そして、甦る―(28/34)


「──気がついたら、男の子に飛びついていました。そのまま避け切れたと思ったのですが、私は背中に傷を負って……」


「ま、まさかっ……この間の……お姉ちゃんの、背中の傷って……!」


言葉を詰まらせながら聞いた真理ちゃんに、私は小さく首を縦に振りました。


「多分、ね。……その後は、痛みのせいで気絶したのか、あまりよく憶えていません……」


「そ、そんなっ……。お姉ちゃんは……そんな目に遭ってたのに……そんなことしてたのにっ……真理は……真理はっ……! バカなのは真理だよっ……!!」


「違うよ、真理ちゃん。勝手なことをしたお姉ちゃんがバカだっただけ。真理ちゃんとの約束も破っちゃったんだし……」


私は目を伏せました。

すると、真理ちゃんは、


「やだやだ!! 真理がバカなの!! お姉ちゃんにバカって言った真理がバカなの!! 真理がバカなのぉ!!」


と言って、目に涙を浮かばせました。


出た、真理ちゃんの頑固な一面……。私が苦手な一面……。


「……え、えっと……。じゃあ、おあいこってことで……」


「やだっ!!」


「ワガママ言うと怒るよ」


「Σえっ……」


苦手だけど、奥の手はちゃんとありますからね。


「……冗談だよ」


私は、真理ちゃんの頭を撫でました。


「あの日のことは、忘れられないことだけど……。でも、今また、こうして会えたんだから、どっちが悪いかなんて言うのは、やめよう? ね?」


「……ぅ、ぅぅぅ……」


真理ちゃんはしぶしぶと押し黙りしました。


「……あなたも……そうしてくれませんか……?」


私が改めてカスさんのほうを振り向くと、彼はグッと拳を握りしめました。


「そんな簡単に……納得できるわけねぇだろ……!!」


…………。


「俺は……!! あの日のことをずっと後悔してきたんだ!! 俺がいつも通りにしていたら、あんなことは起きなかった!!」


「でも、起きてしまったのですから……それは仕方のないことだったんですよ」


「仕方なくなんかねぇよっ!!!!」


「!」


私は、そこで言い返すのをやめました。


彼が、泣きそうな顔をしていたからです……。








「──凛さん」


「?」


体裁が悪いなか、そう私を呼んだのは、会長さんでした。


「今田くんは、ずっと君のことを捜していたんだよ。退院した日から、毎日毎日……休むことなく……ずっと……」


「え……?」


「君も同じ病院に運ばれていたと思うんだけど、病院の人達は、君のことを詳しく話してくれなかったそうなんだ。ただ、無事に退院したとだけ告げてね。……だから、君が本当に生きているのか、本当に無事だったのか、それを確認したくて、今日までずっと捜していたんだ」


……! そうだ……。

彼がこの学校で必死に人捜しをしている光景を、私は何度も見かけていた……。

見かけていたのに……。


「君が無事であると信じて捜していたけど、今田くんは、自分のせいで誰かを傷つけてしまった恐怖と向き合いながら、今日まで生きてきたんだ。ずっと不安だったんだよ。だから、たとえ君が許したとしても、今田くんにとってはそう簡単に割り切れることじゃないんだと思う」


「…………」


あの日から、約6年……。

私は記憶を失っていたから、今までまったく触れていなかったけど、彼は違う……。


ずっと、私のことを……考えていてくれたんだ……。






「……ごめんなさい……」


私、発言が安易だった……。


「あなたのこと……何も理解してなかった……。あなたが、そこまで追いつめられていただなんて……気づかなかった……」


彼は俯き、小さく首を振りました。


意気消沈した、元気のない顔。 


それを見て、私は両手で彼の右手に触れました。


「でも……決して平気で言ったわけではないんです……。あなたが後悔すればするほど、私は自分の弱さを後悔するから……」


「え……?」


「だって……いつも強気で、偉そうなことばかり言っていたのに、いざという時、あなたを助けられなかった……。だから、あなたが私を巻き込んだと思えば思うほど、私は申し訳ない気持ちになって、自分の行いを後悔するんです……。そして、私が後悔すればするほど、またあなたが後悔する……」


「……!」


「あなたなら、わかりますよね……。どこかで折り合いをつけないと、終わりが来ない。このままだと、悪いサイクルが続いてしまう……。私のことを思ってくださるあなたの優しさは痛いほど伝わってきています……。だから……その……」


これから先、ずっと、近いようで遠い関係のままでいることになる。

そんなのは嫌だった。

せっかく、また会えたのだから……。


「私はあなたのこと、責めるつもりなんてまったくありません。あなたにはもう、つらい思いはしてほしくないんです……」


私は両手に力を込めました。


すると彼は、顔を上げて一度目を合わせると、すぐに視線を逸らして泳がせました。


「…………。お前が言いたいことは……わかった……。けど、お前には、あの時の傷が残ってて……」


「こんなの、立派な勲章です。それに、最近の医療では、このくらいの傷痕は消そうと思えば消せるそうです」


「そ、そうなのか……?」


「はい」


「…………」


私は深く頷きましたが、彼は尚も渋った顔で目を伏せました。


「まだ、納得できませんか……?」


「いや……できないというか……。やっぱりその……簡単には腑に落ちないというか……」


「私、本当に気にしていませんよ」


「お前が気にしなくても俺が気にする……。お前は記憶喪失になって、いろいろと大変だったんだろ……?」


「確かに、まぁ……。歩き方も喋り方も忘れていましたから……。でも、それはあなたのせいではありません。だって、記憶喪失になったのは、外傷が原因ではありませんから」


「えっ……?」


私は手を放し、体ごと背けました。


「実は……病院で最初に目が覚めた時、私にはまだ記憶があったんです。でも、病院の方に、一緒に運ばれた男の子がまだ目を覚ましていないという話を聞いた瞬間、直感的に、男の子は死んだと思って、わんわん泣きました。泣いて……泣いて……泣いて……。次に目が覚めた時には……──ということです。……そうですよね、おじいちゃん」


