺が義父と初めて会った時、隣に執事のように立っていた姿は今でも記憶に残っている。

 俺の母親はガンで他界した。フランス生まれだという義父は数年前からヨーロッパに出張しており未だに帰る気配もない。どうやら俺の母親のいない日本にもう用はないらしい。考えると不思議な気持ちになったが、老いても美形だった母を思い浮かべると理解できた。しかし美しいもの好きの義父が、白髪でハンサムな息子を置いて行ったことは理解できなかった。

 あとは言うまでもない。兄は共に暮らす俺のことをとして、愛している。




   それは時に、狂気に満ちている。




「帰ったよ」


「おかえりなさい」


「今日も葵が無事で何よりだよ」


まこと兄さんも」


「父さんは?」


「まだお帰りになられてません」


 そうだよね、と呟いて満足気に俺を抱き締めた。瞬間、嫌な身体の硬直が伝わった。


「……夕食」


 兄は俺の肩越しにビーフシチューを眺めている。さっき自分で作ったものだ。


「いつも美味しそうなご飯が作れて偉いけど、お兄ちゃんの帰りを待てなかったの?」


「……ごめんなさい」


「謝らなくていいんだよ、でも明日からは俺以外のために料理を作らないで」


 それが例え自分のためでも、と微笑んで付け足した。増えてしまった逆うことのできない命令に、黙って頷く。


 そのまま、俺をソファに押し倒す。


「……葵は本当に可愛いね……」


 唇を奪われる。


「んっ……っ……」


 息が苦しい。


「はぁっ……葵……学校なんか辞めてさ……俺の仕事を手伝ってよ……」


 徐々に、口づけが下に降りていく。


「そしたらいつでも愛してあげられるのに」


 乳首を口に含まれて、喘ぎ声が出る。嬉しそうに愛撫を続ける兄が涙で霞む。



 ──こんなの、狂ってる。



 義兄とをすることの異常さが分かっていたって、抵抗などできやしない。大切にされているのが分かるから嫌と言えないし、見放されて氷のような態度になるのが怖い。俺は──兄さんなしでは生きていけない。




「挿れるよ」




     脳が、侵蝕されていく。

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