人は、変わる―(10/21)
それから悲しくも予想通りに、彼は以前よりもよく話しかけてくるようになった。
冬休み中、学校はなくても道場で会うし、何故か初詣まで一緒に行った。
師匠や彼に誘われただけだったらスッパリ一言で断れたけど、おじさんとおばさんに誘われたらさすがに断れなかった。
絶対彼の策略でしょ。卑怯だわ。
年明けからもんもんとする日々を送りつつ、冬休みが明けた。
憂鬱な学校生活が再開される。
忘れようとはしつつも、やっぱり、あの男子達がどんな態度で接してくるのかが気になった。
まあ、またちょっかいを出してきても無視すればいいだけの話なんだけど。
それが一番安全。学習した。
「──如月。ちょっとこっち来いよ」
ほらきた。
バカはいつまで経っても成長しないバカだ。
昼休みになると、例の5人組が私の机を取り囲んできた。
「……話があるならここでどうぞ」
「いいから来いって!」
腕を引っ張られ、陰った校舎の裏に連れていかれる。
てっきり他にも待ち伏せしてる人がいるのかもと思ったけど、誰もいなかった。
五人ならなんとかなる。地面を舐めさせてやればいい。
誰から投げ飛ばしてやろうかと考えていると、そのうちの一人がとんでもない言葉を口にした。
「……悪かったよ」
「…………」
……え?
「親がいないとか言って悪かった。水ぶっかけて悪かった……。──ほら、俺は謝ったからな!」
吐き捨てるように後ろの仲間を振り返ると、他の4人も口々に「ごめん」とか「すいやせんでした」とか言って頭を下げた。
「な、何よ、今さら……」
「玉野が謝れってうるせぇんだよ……。あいつには宿題見てもらったり、授業中にわからないところがあったら教えてもらったりしてるし……」
「まあ、自分がされたら嫌だなぁとかも思ったりしてさ~……」
やっぱり彼なのね……。
記憶から消してくれていいのに……。
「とにかく! 俺達は謝ったからな! 玉野に言いつけんなよ!」
「優しい女子なら許してくれるよな!」
「投げ飛ばされる前に退散だ~!」
そう走り去っていった彼らは、どこか楽しそうに足を弾ませていた。
それを見て、あとで玉野さんを責めようとしていたイガイガした心は、元の味気ない丸い形に戻った。
……バカバカしい。
謝るだの、許すだの、言葉一つ二つで解決するようなものに、朝から、昨日から、一週間前からずっと頭を抱えていたなんて。
男子が気分屋なことくらいは知ってる。
でも、だからってこんなにあっさり解決させちゃう?
本当に……くだらない。
くだらない遊びに付き合わされた。
次なにか仕掛けてきたら容赦しない。
お望み通り、ドブの中に投げ入れてやる。絶対に。
――それから、嫌がらせはパタリとやんだ。
誰も自分を気にしない。
空気になって席に着き、空気のまま一日を過ごす。
とても平穏。
玉野さんは、たまに廊下ですれ違う時に挨拶してきたり、道場へ向かう下校時には声をかけてきた。
不思議と嫌な感じはしなかったけど、それが毎日続くとちょっとウザい。
「──如月さん! ようやく同じクラスになれたね! すごく嬉しいよ!」
嘘でしょ……。
せっかく残りの学校生活を静かに過ごせると思ったのに、最後の一年で同じクラスになるなんて……。
「玉野って〝氷の女〟と仲良かったのか? 意外だな」
「同じ道場に通ってるんでしょ? 鍛練って痛くないの?」
一・二年時にクラスが違った人達が、玉野さんの声に反応して近づいてくる。
何も知らないのか、いや、何も知らないのなら〝氷の女〟なんて呼ばないはず。
噂に聞く程度にしか知らないのね。
「お前ら知らないのか? こいつらはカップルなんだぞ!」
「カップル!? カレシとカノジョってやつ!?」
は!? そんな噂は私も知らない!
「いっつも一緒に帰ってるんだぜ。しかもこっそりと」
「嘘でしょ!? 玉野くんは彼女なんていないって言ってたもん!」
こっそり帰ってるわけじゃない。
早足で帰る私を玉野さんがあとから追いかけてくるだけで、わざと時間差をつけてるわけじゃない。
「そんなんじゃないよ。言うなら、仲の良いお友達かな」
仲良くもなければお友達でもない。
「やっぱ玉野はスゲーな。どんなやつとでも友達になれるんだからよ」
「玉野の友達ってことは俺の友達ってことだよな」
「それならあんたと幼なじみのあたしも玉野くんの友達ってことよね!?」
「みんな同じクラスの仲間だろ。ラストJCよろしく!」
少しずつ周りに人が増えていって、口々に勝手なことを言う。
私はただ黙って聞いて見ていることしかできなかった。
そんな私に、玉野さんは小さく笑いかけてくる。
……すぐに目を逸らした。
この人の笑顔は、優しそうなのにどうして挑発的にも見えるのか……。
やっぱり、あの日に言っていたことは全部嘘なのかもしれない。
騙されているのかもしれない。
バカにされているのかもしれない。
判別材料が少なすぎて、もうわからないわ……。
ただ、この学校にいる全員が敵だと思っていたのは私だけで、私のことなんかまったく興味がない人がいるのはもちろん、理由もなく嫌う人ばかりじゃないことはわかった。
相手のことを何も知らずに嫌悪感を抱いていたのはむしろ私のほうで、それがどれだけ身勝手なのか、玉野さんの言葉を改めて噛みしめた。
騒がしく笑い合う彼らを、睨むことなく見ることができた。
理由もなく嫌うことダメでも、理由もなく好きになることは、そう悪くないのかもしれない。
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