人は、変わる―(6/21)


パーティーが終わり、後片づけも済ませると、そこで解散となった。


私は師匠を置いてそそくさと児童館を出た。

一緒に買い物をしてから帰ろうと言われたけど、とてもそんな気分じゃない。

師匠が一緒だとお菓子ねだられるし。ウザいし。


リクエストの肉じゃがの材料だけ買ってさっさと帰ろう。


「じゃがいもが安い……」


ちょっと荷物が重くなるけど、ちょうどいいから買い溜めしておこう。

いろんな料理に使えるし。


私はじゃがいも3袋と、にんじんや玉ねぎなどの他の食材もカゴに入れてレジへ向かった。

精算をして、スーパーを出る。


と、そこへ。


「──おい、如月」


「?」


先ほどのパーティーに参加していた、関道場の門下生で同じ学校の生徒でもある、二人の男子に声をかけられた。

確か、二人とも家はこっち方面ではないはず……。


「なんか~、あっちで師匠がお前を呼んでるぞ~」


「は……?」


「あっちに公園あるだろ? そこで師匠がなんかしてて」


「お前に来てほしいんだって」


「…………」


は? 意味わかんない。

師匠はまだ児童館にいるだろうし、たとえいなかったとしても、公園で何をしてるっていうの?

しかもこの二人がそれを見かけたっていうのもおかしいし……。


──嫌な予感がする。


「……そうですか。でも師匠なんか放っておけばいいです。私、荷物あるんで」


そう言って帰ろうとした。


でも。


「荷物なら持ってやるって!」


「いいから来いよ!」


両手の荷物を取られ、二人は走り出した。


「ちょ、ちょっと!」


仕方なく追いかけ、二人のあとについて小さな公園に入る。


そこには……。


「おっ、マジで来た!」


「お前ら何持ってんの?」


「なんでわざわざ走って来んだよ!」


やっぱり、師匠はいなかった。

代わりに、よく知る男子が三人、滑り台の上にいた。


「成功成功!」


「これ超重いんだけど!」


荷物を盗った二人も滑り台を駆け上がる。


……予感は当たった。


この五人は、私への嫌がらせが特に酷いやつら。

そして、私が先生に名指しで言いつけたやつら。

おそらく、先生に怒られた仕返しがしたいんだろう。


「……返しなさいよ」


私はいたって冷静に対応した。


「返してほしかったらここまでお~いで♪」


「…………」


めんどくさい。

こうなることも予想はしていたけれど、まさか学校以外で仕掛けられるとは。

とっとと取り返して帰ろう。


私は滑り台に近づいた。


──その時──。


「今だ!」


「いけ!!」


「Σ!?」


Σ──バシャーン!


「――――」


頭上から、大雨が降ってきた。

もちろん、傘なんて持っていなかったし、全身びしょ濡れになった。


「アハハハハハ!!」


「いいざまっ!」


「こんなのも避けられねぇのかよ!」


「うわぁ~、可哀相に!」


「チョー寒そう!!」


突然のことに驚き、私はしばらく立ち尽くしていることしかできなかった。

すると、すぐに次の雨が降ってくる。

重くて大きな雨が。


「痛っ」


それは、自分がさっき買った野菜達だった。

空になった二つの袋が、ふわりと足元に落ちてくる。


「おーい! 何やってんだよ!」


「ちゃんと全部取れよっ!」


「食べ物を粗末にするなって親に言われただろ!」


「いや、こいつ親いねぇって!」


「それ言うか!」


雨はまだ止まなかった。

雨というより、水そのものだった。


もう一杯水をかけてきたやつらは、滑り台から下り、近くの蛇口に繋がっていたホースを手に取って、直に水を飛ばしてきた。


避けようとした私は、足元に転がっていたじゃがいもを踏んで尻餅をついた。

それでも水は容赦なく襲いかかってくる。


「やめなさいっ……!」


「ああ? 嫌だったら避けてみろよ!」


「逃げてみろよ!」


「先生にチクりやがって!」


「調子に乗んなよ!」


「アハハハハ!」


楽しそうに笑うやつら。


途端、私は立とうとする気力が湧かなくなった。


……ばっかみたい……。

自分がみじめすぎて、虚しくなってくる……。

どうあがいても、私にはこういう結末がついてくるんだろう……。


これが自分で選んだ道だけど、なんで正しいと思って選んだ道でこんな目に遭わなきゃいけないの……?


