再び、取り戻す―(20/26)


そして、夜8時頃。


理科の本──もとい教科書を閉じた私は、少し厚着をして部屋から出ました。

階段を下り、裏庭へ向かいます。

壁からひょこっと様子をうかがってみると、裏庭のベンチには人影が一つ。


「……やっぱり、そういう意味だったのかぁ……」


こっちが先手を打ちたかったのに。

あんな手紙で呼び出すなんて卑怯だぞ!


膨れっ面を抑え込みつつ、私は足を忍ばせてゆっくりと近づきました。




「──来たのか」


「!」


背後から襲いかかってやろうと思ったのに(ただの目隠しだけど)、気づかれちゃった。


「よくここがわかったな」


彼は振り向きもせずに続けました。


「知ってます? 私の部屋からここ見えるんですよ」


「まあ、ここからお前の部屋も見えるからな」


「変態」


「誰がだよ」


正しくは、部屋の明かりが見えるくらいですけどね、4階ですし。

逆に部屋からは、顔を出さないと裏庭全体は見えません。


「…………。あなたが出した問題の答えを、聞かせて差し上げに参りました」


私は堂々と彼の隣に座り、空を指差しました。


「オリオン座のベテルギウスと、おおいぬ座のシリウスと、こいぬ座のプロキオン」


「正解。じゃあ、大六角は?」


「だ、だだだだ大六角!?!?!?」


は!?

そんなものもあるのか!?


「シリウスとプロキオンに加えて、ふたご座のカストルとポルックス、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン、そしてオリオン座のリゲル」


「そ、そんなの教科書に載ってませんでしたよ!?」


「だろうな」


だろうなって……。


「じゃあ、なんで隼人さんは知ってるんですか!」


「そりゃまあ……昔は勉強ずくめだったからな」


「えっ……」


私が顔を覗き込もうとしても尚、隼人さんは目を合わせようとはしませんでした。


「俺は小さい頃から、親に勉強を強要されてた。学校帰りに塾、家に帰ったら家庭教師。小学生の時には中学生レベルの問題が解けたし、中学生の時には高校生レベルの問題が解けた。普通の試験には出ないようなことも覚えさせられて、ただひたすらに知識と教養を身につけさせられた」


…………。

もちろん、噂には聞いている。

お兄さんにたくさん聞かされました。

耳に穴が空くほどに。

あ、もう空いてるか!


「けど俺は、それが自分のためになってるなんて一度も思ったことがなかった。成績が良くて教師に褒められても、喜ぶのは親だけで、俺自身はまったく嬉しくなかった」


「えっ……どうして……?」


「当たり前だろ。俺は勉強が好きじゃない。親のエゴに縛られて、言いなりになって、ただただイイ子ぶってただけだ。何も楽しくないし、面白くもない。俺は、もっと自由になりたかった」


「!」


自由……。


「親に見捨てられてもいい。バカだと周りに罵られてもいい。それでも、好きなことを好きなだけやれる人生のほうがよかった……」


「隼人さん……」


ずっと……耐えてたんだ……。

親からの束縛に……親からのプレッシャーに……。


「だから俺は、今のお前が理解できない。俺は親に求められていたから、嫌でも必死になって勉強に取っかかってた。けど、お前は誰かに強要されてるわけでも責められてるわけでもないのに、自分で自分の首をしめて、苦しい思いをしてまで勉強に取り組んでる。……なんでそんなことするんだよ」


「なんでって……だって……周りに負けたくないから……。置いて行かれたくなかったから……。隼人さんには、理解できなくて当然ですよ」


私とあなたとでは、歩んできた人生も置かれていた立場も違うんですから……。


「確かに理解はできねぇけど……誰かに相談くらいしてもよかっただろ。お前は一人じゃねぇんだし、俺だってちょっとは役に立てたかもしれねぇし……。お前の母親でもジジイでも兄貴でも、誰でもいいから話していれば少しは気が楽に……──って! 何泣いてんだよ!?」


「だ、だってっ……だってっ……隼人さんがバカだからぁ……!!」


「はぁ!?;」


隼人さんに気を遣ってたから相談も何もできなかったのにっ……そんなサラッと言うなんてっ……!;;


「私が勉強できないのは記憶喪失になったからでそのきっかけを作ったのは自分だからって隼人さんがまた自分を責めたりするんじゃないかって思ったから相談なんてできなかったし周りも口が軽い人達ばっかだから隼人さんに内緒にしたくても絶対にいつかはバレるだろうしでも中間テストが近いからなんとかしなくちゃダメだったしだから私は最善の選択をしたつもりだったのにみんなわからず屋だから意味わかんないこと言って責め立ててくるし怒鳴ってくるしで──」


「わ、わかったわかった!! わかったから少し落ち着け!!;」


「隼人さんのぶぁかぁぁぁ~!!;;」


あとで屋上からブン投げてやるぅぅぅ;;


「た、確かに、俺にも責任はあるって気にはしたけど……それをお前が気にするのはおかしいだろ!; お互いに気にしないでおこうって言ったのはお前だろうが!;」


「だから隼人さんがその約束を破ったから気にしたんじゃないですかぁ!!;」


「しょうがねぇだろ!!; そんな簡単に割り切れねぇっつーの!!」


「それじゃあ以前とまったく変わりないじゃないですかぁ!! 全然成長してないじゃないですかぁ!! バカなんですかぁ!? バカなんですかぁぁぁ!?!?」


「お前に言われたくねぇよ!!」


「やっぱり私のことバカだと思ってるんですねっ!! サイテーですっ!!」


「そうは言ってねぇよ!!」


「言ってるも同然ですっ!! 隼人さんなんかっ……!!」


──!


私は、勢いで言ってしまいそうだった言葉を、慌てて押さえ込みました。


「……俺なんか、なんだよ」


「えっ……」


怒ってる……?


隼人さん、怒ってる……?


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