「いかにも」


おじいちゃんは腕を組んで頷きました。


「あの時はワシも驚いた。ようやく目を覚ましたかと思いきや、泣き出して、泣き出したかと思いきや、眠りこけて、眠りこけたかと思いきや、赤ん坊になっておったからの。医者も混乱しておったわい」


「私は……悔やんだんです。自分がもっと強かったら、男の子を無事に助けられたのに……。自分がもっと正しい行動をとっていれば、男の子は無事だったのかもしれないのに、と。いつも遊びほうけて、おじいちゃんの言うことをちゃんと聞いていなかったから、こんなことになったんだと……」


あの時は、本当に悔しかった。

何もできない自分が。

あんな非道な人間に太刀打ちできなかった自分が。

あの頃の私は、自分のやること・言うことは全て間違っていないと思っていた。

だからこそ、余計に自分の行いを嘆いた。


「……そういえば、凛は泣きながらワシに言っておったな。自分はどうしてこんなに弱いのか、バカなのかと。いま思えば、ワシが勉学よりも護身術や道徳を先行して教えたのは、その言葉があったからじゃったのぅ」


そうだったんだ……。


でも、せめて掛け算は教えてほしかった……背負い投げや敬語うんぬんよりも割り算を教えてほしかった……。


そして、アニメよりもNHKのお勉強番組を見せてほしかった……。


「……ということです。記憶喪失になったのは、私の精神力が弱かっただけ。私はきっと、自分を責めた結果、記憶を消して、自分と向き合うことから逃げたんです。決してあなたのせいではありません」


私は逃げた……本当に弱かった……。

いつもみんなの中心にいて、いつも周りに気を配っていて、それは自分が望んでいた通りの強さを身につけたからだと思ってた。

でも本当は、ただ強がりなだけで、見栄を張っていただけだった。

寂しさを隠す強さは、本当の強さじゃなかった。

だから、記憶を失った後の自分は、自分の身を守ることを最優先にして生きていたんだ。


「正直私は、さっき記憶が戻って、あの日のことを思い出して、あなたに気がついた時……申し訳なかったという気持ちよりも、あなたが無事でよかったという気持ちのほうが大きかったです。だって、絶対に無事じゃないと思っていた人が、元気すぎるほど元気だったんですから……」


この学校の問題児ナンバーワン。

まさかそんな人間になっているだなんて。


でも、どうしてだろう……。


「私だって、あなたに出会っていない間に記憶が戻ったら、同じように安否が気がかりでどうしようもなかったと思います。無事に退院したと聞いても、あなたに直接会うまでは納得しなかったと思います。あなたのことを、捜していたと思います」


でも、私が捜さなくてもきっと会えていたはず。

あなたが、捜してくれたから……。


「だから、嬉しいんです。あなたが無事だったこと、あなたにまた会えたことが。――私を捜してくれて、ありがとうございました……」


本当に、嬉しい。

だから、自然と笑顔になることができた。


私は頭を下げました。


「いや……礼を言うべきなのは……俺のほうだし……。お前は、俺のことを守れなかったって言ってるけど……お前があの時あの場に来てくれなかったら、俺は絶対に助かってなかった。――来てくれて……ありがとな……」


頭に温かい手が触れる。


顔を上げると、薄く微笑んだ彼の目には涙が浮かんでいました。


つられて涙が出そうになりましたが、なんとか耐えました。


なんか……見られたくなかった……。




「それから、お前にも感謝しとくべきだよな……王子」


「え……?」


彼はさりげなく服の袖で顔を拭うと、会長さんを振り返りました。


「お前も協力してくれただろ」


「えっ、でも、僕は特別……何かしたっていうわけじゃ……」


「情報回してくれたりしただろ。……それに、お前を厄介払いしてたのは、もう誰も巻き込みたくなかったからで、お節介だとか、別に本気で言ってたわけじゃねぇし……」


「は、隼人はやとくんっ……!」


「バ、バカっ、その名前で呼ぶな!」


ハヤトくん……?


「……もしかして、今のがカスさんの本名ですか?」


「そうだよ。今田隼人いまだはやとくんっていうんだ」


「言うなって!!」


カスさん、どうやら照れているようです。


「会長さんは、隼人さんとお知り合いだったんですね」


「うん、隼人くんとは幼なじみなんだ」


「隼人さんは、どんな子供だったんですか?」


「隼人くんは、勉強もスポーツもなんでもできて、僕の憧れだったんだ」


「ほぉ……凄いですね、隼人さんは」


「うん、凄いんだよ、隼人くんは」


「お前らわざとだろっ!!!!」


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