やっぱり、世の中おかしいことばっかり……。

こんな人生、なんの意味もない……。

何も楽しくない……。





「──やめるんだっ!!」


「「「「「Σ!」」」」」


私がうつむいたまま動かないでいると、急に水が途切れた。


聞き覚えのある声。


顔を上げると、やつらの前に立ちはだかる男の子がいた。

尚も溢れんばかりに出続ける水を、彼はその身で受け止めていた。


「た、玉野!?」


やつらは慌ててホースを投げ捨てる。


「お前、こんなところで何してんだよ!?」


「それはこっちの台詞だよ! なんてことしてるんだ!」


玉野さんは水を止めて、彼らを睨む。


「な、何って……;」


「別に何も~;;」


「俺知らねっ!」


「お、おい! 逃げんなよ!」


「お前も逃げんなよ!!;」


すると、彼らは揃いも揃って走り去っていった。


「…………」


短い沈黙。

私は自分で破った。


「どうして……あなたがここに……」


「彼らが、児童館からバケツをこっそりと持ち出すのを見かけて、不思議に思って追いかけてきたんだ。一度、見失っちゃったけど……」


そう言うと、玉野さんは私に歩み寄ってきた。


「大丈夫……? ごめんね。見失わなかったら、こうなる前に止められたのに……」


「別にあなたには関係ないですし……謝るのは私のほうです……。――すみません……」


見られたくないところを見られてしまった。

早くここから立ち去りたい……。

そう思った私は、差し出された手を無視し、野菜を拾って袋に詰めた。


「巻き込まれたなんて思ってないよ」


私の隣にしゃがみ込んだ玉野さんは、袋を拾って同じように野菜を詰め始めた。


「自分でやるので放っておいてください!」


「これくらい手伝わせてよ」


「余計なことしないで!」


「余計なことって……」


玉野さんは手を止めると、こちらをジッと見つめてきた。


「君は、そんなに一人が好きなの?」


「え……」


「他人に干渉されるのが嫌なんだよね? それって、一人が好きだからなの? それとも、他人に迷惑をかけたくないからなの?」


「……それは……」


「多分、後者だよね」


「勝手に決めつけないで! 誰だって、他人に迷惑をかけるのは嫌でしょ!」


「そうかもしれないけど、迷惑かどうかを決めるのは君じゃない、相手だよ。……確かに、迷惑だと思っても、それをひた隠しにしてニコニコ作り笑いを浮かべる人はいる。でも、それは正直に言えないその人が悪いだけでしょ? 嫌々やるハメになったって、それが自分の決めたことなんだから、それで不満に思うのは勝手すぎるよ」


「…………」


確かにそうだ。

でも、そうだとわかっていても、矛盾した選択をする人はたくさんいる。

人は……特に日本人は、弱いから。


「でも安心して。僕はそんな人間じゃないし、これくらいのこと、本当に迷惑だとは思ってないから」


野菜をすべて入れ終えた彼は、私に微笑みかけてきた。


「…………。どうして、そんなに優しくするの」


「優しいんじゃなくて甘いだけ、ってよく言われる。まあ、こういう性格だから、仕方ないのかな」


「…………」


生まれた時からお人好し……。

バカじゃないの……。


「……確かに私は、一人が好きというより、一人のほうが楽だからって妥協してるところはあります。でも、それ以前の問題として、他人なんか信用してない。信用できない……」


父親があんな人じゃなかったら、私はもっと他人を大切にできたかもしれない。

母親が病死したりしていなかったら、私はこんな思いをしなくて済んだのかもしれない。

でも、なってしまったのだから仕方がない。

今さら過去は変えられない。

変えてはくれない……。

そういうものでしょ……。


「そっか……。いろいろと、あるんだね……」


何かを察したのか、彼はそうとだけ言うと、空を見上げた。

私もつられて視線を上げる。


「……雪……」


ゆっくりと舞い降りる綿毛の結晶。

冷え切った私の頬にそっと触れて……溶けて──消えた。


「クリスマスに初雪なんて、ロマンチックだね。ホワイトクリスマスっていうんだっけ。今は……そんなに嬉しくないけど……」


「…………」


もともとホワイトクリスマスなんかではしゃぐ性分でもないけど、こんな日にロマンチックな演出なんて、悲しいだけ……虚しいだけ……。


なんて最悪な日……。


「風邪引くと悪いから、帰ろうか。家まで送るよ」


「大丈夫です」


私は彼から強引に荷物を引き取った。


「ありがとうございました。あなたも、風邪を引かないように気をつけてください」


「あ、ちょっと待って!」


「本当に、すみませんでした!」


それだけ言うと、全速力で駆け出し、その場をあとにした。






……何もかも振り切りたかった。


今の出来事を、自分の記憶からもあの人の記憶からも消し去りたかった。


実際にはそんなことはできないってわかっていたけど、私は、ただただがむしゃらに街を駆け抜けることしかできなかった──。



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