再び、取り戻す―(14/26)


次の日の朝。


私が部屋で顔を洗っていると、ナルシーさんが朝食を持ってきました。


「オッハートロちゅあん♪ 朝ご飯の時間よ~♪」


食事を終えた後だからなのか、ナルシーさんは機嫌がいいです。


「サンキューデ~ス」


今日も今日とて、ご飯はかなり侵食されています。

ナルシーさんの一口を侮ってはいけません。


「あ、今日は他にもお届けものがあるわよ」


え? 他にも??


「はい、これ」


手渡されたのは、体操袋ようなもの。

私は恐る恐る、中のものを取り出してみました。


「──コ、コレハッ!!!!」


ま、まさかっ……私の武道着!?!?


「えっとね~。それを着て朝11時に体育館へ来い、だったかしら。トロちゃんのおじいちゃんからの伝言」


なんですとぉぉぉ!?!?!?


道場の鍛練で着潰したこれを着て体育館に来いということは……もうそれしかないではないかっ!!


「オーマイガー……;;」


「あ、でも、別に来なくてもいいって言ってたわよ。やる気がないのならトロちゃんの不戦敗ですって」


あのジジイ……そう言えば私が行くとでも思っているのか。


「…………」


まあ、行くんだけどね。


私は朝食を食べ終わると、すぐに支度をし、時間まで準備体操をしました。

負けず嫌いっていうのもあるけど、気分転換というか、ちょっと体を動かしたい気分だったし。

おじいちゃんなりに気を使ってくれているんだろうし。


「──よし、行くか!」


部屋を出て、体育館へ向かいます。


この武道着も久しぶりだなぁ……でも相変わらずしっくりくるということは、私の体の成長はもう止まってしまったということなのだろうか。


「──来たか」


体育館の中へ入ると、正座をしているおじいちゃんを発見しました。

普段着が作務衣のおじいちゃんも、今は武道着を着用しています。


「やはり若い娘はポニーテールに限るのぉ~♪」


「この変態」


ちなみにおじいちゃんは、道場の女弟子で髪の長い子にはポニーテールを強要しています。


「今からお前は、その変態にボコボコにされるんじゃぞ」


「そんなつもりで来たわけではありませんけどね」


私はおじいちゃんと向かい合うように正座をしました。


「ならば教えといてやろう。今のお前では、絶対にワシに勝つことはできん。じゃが安心せい。ここには他に誰も入って来ぬよう仕向けてある。負けても恥さらしにはならんぞ」


「おじいちゃんに負けたって、別に恥ずかしいとは思いません。よろよろに歳老いてはいても、強いのはわかっていますから。だいたい、経歴が桁違いじゃないですか」


「そうか。ならばお前は、何故勉強で他の者に負けることを恥じらう。同じ歳でも、お前は経歴が異なるじゃろうが」


「そ、それは……」


「記憶喪失になっとったんじゃ。周りより衰えておるのが当然至極。そんなこと、考えずともわかるじゃろ」


「私は、真理ちゃんに姉らしく接してあげられないのが嫌なだけです!」


「姉らしく、か……。見誤っとるの~。──まあいい。ワシが初心を思い出させてやろう」


そう言うと、おじいちゃんはゆっくりと立ち上がりました。


──始まります。


「──よし、ワシから行くぞ!」


意気込んで突進してくるおじいちゃん。

やれやれ、私が立つのくらい待ってくださいよ。


「せっかちなんですか……ら!」


私は踏み込んで勢いをつけ、応戦しました。


そういえば、おじいちゃんと本気でやるのは初めてな気がする……。






──そして、なんやはれほれで、40分ほどが経ちました。


延長戦に持ち込めば勝てると思ったのですが、さすが一道場の師範。

77歳とは思えない体力です。

それどころか、私が繰り出す攻撃をことごとく回避し、強い一撃を入れてきます。


「くっ……」


「ほれほれどうした。もう終わりか?」


よく考えたら、私の技はおじいちゃんに教えられたものだし、戦法も読まれているだろうし、最近は鍛練なんてしていなかったから体は鈍ってるし……これは本当に勝てるわけがない。


──でも、何故か諦めたくはなかった。


「いつもは腰が痛いとか言ってるくせに……」


「相手の自滅に頼ってどうする。ちゃんと己の力を見せつけてみろ」


そうは言われても、もう攻める手が……。

がむしゃらに行くしかないか……。


「……このっ……!!」


しかし、やはり阻まれてばかりで、大きな一手が取れない。


「動きにムラがありすぎじゃ! ──せいやっ!!」


「Σうっ……!」


おじいちゃんの放った回し蹴りは、私の横腹に深く刺さり、私はその場にガクリと崩れ落ちました。


「……勝負あったな」


「く、そぉ……」


負けるとはわかっていても、やっぱり悔しい……。


「これでわかったか。真の強さというものが」


「……え……?」


真の強さ……?


「お前はもともと、誰かを守る強さがほしかったんじゃろ? 勉強などできても、誰も守ることはできん」


「!」


「ワシは〝アホの関太郎〟と呼ばれるほど勉強は苦手じゃったが、誰かを守り、支える心の強さを持っていた。だからこの歳になって、人生を説くという生意気なことをしていられる」


誰かを守る……誰かを支える心の力……。


心の強さは……真の強さ……。


「型にハマった堅苦しい記述をただ記憶するだけのことが、お前に希望をもたらすのか? 難しい数式を問いても、脳ミソが活発になるだけで、心は成長せん。お前が弁護士や医者にでもなりたいと言うのであれば仕方ないが、そうでないのなら、勉学などさほど重要ではない。重要なことは、もっと他にある」


重要なこと……。


私にとっての、重要なこと……。


「ワシは勉学を否定しているわけではない。勉学に夢中になって、自分の求める強さを忘れてはならぬと言いたいだけじゃ」


私の求める強さ……。


私の初心……。


「──そっか……そういうことか……」


おじいちゃんがこの場で私に言いたかったことが、わかった気がする……。


「……私のあるべき姿は、他にあったということですね」


「そういうことじゃ。……はぁ~、ようやく気づいたか……」


おじいちゃんは脱力し、床に寝転がりました。


私もバッタリと倒れます。


「確かに、高校生として最低限の知識は必要でしょうが、私がそれをがむしゃらに求めていた理由は、違うところにあったんですね」


「そうじゃ。何もかも上であることが姉ではない。お前は真理に失望されることを恐れていたが、あいつがお前を慕うのは、お前が人間としての強さと優しさを持っていたからじゃ。たとえお前がまともな日本語すら話せなくなったとしても、あいつはお前から離れていったりはせんよ」


ソレモ、ソーデースネ~。






「……でもおじいちゃん。成績が悪くて高校を卒業できないのはヤバくないですか? この学校、表向きはヘンテコですけど、偏差値は並以上らしいですし、レッドラインだって低くはないんですよ?」


「それは知らん。ワシの知ったこっちゃない」


「オイッ!!」


散々偉そうなこと言ったくせに!!


「まあ、そう焦らずとも、なんとかなるじゃろ」


超テキトー!!


「はぁ……やっぱりおじいちゃんって、どこか抜けてる……」


「かっかっかっ」


疲労感たっぷりになった私は、心身ともに少し落ち着いたからか、急に眠気に襲われ、そのままゆっくりと目を閉じました。




もぉ……なんなんだよジジイ……。


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